冒険している横で編集者が居る……1
実は異世界転移とか転生系みたいなのを書くのは初めてなので非常に緊張しています。とは言え、パパっとやりますのでお目こぼしをば。
空は青天の霹靂。雲は穏やかに流れていき、人々を照らす太陽の光もそのままであった。ただ、違う事があるとすれば。それは彼が突っ立っている街並みと言う光景にあった。
ビルも無ければ伝統も無く。床はアスファルトに舗装されているでも無く、石タイルを敷き詰めた物。スーパーも無ければコンビニも無く。食品も外気に晒された、露店での販売だった。そこに全身真っ黒なスーツを纏った彼は居た。
「(ガチで異世界転生ってあるんだな。いや、この場合は転移か?)」
チラリと見たことがあるだけのサブカルチャーの話題を思い出しながら、彼はここに至るまでの経緯を思い出していた。パブリック・エネミーとして指定されたレッドと呼ばれる男の討伐、死んだはずだと思った彼に返り討ちに遭ったことまでは思い出していた。
スーツを着ていたはずの自分をどうやって殺したのかと言う疑問まで掘り下げようとした所で、その思考は彼の周囲を飛び回る者によって中断された。
「こんな所で道草食っていないで! 貴方は召喚されたんですから、使命を果たしに行きますよ!」
「イディエル。使命って?」
「もう。現代から来たんですから分かるでしょ? 魔王ですよ!」
「さも当たり前の様にサブカルチャーを常識の様に扱われても困る」
彼の周囲を飛んでいるのは、小学生程度の身長をした少女であり。白いトーガに丸眼鏡。それとドリルツインテールと言う、実際に目をするのも初めてな特徴的な髪型が印象に残る少女だった。彼女は陶酔した様子で、空中に出現させた石碑に文字を刻み込んでいた。
「『王の謁見を受けた『勇者』は50年ぶりに復活した魔王の野望を阻止すべく。この王都より旅立つのであった…』」
「別に、俺は魔王を倒す気なんて無いぞ。旗色次第じゃどっちにでも傾倒するからな」
訳も分からないまま流されるに流されて、この街まで来たし。変な少女にも付き纏われているが、流石に自分の生死までは好き勝手に決められるつもりも無かった。
しかし、イディエルはその返事が意にそぐわなかったようで、露骨に不機嫌さを浮かべつつ。癇癪を起していた。
「そしたら、人々の平穏はどうなるんですか! 私達『ドラマティアン』の飯のタネはどうなるんですか!?」
「後半にポロッと本音が出てるぞ」
そこまで言って。イディエルは感情と本音が浮き彫りになっていたことに気付いて、暫し天を仰いで、笑顔を張り付け、声色も営業モードに切り替えたのか。先程の様に丁寧さを取り繕った物になっていた。
「これは失礼。私達、天界の住民である『ドラマティアン』は人々の夢と希望を糧として生きています。なので、貴方には魔王を倒して貰い、人々の夢と希望を取り戻して貰わないと困るんですよね」
「俺達が居た世界に来たら、速攻で死滅しそうな種族だな」
「それは恐ろしい事です。ちなみにどんな世界だったんですか?」
「役目を終えた英雄がゴミのように扱われて、周囲に復讐仕掛けるような世界だよ」
その経緯と一生は物語として語ることは出来るかもしれないが、面白いかどうかは疑問だし。ましてや夢や希望とはかけ離れた物であることは想像できた。イディエルはそれを軽蔑する様にして鼻息を鳴らした。
「碌でもない世界ですね」
「その英雄にぶっ殺された俺が、この世界で勇者に抜擢されるのは皮肉が過ぎている」
現在、この世界は魔王とその配下に拠る魔族達によって脅かされていると、彼は聞いていた。世界を囲う情勢については、王と会った時に聞いていたはずだが。恐らく一つも聞いていなかったのだろうと彼女は考えた。仕方なく、イディエルは改めて説明の為に地図を広げた。
「まず、我々が行うべきはこの大陸の解放から。その北端である『ホウド』から、南端である『ワキナ』まで行脚していくと言う使命を仰せつかっています。その過程で問題を解決しながら、人々に希望を取り戻させていく。ついでに、それを大陸中に語り継ぐ為の叙事詩も作る。OK?」
「え? 嫌なんだけれど」
「は? 人々が困っているのに見捨てるんですか?」
「だって俺に関係ねーし。見返りは? 報酬は?」
「貴方、それでも勇者ですか! この人でなし!!」
ペチペチと叩かれるが、その誹りは心外と言う他なかった。イディエルを嗜める様なジェスチャーを取りながら、彼は説明をした。
「まぁまぁ。ドラマティアンだって、人々が勇気と希望を産むから助ける訳だろ? もしも、助けられても感謝も糞も無かったら、助けようと思う?」
「え? なんで感謝してくれないんですか?」
流石にその反応は予想していなかった。せめて、考える仕草を見せるかと思っていたが、そんな事すらしない即答を前に。彼は一つの予想が頭をよぎった。
「もしかして。魔王とかそう言うのを倒したら、皆。絶対に感謝してくれるとか?」
「そりゃそうですよ! 命がけで諸悪の根源を倒した存在を奉らない訳がないですし、何よりも国を挙げて祝うんですよ! 感謝しない人がいる訳がありません!」
「……レッドの奴もこの世界に来れば、あんな怪物にならずとも済んだだろうに」
異世界ゆえの情報伝達速度の違いか。或いは、同調圧力の強さの差か。イディエルは、勇者の活躍と人々の賛辞は繋がっているものと信じて疑わなかった。
「と言う訳でお願いしますね。それに勇者って肩書があれば融通も利きますし、生活していく上では。提案に乗った方が合理的だとは思いますけど」
「急に現実路線に切り替えんなよ」
しかし、彼女の提案は最もであり。根無し草で生きるよりかは、命令に従って生きる方が楽であると判断した彼は、イディエルが広げた地図を見た。
「この国の近くにある『イッカ』と言う村の近くの森で、原生生物達が魔獣化しているそうです。このままでは近隣の村々に被害が出るかもしれないので、その原因の排除というのが任務です」
「そういうのってさ。俺、個人でやるより。土地勘のある人らと軍隊で提携してやった方が良くない?」
てっきり、お使い位を考えていたが、まさか集団を相手にしろと言う無茶ぶりが来るとは露とも思っていなかった為、現実的な提案をした所。これまたイディエルが怒りにブルブルと震えた。
「良いですか? 貴方の活躍は大陸中に叙事詩と言う形で語り継がれるんですよ!? そんな人間が『軍隊に頼れ』だなんて腑抜けた事抜かしてどうするんですか!?」
「えぇ…」
特におかしな事を言っていないが、リビエルは彼の意見が気に食わなかったようだ。そして、その理由をこれまた連々と語り始めた。
「良いですか? これまでも歴史の中で何度も魔王やそれに準ずる脅威が出ては、セットで勇者も現れて、その危機を退けてきました。その活躍は叙事詩となりあるいは演劇として人々の間で語り継がれ、日々を彩る『理想』や『希望』となる程に定着しました。それ一重に彼らの活躍が華やかで勇気や愛が溢れるものだったからです」
「はぁ」
「そして、我々。『ドラマティアン』はその勇気や愛に対して力を分け与えてきた訳です。我々と勇者というのは言ってみれば一蓮托生の存在なわけです。そして、勇者には語り継がれるに相応しい『立ち振舞』や『行動』が求められます。我々はこれを『オードー』と呼びます」
物凄い早口だったので、会話の内容の半分位は頭の中を通り抜けていったが、要するに主人公らしい立ち振る舞いをしろという事だと受け取った。
「じゃあ、俺はその愛と勇気の為に。危険な生物が潜んでいるかもしれない森にお前と一緒に突っ込んで行けって事かい?」
「ハイ! 迫り来る敵。待ち受ける罠! それらを華麗に突破して、困難を解決する。叙事詩の始まりとしては定番のシチュエーションですね!」
「定番で命を張らされる理不尽」
プロローグの為に死地に突っ込まされそうになる理不尽を突き付けられたが、他にどの様に生きるかも想像できなかった為。彼は渋々と言った様子でイディエルと共に『イッカ』の村へと向かう事にした。
「所でその仮面の下ってどうなっているんです?」
「見たけりゃ、見せてやるよ」
スーツ内部の装置を操作すると。フェイス部分が透過され、そこには彼の素顔が浮かんでいた。灰色の髪に、堀の浅い顔にはタトゥーが刻まれており、更には人相の悪さも相まって、犯罪者の様に見えた。
「うわ。犯罪者!」
「は? 見せろつったのはお前だろ」
眉間に皴を寄せ凄まれた時の威圧感たるや悪党のそれであった。果たして、この様な人間が勇者で良いのだろうか。そう思いながら、イディエル達は『イッカ』の村を目指した。
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『イッカ』の村にたどり着いた彼らは、村長から被害状況の説明を受けた後。森の案内役が必要だろうということで、一人娘を連れてこられた。
「始めに立ち寄った村で、この国を救うであろうパートナーになりうる女性との会合! 一体どんな美少女がやって来るんでしょうか!」
「何で美少女限定?」
「ブサイクが主役で喜ばれるわけがないでしょう」
「顧客のニーズに応える事に余念のないマーケティング至上主義の女。お前、俺達の世界じゃ編集者とかやってそうだよな」
彼女に対して軽口を叩いていると。間もなく、村長は一人娘を連れて来た。その肉体は鍛え上げられており、筋肉で体が隆起している程だった。狩人の衣服の合間に見える傷痕は歴戦の勇士であることを語っていた。
当然、その肉体に呼応する様にして顔面部分も巌の様に険しく、滑らかな曲線など皆目見当たらない、性別を超越した強さがそこに在った。
「始めまして! ミノ子です!」
「チェンジで」
「頼りがいのありそうなお嬢さんだ。よろしく」
「はい! 精一杯努めさせてもらいます!」
付き人が無礼を働いているが、ブラックはそんな事も気にせずにミノ子と固い握手を結んだ。厳つい見た目とは裏腹にその声色は優しく、また礼儀正しかった。
これに抗議の声を上げたのは、やはりイディエルであった。村長に詰め寄り、金切り声を上げて、クレームを叩きつけていた。
「エルフ耳の美少女とか、狩人タイプのクール美女とかケモノ娘とかはいないんですか!」
「これだけ可愛い娘を捕まえて何を言うか! 気立てもよく、狩人としての腕もピカイチ! ワシの自慢の娘だ!」
「もう! お父さん! 照れるじゃないの!」
「顔が揃ってないんですよ! 顔が!!」
頑なにキャスティングの変更を求めるイディエルのクレームを無視して、ブラック達は偵察に行くことにした。一同が村を出ようとした時、広場で遊んでいた子供達が彼らに声を掛けた。
「ねぇ、兄ちゃん達は勇者なんだよね? 魔王をやっつけてくれるんだよね?」
「お。勇者を慕う子供からの質問ですよ! もちろん、この子を励ます事を言ってあげて下さいね!」
少年もどんな言葉を掛けられるか期待をしており、その背後ではイディエルも笑顔で見守っていた。まさか、子供相手にろくでもない事を言う訳が無いだろう。そう信じ切っている顔だった。そんな彼女達の期待を知りながら、ブラックは言った。
「悪いな。坊主、魔王側の方が強かったり稼げたりするようなら、そっちに寝返るから」
「オイ! ゴラァ! このクソ野郎!!」
「何だよ。俺は腹芸をしないで、正直に言っただけだ。俺はこの子にな。嘘とか詭弁でその場をごまかすような不誠実な人間になって欲しくないから、俺自身がまずは正直者であろうってことを示したんだよ」
「んー。何かよくわからないけれど、頑張ってね」
「おぅ!」
幸いな事に少年はブラックが言った事が分からなかった為。都合よく処理してくれたのか、健気に送り出してくれた。その様子を見ながらイディエルは冷や汗を流している一方、ミノ子は微笑んでいた。
「ブラックさんって面白い人ですね!」
「貴方こそ! 顔も冗談も面白いですね!」
彼女の容姿にクレームを付けるが如く暴言を飛ばされたが、ミノ子は微笑みながら、森の案内役として彼らを先導した。