1 ハンター
下にあった空が上になって何十日経っただろうか。
渡世はファストフード店の片隅で空を見上げる。
ぼんやりとしているとにわかに店内が騒がしくなる。空から店内に目を戻すとハロウィンの日のように浮かれた集団がいた。甲冑、とんがり帽子にマント、獣の毛皮を頭から被っている者もいる。ちなみに今日はハロウィンではない。
全員が武器を持ち物騒この上ないが、店員や客に彼らは受け入れられ、受け入れられているという事実に居心地の悪さを感じる。
日本に異界が出現してはや10年らしいが……
20年以上異世界に転移し、最近日本に帰ってきた身としては元の日本と比較して、やはり若干の戸惑いがあった。日本に異界という異世界の影が侵食していると分かったときの恐怖は今でも思い出す。異世界が追いかけてきたと。
異世界にはあまりいい思い出がない。戦争にモンスター、異種族間の確執、争いによる飢饉、転移した瞬間からそれらに巻き込まれた。飢饉は転移し変異した体には無縁だったが、悲惨な光景に気が滅入ったものだ。
「お待たせしましたー」
愛想のいい店員の声にハッとする。トレーを受け取り、ファンタジー衣装の集団から離れた席に座る。
いかんいかん、余計なことを考えていた。せっかくの御馳走がマズくなる。
てりやきバーガーにチキンとポテト。もちろんコーラもある。ジャンクフードにはコーラというこだわりが渡世にはあった。
濃厚なてりやきのタレとマヨネーズ、バリバリの衣のチキンを頬張り、合間合間にポテトをつまみ、コーラで油と塩を胃に流し込む。
暴力的なうまみだ。食の楽しみに体が震える。
異世界で戦いに明け暮れ、強くなるたびに人から遠ざかっていた心に染み入るようだ。
ジャンクフードで心と体を充足させ、満腹の腹をさすりながら店を出る。しかしその体と心に相反するように財布は空っぽだった。
「……稼がないとな」
◇
異界を探索する者をハンターという。
異界とは日本に突如として出現した空間の歪みの先の、新たな世界だ。物理法則なぞなんのその、いままでの現実を覆す、ファンタジーかSFか、といった現象は世界中を震撼させた。
異界が日本に出現した当初、自衛隊が異界を管理していた。
しかし、異界は人を選ぶ。
自衛隊の隊員で異界に入れる者は少なく、多数の異界を管理するには人手が足らなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが違法に異界に侵入していた――当時の政府が密猟者と呼んでいた――者たちだった。
その中でも異界の動植物、天然資源、それこそファンタジー由来のモノを海外に持ち出したり売買に手を染めた者以外の協力を求め、政府はついに異界攻略――名目は調査だが――を民間に移行させた。
悪質な者は省いたとはいえ違法に侵入したのは事実で賛否両論だったらしいが、異界という未曽有の天災に人手が足りない事態を放置しているほうが問題と判断されたらしい。
その経緯が影響しているのか、異界を探索する者をハンターと呼ぶようになった。
密猟者が由来だからか身元の不確かな者でも異界に潜り込めればハンターとなれる。20年以上日本から消えていた渡世でもだ。
助かりはするが、複雑な心境だ。
異世界の匂いのする異界はあまり近づきたくない場所なのだが、ハンターになれば国が身元保証人になってくれる。渡世としては他に選択肢がなかった。
あれだけ切望した日本で、逃げてきた異世界と同じような異界に入り込むという笑えない事実に肩を落としながら、渡世は異界の一つ「女王の庭園」に足を踏み入れたのだった。
追記:タイトルはジャンクフードにするか迷った。
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