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サクラの、花し。

作者: 春紫苑

課題制作の作品です。

お題は、花言葉・巨大生物・便座カバー

「もう私的にぃ、主人は有罪なんじゃないかって」

「…………はぁ」


 巻いた髪に、厚塗りの化粧。なんでそれにしたと聞きたい衝動を抑えるのに苦労する豹柄のワンピース。

 あれか。大阪のおばちゃん目指してんのか。まだ若いのに……。


「便座カバーよぉ? 絶対シコったりしてて落ちたんだと思うのぉ。

 だからぁ、証拠つくって? もう離婚しちゃおうと思うし」


 証拠作って。

 探すんじゃなくて、作って。


「慰謝料ふんだくってほしいのよねぇ。私の三年使用料みたいな?

 無駄に溜め込んでるしぃ、使い道もない根暗だからぁ、私が使ってあげよっかなって」


 二億くらいかしらぁ? と、隣の護衛という黒服に問いかける、その時の表情。

 明らかに護衛を見てる目じゃねぇし。てかその護衛ってなんだ。護衛じゃねぇだろ。ホストだろ……服装でバレんだろそれ……。


「ちょっと聞いてるぅ?」

「聞いてますよー……。

 えーと、まずいくら請求できるかってのは俺に言われましても。

 俺は証拠を探すまでが仕事なんで、そっちは弁護士さんにでも相談してもらえますかねぇ」


 上品に、可憐な黄色い花を咲かせた月桂樹柄の便座カバーには、茶と金の間くらいの短い直毛。

 目の前の大阪おばちゃん候補お嬢の髪も似たような色合いだ。

 ぐりゅんぐりゅんと巻きに巻かれてる髪。二十八つってたけど言動はギャル。

 軽い感じの態度……。


 あれね。証拠作れって、そういうことにしたいからでっちあげろって意味ね。

 いるんだよなぁ〜。金持ってるから俺みたいな貧乏人は金で言うこと聞くだろう的な?

 明らか浮気してんの自分でも、相手が悪いって言い切れる根性の図太さと心臓の剛毛さが凄いね!


「……えーと……それで、如何程いただけるんで?」


 ビシッと、後頭部に何か刺さった。


「二百万」

「承りました〜」


 ビシビシッ! っと、更に強度が増したのが刺さった。


「そっ。じゃお願い」


 そう言い立ち上がった大阪おばちゃん候補老けギャルは、護衛ホストの腕に身を絡め、書類に一切手をつけずに出て行ったんですよ。

 いや、書いてくれる気無いだろうなって、思ってたけどね。便座カバーも置いていったね……。


 そして残されたのは、俺と、無駄に部屋の中で箒を振り回していた制服姿の女子高生……。


「…………信じらんないっ…………!」

「彩芽ちゃんさ……平日の日中にうち来るのやめなさいって……」

「掃除しに来てやってるんでしょっ! なんで仕事も無いのに物が溜まるの⁉︎ また勝てもしない競馬新聞買って!」


 グサって胸に言葉が刺さった。因みにさっき刺さってたのは彼女の俺を軽蔑する視線ね。

 ボリボリと寝癖で跳ね回ってる頭を掻いて、痛みをやり過ごしつつ「今、仕事来たじゃん」と、返したら、「受ける気⁉︎」と、お怒りの声。


「なんなのあれ⁉︎

 浮気してるの明らか自分じゃん⁉︎」

「そうだろうね〜」

「分かってて受ける⁉︎」

「……彩芽ちゃん、家賃払えって、言ってたじゃん」


 そう言葉を返すと、グッと、喉に言葉が詰まったみたいな顔。視線を彷徨わせて、箒の柄を胸に抱き寄せ……。


「サクちゃんは、もっと高潔な人だと思ってたのに!」


 箒を俺に投げつけ、お怒りのままの勢いで飛び出していかれましたとさ。


「高潔……。いやいや……」


 なんで俺をそう思ったよ? こんな、うらぶれた下町の一角で流行らない探偵やってるような男ですよ俺は。

 あと三十過ぎてサクちゃん呼びはなぁ……。


「……ま、俺が断ったところでまた別に行くだけなんでねぇ。ああいうのは……」


 言い訳よろしくそんな独り言……言ってる自分の小者感に若干幻滅しつつ、仕事しますかとパソコンに向かった。



 ◆



 おば老けギャルは、ああ見えて結構有名な教授の一人娘。

 大学まで女学校で、社会に出て思い切り悪いのに入れ込んで、躓いちゃった感じかなと思ったら、昔っから奔放過ぎて手に負えない感じの痛い娘だったよう。

 母親は早くに死別しており、多忙な父親は、娘に物質面で苦労させない方向の愛情を注いでいたようだ。

 なんなら問題ももみ消してしまっている。


 その結果があれですか……。と、煮干しを摘んで口に放り込む。

 対する、その夫……。

 四十前にして教授ですかと驚きつつ、その前歴を追ってみたところ……。


 大学は三年で大学院へ飛び級、修士課程は一年で博士課程へ飛び級し、更に博士課程をも一年早く終えてしまっていた。そこで多分、おば老けギャルの父親に気に入られたのだろう。

 二十四という若さで博士号を習得し、すぐに大学へ助教授として採用されている。そこからたった二年で准教授。現在は業績が高く評価された結果、教授という肩書を手に入れていた。

 写真を見ると、細身の男性……勉強以外してきたことありませんみたいな、本当に四十手前かと疑いたくなるような若々しい美青年。そしてその隣には、ハーフなのかな……金と茶の間くらいの髪色に、茶色い瞳、そばかすのある、可愛い感じの女子大生が、楽し気に教授と語らっている様子が写されていた。


 彼は今を羽ばたくiPS細胞の研究に邁進する研究者の一人で、幹細胞生物学が専門。現在臓器移植の分野は、需要に対し供給が追いつかない……まぁ、だって臓器って通常予備持ってる人いないしねって思いつつ、煮干しをまた一つ口に放り込んだところで、気配を感じ、パタン……と、ノートパソコンを閉じた。


「……本日も平日ですが?」

「……お、怒らなくったっていいじゃない……ほら、お昼ご飯持ってきてあげたんだし」

「おっ。もうそんな時間か」


 数日ぶり。怒ったまま来なかったのに、依頼の進捗が気になって、ネタを作って来てしまったんだろうなぁ。

 制服なのは……学校に行こうと思ったけど、やっぱり行けずにここに来ちゃったパターン……。

 コンビニの袋を持ち、居心地悪そうにしているから、この前のことは気にしてないよということを見せるために、グッと伸びをした。


「っあー、腹減ってるわけだぁ。さんきゅー彩芽ちゃん可愛い〜、最高〜」

「取ってつけたお世辞最低……」


 氷点下の視線。


 机を離れて、ソファに移動する彩芽ちゃんを追った。

 きっちりと切りそろえられた、日本人形のようなパッツン髪。左の口元に小さなほくろ。

 細身で、制服はいつもパリッと清潔に整えられていて、丈もきっちり膝下。鞄にはキーホルダーのひとつも付いておらず、靴下すら、規定通り。

 絵に描いたような真面目ちゃん。それが大家さんの孫娘、彩芽ちゃんの素。彼女は無理してこうなんじゃなく、これがしっくりする娘なのだ。


「おっ、プリン〜!」

「それは私の」

「ええええぇぇぇ……」

「……咲良君。大人の男がプリン如きで世を悲観しない」

「プリンが目の前にあるのに食べられないなら世も終わりだよ……知ってるくせに意地悪……」

「……分かったわよ。半分ならあげる」

「天使〜!」


 そんな子が学校に行けない。

 それは、こういう真面目ちゃんにとってとても苦しいこと。

 だから本当は、ここに来るくらい、好きにしたら良いと思っている。学校なんて行ってなくても、真面目ちゃんの彩芽ちゃんは勉強を怠けない。

 けれど、その怠けられない性格がまた、彼女を苦しくさせている。


「……ねぇ、やっぱり依頼、受けたんだ?」

「まぁね」

「……家賃なんて期待してないのに……」

「いや、そう言われるのはちょっと……そりゃ甲斐性無しの自覚はしてるけども……」

「……咲良君はさぁ、そういう大人じゃ、ないじゃん!」


 タン! と、お茶のペットボトルが少々力強く、机に置かれた。そして梅のおにぎりがひとつ。

 次に俺用の、ブラックコーヒーとサンドイッチ、サラダが袋から取り出される。……サラダは拒否権無い感じだな……。


「……咲良君はさぁ……そういう大人じゃない……」


 もう一回、同じ言葉を言われた。

 そうして「なんで弁護士に相談しろって、言ったの?」と、言葉が続いた。


「咲良君弁護士じゃん」

「今はしがない探偵事務所の所長さんですしねぇ」

「もうそっちは絶対にしないの?」


 何故か傷ついたみたいに言われる。あー……まぁ……。


「そっちじゃ食ってけないしねぇ」


 こうやって、猫を探したり、旦那の素行調査したりしている方が、まだ金になるのだ。なんとか食い繋げる。

 大家さんは、家賃なんていいからと俺を甘えさせてくれるし、孫を見てくれているからと、俺に甘い。

 支えられてるよなぁ……。

 彩芽ちゃんが俺にこう言うのも、俺のためなんだと理解している。が。


「まぁ、それはおいおい」


 そう言って誤魔化し笑いをしたら、落胆したみたいに、視線を落とされてしまった。


「でっちあげなんて、するの?」

「……うーん……依頼だしねぇ」

「依頼なら、なんでもするの?」

「大人には色々事情があってだねぇ」


 グッサグッサと言葉が心臓に刺さるけれども、とりあえず誤魔化す。変なこと言って首を突っ込まれても困るし。


「最低!」


 結局そう叫ばれて、お茶も梅のおにぎりも、プリンにすら手をつけずに、彩芽ちゃんはバン! と、扉に八つ当たりして事務所を飛び出してしまった。

 まぁ、真面目ちゃんには、そうだろうねぇ。


 サンドイッチをほおばりつつ、ソファを離れて机に戻った。

 ハーフ女子大生と身を寄せ合って、何か囁き合っている教授の写真……。

 それと、護衛ホストの写真。おば老けギャルではない、別の若い娘と写っている……。

 あっちが悪なら、こっちは善……と、はっきりしてるんなら、彼女みたいな真面目ちゃんは、この社会がもっと生きやすいことだろう。


「ま。もうちょっと調べてみますかね」



 ◆



「証拠揃ったんだぁ。……なにこれ。せめてラブホから出てくる写真とか無かったの?」

「出向いてくれりゃありましたけど、無かったんで」

「使えなぁい。まぁでも……キスしてる風に見えなくもないかぁ」

「あとこっちが便座カバーに付着していた体毛の……」

「もうそれいらない」

「あ、写真と資料こちらで袋に纏めますから、これをそのままお父様に提出してもらえれば離婚話が進められるかと……」


 本日は黒地に水仙らしき花柄のタイトスカートと、総レースのオフショルダーブラウス。ケバい……。網タイツがなんかもう毒々しい。

 そしてやっぱりついてきました黒服のホスト護衛。


「はい。じゃあこれ報酬」


 ポンと、薄い封筒が机に投げ出され……俺が封筒に納めた資料はホスト護衛に奪い取られた。


「俺が持ってやるよ」

「優しぃマー君〜。じゃあ行こっか」

「あ、ちょっ、この封筒薄いですよ?」


 二百万の厚みじゃねぇだろこの野郎⁉︎

 と、言えれば良いのだが、そんな度胸があればヘコヘコなんてしていない。


「だってあんた使えなかったもん。二十万もやったんだから有難いと思いなさいよ」


 そんな風にゴミを見る目で見られ、言い捨てられた。あー……。


「じゃね」

「っ、あっちょっと……」


 呼び止めようとして、止めた。まぁ、なんとなく予想してたっちゃ、してた展開だし。

 なによ? と、軽蔑した目で見られたため。「いやぁ、良い柄のスカートだなって。ダフォディルですね。花言葉はご存知で?」と、誤魔化した。


「だふぉでぃる? 花言葉? おっさんが花言葉って……気持ち悪ぅ」

「……失礼。なんでもないです」


 まぁ、そうね。気持ち悪いね。うん。

 二十万でも貰えただけマシでしょうな。うん。一銭にもならないよりは。うん。


 いちゃつきながら出ていく二人を見送って、疲れてソファに寝転んだ。

 ダフォディル。日本名ならラッパ水仙。これの花言葉は「報われぬ恋」ざっくり括って水仙の花言葉なら「自己愛・自惚れ」だ。


「旦那さんの方が、よっぽど美男子だと思うけどなぁ」


 見た目だけでもあのホストよか上だったでしょうに。

 その上堅実で、実直。確かにスリルは皆無かもしれませんが、誠実だった。

 写真の女子大生は、単なるゼミの一員。ハーフではなくクォーター。普通に日本名の女性だった。こっちも結構な苦学生で、実家は北海道の、潰れかけな酪農家。

 後で……あの資料の最後の一枚をちゃんと見てくれれば、自分が利用されているだけで、そのホストの上役が何を狙っているかが分かるだろう。

 ……けど、あのおば老けギャルは見ない気がしていた。


「…………ま、そのまま父親の手に渡してくれりゃ、良いんだけどさぁ」


 世の中、上手くいかない。そんな二人を陥れて、二億円をせびり取っておば老けギャルは、浮気相手のホストと豪遊する気なんだもんなぁ。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。

 そうして、人の気配に気付いたのは夕刻だろうか……。

 身体に何かが掛けられる感触で目を覚ましたけれど、そのまま寝たふりを続けた。合わせる顔が無いというかこう……ね。


 真面目ちゃんの彩芽ちゃんは、今日も制服のよう。

 学校、行けたんだろうか? こんな時間に来るのは珍しい。

 眠る俺にブランケットを掛けてくれ、額の髪を指で梳いて、暫くじっと……。


 …………なんで見入ってんの? 狸寝入りバレてる?


 動かない気配に恐怖を覚えだした頃。


「サクちゃんは、弁護士辞めても、探偵でも、私にはずっと、ヒーローだよ……」


 耳元で囁かれた言葉が、胸に染みた。


「だから、心にもないこと、しないで。サクちゃんはサクちゃんでいてよ。

 じゃないと私、明日は頑張ろう。明日こそは……って、思えなくなっちゃう……」


 ……行けなかったんだなぁ。学校。

 この時間まで彷徨って、結局行き場が無くて、ここに来てしまったんだろう。

 昔から、彩芽ちゃんはこの世が生き辛い。揶揄われたり、虐められたり……。

 純真無垢で愛らしいから、真っ白だから、汚されてしまう。そんな娘だ。


 そのまま寝たふりをしているうちに、彩芽ちゃんは部屋の中をさっくりと片付けて、電気を消して、事務所を出た。

 世話焼きで、可愛くて、ほんと困る。こんな娘を、悲しませることはしちゃ駄目だよなって、どうしたって思わされるから……。



 ◆



「花火ぃ?」

「そ。どうせ夜暇してるでしょ?」

「俺の巨大生物は超人気者よ?」

「下ネタ最低」


 あれからまたふた月が過ぎた。


 新聞には、大学のとある有名教授が、情報漏洩の責任を取って辞任と記されている。

 なんでも、娘が研究成果を密かに持ち出し、それがスパイの手に渡る直前でぎりぎり阻止されたらしい。ホストに入れ込み、遊ぶ金欲しさの犯行であったという。

 その先を読み進めようと視線を動かしたら、その上にズイと差し出された甚平……。


「おばあちゃんから。護衛よろしくって」

「……拒否権無しなのね……」


 じゃ、また後で来るねと彩芽ちゃんはサッサと事務所を後にした。

 ……まぁいっか。ちょっとくらい付き合いましょう。


 寄れたシャツを脱ぐと、鏡に映る俺の腰には刺し傷。それを渡された甚平で覆い隠す。

 シンプルな縞柄。背中に竜とか鷲とか背負ってなくてホッとしつつ、靴……は、草履なんて持ってないけどまぁ、サンダルでいっか。


 頃合いを見て、財布をポケットに突っ込み、外に向かうと、まだ薄暗いという程度の頃合い。

 ちんたら歩いて行ったら、大家さんが浴衣の女性と共に、玄関先で立ち話をしていたから、こんちはと声を掛けた。


「今日はありがとうねぇ」

「いやまぁ……いつもお世話になってるんで……」


 家賃の支払いも滞ることが多々ある身ですし。


「あら懐かしい。甚平姿なんて久しぶりに見たわねぇ」


 ん?


 けれど、疑問を口にする前にぐいぐいと、大家さんを押しやる浴衣の女性。


「おばあちゃんはもう、中に行っといて!」

「はいはい。じゃ、楽しんできなさいねぇ」


 ……いやいやいや、反則。

 どこの方と立ち話してんだろうねって思ってたのに、まさかの彩芽ちゃんでしたよ。おじさんの目には痛い……可愛過ぎて痛い……。


「どうせ似合わないって言いたいんでしょ⁉︎」

「いやぁ、彩芽ちゃんらしいなって思っただけよ? 似合ってるじゃん」


 流水に燕子花。彩芽ちゃんにぴったりだと思いますよ。


菖蒲(あやめ)柄だからって言うんでしょっ」

「ん? 違うよ。これは燕子花(カキツバタ)


 そう言ったら彩芽ちゃんはこてんと首を傾げた。パッツンの黒髪はアップにされており、右のひと房だけ垂らされた横髪が艶っぽい。


「おばあちゃん、菖蒲柄って言ってたけど……」

「流水模様と一緒に描かれてるから、これは燕子花。菖蒲は水の中に咲かないんだ」

「ふーん……。花言葉は?」

「花言葉は、幸せは必ず来る」


 そう言うと。若干頬を染めて俯く。……いやいやいや、なんか調子狂うからやめてその顔……。ムラっとくる。ひとまわりから歳離れてんのに。


「まぁ、行こっか」


 笑って誤魔化したら、こくんと頷かれた。

 そうして二人連れ立って足を進める。


「久しぶりだねぇ。二人でお祭り行くの」

「だね。誘っても付き合ってくれなかったもんね」

「……おじさん仕事で忙しかったので……」

「仕事入らない事務所なのにね」


 だから、大家さんからだと嘘を言って甚平を押し付けたの? 断れないって思ったから?

 内心でそう思ったけれど、言葉にはしないことにした。まぁ、これがこの娘の気遣いだって分かっているし。

 コンビニに寄りたいと言うから、そちらに足を向け、人がだんだんと増えていく道を歩いていると、屋台もちらほらと増えだした。

 その中の一つに、若い女子学生らしき子らが広げた、フリーマーケットを発見。摘み細工の小物を扱っているよう。


「ちょっと待っててね」

「はいよー」


 コンビニ前で別れ見送ってから、暇つぶしがてらそのフリマを冷やかした。

 結構ちゃんとしたの作ってる。


「なにこれ。こんなん手作りできんの? このイヤリング」

「できますよー。レジンって分かります? それで作ったんです」

「マジか。すげーね」


 話し込んでたら、背中に刺さる冷たい視線……。


「あ、おかえり……」

「行くよ」


 まいど〜と、手を振る女の子に愛想笑いを返して、若干乱暴に引っ張られつつ、その場を後にした。

 無言……むっちゃ怒ってる。どうしたもんかなぁと頭を悩ましていたら、バシッと胸に紙の束。


「ん。どうせいるんでしょ」


 競馬新聞……。

 ありがとうねぇと受け取って、懐から取り出したそれを、代わりにはいと手渡した。


「……何?」

「簪。さっき可愛いの見つけて。彩芽ちゃんに似合いそうだなぁって」


 だから女の子に釣られてたんじゃないんですよ? と、ヘラリ笑って誤魔化す。

 チラッと顔を見て、いかん。やばい。と、視線を逸らした。うなじまで真っ赤になった彩芽ちゃんが直視できなかったので。


「……赤い、菊? 鞠みたいで可愛い……」


 花言葉は? と、聞かれたけれど、なんだっけなぁ……と、少し誤魔化した。


「確か高貴とか、高潔」

「……似合わないね。私には」

「いや。似合う。絶対。ほら、貸してみ」


 強引に奪って、アップになった髪にぶっ刺した。さっきの女の子らが、髪の根元に刺しとけば大体オッケーって言ってたから。


「ほら。差し色に良いじゃん! 下駄の鼻緒と同じ色だしっ」

「……そ、そう? うんまぁ、ありがと……」


 ワタワタとそんなやりとりしてたら信号が青になって、慌てて足を進める。

 いかんなぁ……。年甲斐もない。こんなことで慌てて馬鹿らしい。

 次に引っかかった信号で、つい視線をうなじに向けそうになるのを誤魔化すために、新聞に視線を落とした。のだけど……。


「青になったよ。……どしたの?」

「ん? いやいや、何これすげー」

「何が凄いの?」

「ユニコーンだって! ほら、幻獣だと思われていたユニコーンは太古に実在した! 大学教授が永久凍土に保存されていた馬から採取した血液を……」

「はい。まずは道の端に避けて。邪魔になってるから」


 言葉を遮られて押しやられた。けれど視線は記事に釘付け。デカデカと写された写真には、結構な美男子と茶髪女性が試験官を掲げる写真。その下には予想図らしき、額にコブのような突起のある馬が描かれている。再現されれば体高が二メートルを超える巨大生物であるそうな。


「北海道の酪農家と提携しての復活を研究……iPS細胞の……」

「いや、聞いても分かんないから説明いらない。

 でも……ふーん。凄いね。ほんとだったら夢がある」

「だろっ⁉︎」

「……競馬に出てきて走るなんてことは無いと思うけど……」


 その記事の末尾に、教授が功績を認められ、近く国際的なプロジェクトに参加するということ。

 彼の恩師である前任者の辞任により繰上げであったこと、この教授が独身の美男子であることなどが記されていた。


「世の中……持ってる人は持ってるよな……運とか、顔とか、地位とか金とか……」

「落ち込まないー。サクちゃんだって捨てたもんじゃないから安心して。ほら、いくよー」

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