12 クモ足スティック
ゲートターミナルの周辺は人が住んでいない空白地帯だ。
それはゲートによる周辺地域の影響、異界のモンスターが日本に出現しないか、という危険を鑑みて、ゲート付近は例外を除いて居住禁止地域となっている。それを空白地帯と呼び、その空白地帯は少しずつ、日本が異界に慣れてきたのか、少しずつ狭まってきている。
とはいえ、結構な土地がゴーストタウンと化している。
そのゴーストタウンの一角に、焼き鳥、からあげ、ラーメン、焼きそば、豚汁等々の屋台の暖簾、のぼりがたなびく屋台街があった。その暖簾のぼりの谷間に渡世と徳さんの2人は足を踏み入れる。
徳さんと似たような服装に、渡世のような作業着。
工事現場の丸ヘルメット、ツルハシ、スコップ。
おじさんに兄ちゃん。
ゲートターミナル付近のハンターは10代、20代の若者や女性も多く、観光客の客層は子供連れの家族も多い。それに比べると、性別が男に偏り年齢層も高い、何とも泥臭い場所だが、渡世と徳さんはよく馴染んでいた。
「こんな所があったんですね」
軒を並べる屋台からの美味そうな匂いと人込みを徳さんはかきわけ屋台街を進む。渡世としては焼き鳥とからあげを摘み、ラーメンでも食べたいところだが。
「まあまあ、あわてないあわてない」
そう言って徳さんは渡世を先導し、
「おっ、あったあった」
とデフォルメされたクモの暖簾をくぐる。
「大将、店移動した? あ、2つちょうだい」
徳さんは屋台の大将と雑談しながら注文している。渡世はぼっ立ちしながらクモの暖簾を眺め、≪女王の庭園≫のクモは兵隊蜘蛛か、と漠然と考える。
「お酒、ビールで良かった?」
徳さんはビール2つと、包装紙を突き抜けた黄色い横縞の入った黒い棒を片手に暖簾から出てくる。
「あ、すいません。持ちます」
ビールと黄色い横縞の入った黒い棒を受け取る。
「クモ足スティック。兵隊蜘蛛のドロップでクモ肉と脚ガラあるでしょ? 脚ガラに叩いてミンチにしたクモ肉入れて揚げたやつ」
美味しいよ、と徳さんは包装紙から飛び出しているクモ足スティックをかじる。シャクッと良い音がして、渡世の腹が鳴る。
「いただきます」
腹の音に気が逸る。ただでさ美味そうな屋台の匂いを潜り抜けてきたのだ。渡世は急くようにクモ足スティックに歯を立てる。黄色い横縞の入った脚ガラは歯を押し返すが、本腰を入れて噛むとジャクッ、と崩れる。
「どう、美味しいよね?」
徳さんの言葉に無言で頷き、クモ足スティックを咀嚼する。サクサクの脚ガラの食感と共に油が舌にじんわりと広がり、中身のクモ肉がそれに混じる。くにゅくにゅとした粗挽きのクモ肉は癖もなく軽い。スナックのような脚ガラの食感と相まって、いくらでも食べれそうだった。
「塩だれでクモ肉漬け込んであるんだって。こんなに美味いのに蜘蛛だからあんまり売れないらしいよ。まあ、原価が安いからそれでもやっていけるらしいけどね」
その言葉にハッとする。
「忘れてました、お金――」
腹が満たされたことで思考が回るようになったのか、お金を払ってないことに気づく。渡世が財布を取り出すと、徳さんは笑って首を振る。
「いいよいいよ、ハンターになったお祝い。後輩が職についたら就職祝いぐらいしないとね」
「――ありがとうございます」
渡世の礼に、徳さんは照れくさそうにビールを掲げる。一瞬どういう意味か悩んだが、ん、ん、とビールを掲げられ、遅まきながら渡世も気づく。
「乾杯」
2人はグッとビールを胃に流し込んだのだった。
異界グルメ。
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