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スポンサーよりももっとヤベーの出て来た! 4

「なぁ。イディエル」

「どうしたんですか?」


 レイカを仲間にして、ジャック国王との約束を取り付けてから色々とあった。巨大な敵とも戦えば、仲間割れが起きたりもしたし、人が必死に足掻く姿も見て来た。彼らの活躍に勇気付けられ、自分の足で立ち上がり進もうとする人々が居た。

 この世界に住まう住民達は決して、物語における主人公を褒め称えるオーディエンスではなく。皆、この世界に根を下ろして生きているのだと実感した。


「お前達『ドラマティアン』ってさ。魔王が現れて、勇者が現れて。みたいなドラマティックな展開がなければ、エネルギーとか枯渇しちゃうのかな?」

「そうですね。こういう大きな事態がある度に定期的に補充されるので。枯渇するって事態はないと思うんですけれど」

「……もしもさ。何百年も魔王も何も現れず。平和な世界が続くって状態があったら、それはお前達に取って望ましいことかな? 眩い『希望』も『勇気』も生まれない世界って」


 イディエルは書いているペンを止めて。少し考えてみせた。10年後に約束された波乱、それはジャック国王の妄言かもしれないが。不思議と信憑性があった。


「物語的にはつまんない世界でしょうね。山場もドラマティックな展開もない世界だなんて」

「だよなー」

「でもまぁ。実際に過ごす世界ならそっちの方が良いかもしれませんね。毎日変わらないのんびりした日々が続くのも良いのかも」


 イディエルの脳内にはこれまで旅してきたミノ子とレイカの未来図も併せて描かれていた。それぞれが独立して自分の人生に帰っていくだろう。再び接点が重なることは訪れないかもしれないが、それはそれでも良いと考えていた。


「もしも、その世界にイディエルが居たとしたら。何がしたい?」

「何がしたいって。考えたこともありませんでしたね」

「今までみたいに、勇者の活動を編纂するんじゃ無くて。それこそ、空想の中の話を書いているとかどうだ?」

「例えば?」

「そうだな。ここじゃない遠い世界の話だ。『皇』って国があって、そこで活躍する5人の勇者『エスポワール戦隊』と『ジャ・アーク』って組織の長きに渡る戦いを描いてみるとか」

「前に貴方が話していた奴ですよね。……ちょっと聞いてみても良いですか?」


 ブラックはその話をした。『エスポワール戦隊』は非常に輝かしい戦隊だった。悪を挫き、弱気を助け、人々の心に希望と勇気を与えて……そして。その生き方を変えられなかった。


「って話なんだけれど」

「却下ァ! そんな暗い話。誰が読みたがるかっ!」

「悲しいなぁ。まぁ、こう話したのも明日の魔王戦以降。俺がどうなるか分からないからさ」

「何を言いますか。今、ドラマティアンとしての加護は最高レベルで、ミノ子さんもレイカさんも非常に心強い存在となっています。魔王なんかに負けませんよ!」


 イディエルは力強く言った。ブラックとしても魔王に負けることは無いと想像していたが、問題は締めるべき物語の到達点に辿り着いたときにどうなるかと言う懸念だった。本当に何事もなく終わるのかと言う不安が渦巻いていた。

 その後、他愛のない話をして。この最終決戦に至るまでに経験してきた話を思い返しながらブラックはカラカラと笑っていた。


「良い旅して来たなぁ」

「……ここまで来て聞くのも何ですけれど。私、貴方の過去について聞いたことが無いんですよ。貴方はどんな風に生きて来たんですか?」

「大したことじゃねぇよ。元々軍隊に居て、適性があったからスーツを貰った。そんで、国の為に動いて殺された。それで終いさ」

「何か。やりたい事とかは無かったんですか?」


 イディエルが聞いた先。ブラックの飄々とした表情に陰りが差したのが見てとれた。彼も話すかどうか迷いあぐねながら、やがてポツリと語った。


「……ヒーローになりたかったんだ。誰からも認められて、皆の心に残る様な。そんな存在に」

「それはエスポワール戦隊に入りたかったって事ですか?」

「そいつぁ違う。物語とかではさ、英雄とかヒーローって無条件で褒め称えられるけれど。現実は違う。俺達も道中であっただろ?」


 イディエルはこれまでの旅路を思い出していた。とある村では毎年、生娘を生贄に差し出す事で。村の田畑や住民達に加護を与えて来た。

 ブラック達は生贄を助けるために、その神と名乗る魔物を倒したが、その後。村は干上がり、多くの者が路頭に迷い、村を出ざるを得なかったと聞いた。


「他にも。魔族を保護していた子が、村人に迫害されたり。魔王に与そうとしていた人達がリンチにあったりもしましたよね」

「そうなんだよ。俺達は多くの人達を助けて来た。でも、救えなかった人達も居た。滅んだ村にいた人達、魔族を友達のように慕っていた少年、魔王に膝を着きそうになった人達。そいつらからは恨まれているだろうよ」

「でも、しょうがないじゃないですか。私達は全員を救える程万能な存在じゃないんですから」

「分かってるよ。それが現実なんだって。それが分かった後の現実は詰まらなかったよ。それでも、この旅路の中で、色々な人に感謝された事だけは嬉しかったよ」


 全員が助けられなくても、大勢は助けられた。しかし、彼の中では切り捨てた存在が何時までも心の端に居たという事だろうか。物語を描く際には余韻の様に残す部分こそ、彼が手を取りたかった存在だったのだろうか。そこまで想像して、イディエルはうつらうつらしている事に気付いた。


「今日はもう寝な。火の番は俺がやっておくよ」


 そう言う彼の言葉に甘えて。イディエルも眠りの中に落ちていったそう呟く彼の声色は何処か優しい物だった。


~~


 やがて、彼らはこの一連の旅の終着点である魔王が住まう城へとたどり着いた。想像を絶するほどの罠と魔物の数々。誰一人として欠ける事無く、最奥地にまで到達できたのは奇跡とも言えた。そして、その奇跡は二度輝いた。


「グワァアアアアアア!!」


 旅の初めに見た『アラシ』を遥かに超える巨体。振るう腕は竜の尾よりも強大で、その膂力たるや。攻撃の軌跡が赤熱する程であった。どれをとっても必殺の一撃ばかりが放たれていたが、ここは物語の最高潮に当たる場面。

 イディエルの加護はかつてないほどに輝き、ブラック達に途方もない力を与えていた。ミノ子が放った矢は魔王の全身をハチの巣に変えんばかりに射貫き、レイカの槍術は、魔王の巨大な尾を切り飛ばしていた。


「ブラック!!」

「おうよ!!」


 その中で、ブラックは部屋中を駆け巡り、気づけば魔王の全身を取り囲むようにして単分子ワイヤを張り巡らせていた。最後の仕上げの様に、それらを引くと。その強大な前身はバラバラに引き割かれ、傷口から血の様に瘴気を垂れ流しながら消滅していった。全員が肩で息をしながら、晴れていく瘴気と空を見て実感が湧いた。ようやく、この長い旅と戦いは終わったのだと。


「私達。勝ったんですか!?」

「……じゃね?」

「勝ったのか!?」

「やりましたよ! 私達の勝利です!!」


 全員が歓喜に打ち震える中。ブラックだけにはそう言った様子が見当たらなかった。それ所か、何処か虚しさを覚えている様にも見えた。


「ブラック?」

「なぁ。聞いておきたいことがあるんだ。お前らは、この戦いが終わった後に何をするとか考えている?」

「はい! 私は故郷に帰って『イッカ』の村を大きくするんです! このまま無くならないようにするためにも!」

「私はこの報奨金を貰って、引退を考えている。そして、スシ屋を開こうと思っているんだ」

「私はこの叙事詩を世界中に拡げるために、吟遊詩人に話を聞かせたり。本という形にしたりとか。色々とやることがあります」

「そっか。皆、ちゃんと未来を見ているんだな。だったら、未来も平和な方が良いよなぁ…」

「ブラック?」


 その言い方は、まるでこの先の未来がどうなるかが分かっている様な。この平和が続かない事を知っているかのような口ぶりだった。


「実は話しておかなきゃいけないことがあるんだよ。俺達が倒した魔王ってさ。実は10年後に――」


 音もなく。先程まで、ブラックが居た地点には槍が突き刺さっていた。一同が警戒態勢に移る中、彼らの目の前に現れたのは。背中に、イディエルの様な白い翼を5対生やした青年だった。


「余計な事は言わなくていいのですよ?」

「背中に5対の羽のドラマティアン。まさか」

「まさか、初代勇者と共に旅をしたという。伝説の!?」

「ほぅ。私達の冒険譚が其処まで伝わっているとは。感心です」


 その青年が纏っている気の様な物には神々しささえ感じて取れた。気を抜けば、自然と平伏してしまいそうなだけの圧があった。


「イディエルの先輩って所かい? その先輩様が何の用だ」

「余計な事を口走ろうとしたからですよ。我々『ドラマティアン』と『人類』の関係を破壊しようとしていたのを見かねましてね」

「どういうことです?」

「そこに居る兄ちゃんはな。『魔王』が定期的に発生するってことを知っているんだよ。ひょっとしたら、お前らが作っているとか」

「何故、そう思ったのですか?」

「そもそも『ドラマティアン』って奴の特性を聞いた時から、疑問に思っていたんだ。『コイツら、世界がずっと平和ならどうなるんだ?』って」

「それは…」


 ブラックからの疑問を聞いてイディエルは凍り付いた。それは、彼と初めて会った時の問答では常識として処理をしてしまった事であるが、もしもこの世界がずっと平和なら。感謝も希望を抱くことも無い様な平穏な世界なら、自分達はどうなるのかと。それは予想できたことでもあった。


「消滅しますよ。人々が平和を謳歌する上で微細に出てくる程度の『勇気』や『希望』は我々の種族を生かすには足りない。私達はそれらを爆発的に増やす為の運用をしているのですから」

「まさか。それが…」

「『魔王』と『勇者』だってのか!?」

「その通りです。人々は魔王という脅威に怯え、恐怖し、絶望する。そして、それらを打ち払う『勇者』と言う偶像の存在を確認することで、マイナスの感情を払拭する程の『希望』や『勇気』を生み出す」

「なるほど。お前らのマッチポンプって訳だったのか」

「ですが、悪いことばかりではありません。魔物という脅威があるから、人々は結託し協力し合っています」


 ドラマティアンの青年が言う事は概ね事実だった。村内や個人間での対立や小競り合いはあれど、国を挙げての戦争は殆ど無くなっていた。魔王と言う脅威がある以上、損耗する真似を避けたいのは人類共通の一致事項であったからだ。


「そんなの。相手が魔王に変わっただけじゃありませんか!?」

「その魔王を定期的に処理する『勇者』と言う仕組みもちゃんと用意しています。そして、我々ドラマティアンは彼らの活躍によって糧を得る。どうです? 多少の犠牲は出るでしょうが、綺麗に世界が循環します」

「……そーだな」


 定期的に英雄が生み出され、叙事詩が創作され、その仕組の中で人々が生きていくとして。皆が最初から拳を振り下ろすべき相手を決められる世界は、ある種の理想郷とも思えた。何故なら、人間よりも先に憎むべき相手がいるのだから。


「ブラック。貴方ならこの仕組の素晴らしさが理解できるはずだ。以前に貴方が居た世界は、この循環システムが無かったから『ヒーロー』が暴走した。葬るべき敵や悪を見つけられずにね」

「それに比べちゃここは天国だ。だって、あんたら『ドラマティアン』がしっかりと敵を用意してくれるんだろう? 10年後も俺は英雄だ」

「何を言っているんですか!? そんな世界の何処が良いって言うんですか!?」

「貴方は黙りなさい。ブラックにはその世界の過ごしやすさが分かっているのですよ。さぁ、私について来なさい」

 

 差し出された青年の手を握ろうと近づき、ブラックは彼の顔面に拳を叩きつけようとした。しかし、それはスルリと避けられた。青年が不快感を顕にした顔で、彼らを睨みつけた。


英雄(ヒーロー)になりたくないんですか?」

「ヒーローにはなりてぇよ。でも、誰かが踏みつけられる前提の世界なんて御免だよ」

「ブラックさん」

「愚かな。お前の仇敵が求めた世界を、自ら捨てるとは」

「誰かが悲しむ前提が無きゃ生まれない存在だって言うんなら、こっちからお断りだ。ミノ子、レイカ。この黒幕ぶった奴をぶっ飛ばすぞ!」

「はい!」

「私達の国を好き勝手しやがって。許さねぇからな!!」


 ドラマティアン同士、加護が拮抗し合っているのか。先程の様な湧き出る力は一切なく、本来の彼らが持ち得る力だけがそこに在った。


「後輩である貴方にお薦めしましょう。今回の叙事詩は最後にこう締めくくりなさい。『勇者達は魔王達と相打ちになり、その生命はつかの間の平穏を紡いだ』と」

「申し訳ありません。『この大陸には長きに渡る平和が続きました』と言うのが、締め括りの一文になりますので」

「そういう訳だ。調子乗った黒幕さんにはお引取り願おうか!! 俺達『人間』の未来のために!」

「良いでしょう。貴方達程度に引けを取る『ドラマティアン』ではありません。もっと適した人間を選ぶとしましょう!」


 青年が剣を取る。魔王を倒し、閉じられたページの先での戦いが始まった。空は晴れ渡り、人々を脅かす脅威は居なくなった後に行われたのは物語ではなく。人が生き残りをかけた生存競争であり、人間の世界だった。


~~


 最後の戦いから十年ほどの月日が流れた。ホウドの首都イッカの街での話である。そこは魔物の脅威に脅かされることが無くなり、その中心では子供達に話を読み聞かせている『ミノ子』がいた。


「……と言う話がありましとさ」

「その後。ブラックさんとイディエルさんはどうなったの!?」

「さぁ? 今は何処で何をしているのでしょう?」

「きっと。元気でやっているさ」

「あ! レイカお姉さんなら知っているでしょ!? だって、二人の冒険に付き合ったって言うんだもん!」

「さぁな。そればっかりは私達にも分からないのさ」

「きっと。帰るべき場所に帰って行ったんですよ。今も、何処かで彼らを必要としている世界に――」


 世界は魔王の出現もなく、人々の平穏は続いている。それはひょっとして薄氷の上にあるものかもしれないが、勇者に頼らざるを得ない世界はしばらく訪れないのかもしれない。

 問題はたくさんある。けれど、それに挑戦していくのは人類の課題なのだ。今や、何処に居るかも分からないブラックの事を想いながら、ミノ子達は空を見上げた。

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