冒険している横で編集者と言うか筆者がおる…2
道中、凶暴化した魔獣達を避けながら、奥地へと進んでいた。実際にミノ子の狩人としての腕は確かであり、足跡やマーキング等の痕跡を注意深く観察することで、彼らと遭遇する事を極力避けていた。
「なんで魔獣達を倒さないんですか?」
「今はおかしくなっていますが、元は森に住まう住民達。見つけ次第殺していては、森の掟に背きます」
「自然との付き合い方が上手いね」
それは多分にスピリチュアルを含んだ上での理解でもあったが、生態系を崩壊させることが自然に影響を及ぼすというのは、ブラックが居た現代においては常識でもあった。
「でも。コソコソしていて盛り上がりに欠けますね」
「その騒がしくなっている森を鎮める為に来たんですけれど」
「平和の為に騒ぎを起こしちゃ意味ないでしょ」
流石にイディエルもその分別はついていたのか、自ら騒ぎ立てるような真似はしなかった。道中には犠牲となったと原生生物の他にも、人間が着ていたと思しき衣服や布切れも散乱していた。いずれも赤黒い汚れを付けながら。
「この布切れは。この森に入って行った人達の。ですかね?」
「でしょうね。幾ら危険と分かっていても、この森に生かされていた人達は、この森に行く他ありませんから」
「世知辛いね」
危険ならば行かなければ良い。何て言えるのは、日々の糧を確保する手段が他にも用意されている者達だけが言える事であり、ここで犠牲になった者達はそうでは無かったという事だろう。
「これは許せませんよ! ブラックさん。やはり、我々は魔王を滅ぼし、魔族を殲滅するべきです!!」
「嬢ちゃんの思考って俺の知っている奴にそっくりだわ」
「ほぅ? それはきっと、人々の平和を願う心優しき人物なのでしょうね! どんな人だったんですか?」
「キチ〇イ」
ブラックの端的評価に、これまたイディエルが憤慨するのも束の間。気づけば、一番奥地にまで来ていたのか。そこには聳え立つような巨躯が居た。その周囲は赤黒く染まっており、夥しいほどの遺骸が転がっていた。
「グォフ。フォッフ」
息を殺しながら、その生物を確認すると。クマの様な生物であることが分かった。その表皮は爬虫類の様な鱗に覆われており、更にそれらは毛で覆われていた。
周囲は恐ろしい程の静謐に包まれており、目の前の魔獣が咀嚼する音だけが嫌に響いていた。その中で、声を殺しながらミノ子は言う。
「前よりもさらに大きくなっている。アレが魔獣の『アラシ』です」
「見るからに凶暴そうですね。ブラック、貴方の力を見せて貰いましょう。戦闘スタイルは剣ですか? それとも槍とか?」
「そう言うのはガラじゃないんだよな。俺のやり方でやらせて貰うよ」
瞬間。空中に電流が走ったかと思うと、彼の姿は大気に溶け込んだようにして。視認不可能な物となっていた。唯一感じ取れる気配すらも朧げな物で、二人が暫時待機していると、変化は唐突に訪れた。
「ガヒッ」
アラシと呼ばれていた怪獣が突然二足で立ち上がったかと思えば、その頭部が宙に舞っていた。切断面から血と黒い瘴気を吹き出しながら倒れていく様子を見ても、何が起きているか分からない二人の前に、周囲に電気をまき散らしながら。再びブラックが現れた。
「ブラックさん。これは一体何を…」
「ちょっと首刎ねて来た。この単分子ワイヤ設置に時間が掛かるんだよね」
血を吹き出して倒れていたアラシは、やがて周囲の遺骸に沈んでいくようにして、その体もグズグズと崩れ始めていき、完全に原型を留めなくなった頃には、森を覆っていた正気が嘘のように晴れた。
「すごい。こんなにもあっさりと!」
「どうだ。イディエル? これで、満足いく活躍は書けそうか?」
スーツ下で笑顔を浮かべていたブラックであったが、それとは相反する様にして。イディエルの額には深い皴が刻まれていた。
「良くない! 何をしているかも分からない間に終わっちゃったじゃない! そこはもっと、物語が盛り上がる様に激闘を繰り広げて下さいよ!」
「いや。俺はバトルを楽しみたいとかそう言う性分は無いんだよ。できれば、楽に安全に勝ちたいんだよ」
「そんなコソコソした活躍で皆に勇気を与えられる『オードー』の題材になれると思っているんですか!?」
「でも、楽に勝つってのも流行っているらしいぜ?」
二人が痴話げんかをしている傍で、ミノ子が周囲を確認すると。そこには、萎れていたはずの草木が背筋を伸ばし、動物達もまた。元の穏やかな気質を取り戻していた。その光景を見た彼女は微笑みを浮かべていた。
「この森を覆っていた瘴気が晴れていきます!」
「良かったじゃないか。じゃあ、依頼は成功か?」
「はい! 早く村に帰って皆に報告しに行きましょう! ブラックさん! イディエルさん! ありがとうございます!」
面と向かって謝辞を述べられ、イディエルは考え込む様子を見せたが、ブラックはその表情にうっすらと笑顔を浮かべていた。
「うーん。この路線で行く? でも、コソコソ勝っても盛り上がりは書けるし、いや。でもワンチャンスでスタイリッシュ路線と言うのも」
「いやぁ。感謝されるって気持ちがいいね」
「は? そんなの当たり前じゃないですか」
当たり前。そう言われて、初めてブラックは自分を異世界へと送り届けた男の気持ちに触れた気がした。今まで与え続けられて来た、感謝を突如として奪われ、その存在意義が疎んじまれたら。きっと、正気を保つのは困難を極めるだろうと。
「異世界。救っちゃおうかな」
「お? やる気に目覚めましたか? それ自体はとても良いことです。そのセリフ、第1章の締めに使えそうですね」
心地の良い森林浴での帰り道を堪能しながら、彼は村に着くまでの間に第2の人生を考えていた。影ではなく、彼自身がヒーローになる道を……。