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通学路の憂鬱

 学生にとって。


 通学路というものは本来、ただの学校への道というだけの認識ではなく、もっと感受性豊かな意味を持つ。

 ただボケっと通学路を歩く人、または自分以外の何がしを感じる余裕が心に存在していない人にとっては、ただの道でしかなく、しかし心に余裕がある人であれば、人間特有の感受性によって様々や見方ができる。


 例えば。


 学校という名の檻へと導く“人間道”。

 仲の良い友達とバカ騒ぎできる天国のような楽しい場所へと誘う“天道”。


 などなど。まあ、今回は仏教をロクに知らないくせに六道で例えてみたが、これ以外にも「この路を歩いた数だけ人間として前に進むのだ」などと言う人もいる。


 感性は人それぞれで、その感性の数だけ個性がある。

 それだけ多様性があって、人間の特性としてはこれほど素晴らしいものはないのだろうけど、生憎と俺はその多様性が憎い。違いが憎い。他人と同じことができない自分が憎い。


 ――っと、話が逸れてしまった。


 かく言う俺も、心に余裕があるので――心に隙間が開いてしまっているが故に――ふと、この通学路とは何かという、側から見れば時間の無駄と一蹴されるようなことを考えてしまい、そして酷くショックを受けた。どうしてショックを受けたのかというと、単純に喩えが悪かったからなのかもしれない。


 苦しみが続くばかりではなく、楽しみも同時に存在するのが人間道だとしたら。

 苦しみが人間道と比べ、はるかに少ないのが天道だとしたら。

 俺が今歩いているこの通学路を六道に例えるなら、終始争いが起き、苦しみが絶えないがその苦しみは自分に帰結してしまう世界――修羅道だった。


 ♢♢♢


「おいテメェ……出すもん出せやゴラァ――あふん!?」


 ついさっきまで元気にカツアゲしていたはずの金髪ヤンキーが、ゴシャッという本来鳴ってはいけない音を頭部から鳴らして、俺の目の前で崩れ落ちた。

 とある春の日の、通学路の片隅にある自動販売機の陰でのことだった。


 俺の胸ぐらを掴んだままへたり込んでしまったため、俺が着ていた学ランの襟が乱れてしまった。迷惑極まりないよホント。


 ヤンキーにカツアゲされる事自体は慣れてるからそんなに気にしないけど、流石にこうも体格が大きい男があっさりと泡を吹いて倒れるというシチュエーションは、未だに信じられないものだ。


「全く……毎日毎日、迎えにくるたびに何かしら絡まれてんな。不良を引き寄せる体質でも持ってんのか、お前?」


 そう言って鉄パイプを肩に担ぐのは、同級生の姫柳睦月さん。入学してからだった一週間でこの地域の番長になった、最強と噂されるヤンキーだ。黒髪なので、ぱっと見はただの美少女である。その物騒な武器を担いでいなければ。


「いや、流石にそんな体質は持ってないハズ……だよな……?」

「そこは頑張って否定しろよ」


 いや、俺だってキッパリと否定したかった。でも、歯切れの悪い返事になったことも、仕方ないといえば仕方のないことなのだ。

 だって、助けに来てくれる姫柳さんだって、ヤンキーなのだから。おまけに番長ときた。ふむ、これはヤンキーを引き寄せる体質を疑わねばなるまいて。


「思い当たる節もちょいちょいあるので……」

「そ、そうか……まあ、頑張れ」


 頑張れ。漢字で表記すればたった三文字程度のこの言葉ほど無責任な言葉はあるだろうか。いや、無い。でも、そんな姫柳さんも毎日助けてくれてるわけだから、完全に他人事として割り切っているわけではないのだろうけど。


「おはようございます、姫柳さん。毎度毎度、助けてくださってありがとうございます」

「おう、おはよう。毎度毎度、別に構わねえって言ってんだろ。私が好きでやってんだから」


 俺はふんわり笑顔を心がけて、姫柳さんは少しそっぽを向きながら、毎度毎度同じようなやり取りをする。

 出会ってから1ヶ月がたった今、大分この少女についてわかるようになった俺は、このそっぽを向くという仕草は照れ隠しだということを知っている。


「はい、いつものです」

「サンキュ」


 学生服に付いた汚れを払い、襟を正した俺は、金髪にカツアゲされる前に買っておいたパックジュースを姫柳さんに渡した。レタリングされたイチゴオレのピンク色の文字がデカデカと印字されている、まあごく普通のイチゴオレだ。

 通学路の片隅にあるこの自動販売機に寄るのも、このイチゴオレと自分が飲む分のジュースを買うためなのだ。


「甘いもの好きですよねー」

「まあな。糖分はいいエネルギーだからな。こうやって、喧嘩してきた後は甘い物に限る」

「ここに来るまでに喧嘩してきたんだ……」

「つかお前、私が金払わなくてもいいのか? ほぼ毎日奢ってくれるけど、金もう無いんじゃねえの?」

「何言ってるんですか。これは日頃のお礼ですよ。姫柳さんがいなかったら、俺はもっとカツアゲされて、今よりも出費が酷いはずですからね。パシリでも何でもしますよ」

「んっ……そ、そうか。な、ならいいんだ」


 なんだか姫柳さんの顔が赤い気がする。熱でもあるのだろうか。

 ちょっと心配になったので、失礼しますと言ってお互いの額に手を当ててみた。


「ふああああっ!? ちょっ、如月!?」


 すると先程よりも顔の赤さが増したのだが、自分の額と感じた熱の差はあまり無かった。熱ではないようだ。しかし、姫柳さんの反応を見るに、様子がおかしいのは確かなのだけど。


「大丈夫ですか? どこか具合でも……」

「だ、だだだ大丈夫だ! 大丈夫だから手を離してくれ、近い近い近い!」


 しまった。少々踏み込み過ぎたらしい。俺はすぐに手を引っ込めた。


「はあ、はあ、はあ……心配してくれるのは嬉しいが、あまりその、ボ、ボディタッチは……」

「す、すみません」


 姫柳さんの息が若干荒くなっているが、本人が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。多分、喧嘩して疲れただけなのだ。


 喧嘩、か。本当に何も知らない人が見れば、この人が番長だなんて思わないだろうな。ウチにあるエロゲーにもこんな感じの黒髪ロングの美少女がいた。というか、顔とヤンキーなことは違えども、口調や性格もそっくりな気がする。後、流石に武器は持ってなかったか。ヤンデレ以外は武器を持たない、平和な学園エロゲーだ。あでも、バッドエンドはあったな。ナイフで刺されたんだっけ。

 もし現実でバッドエンドがあったとしても、この鉄パイプにだけは殺られたくはないなと、素直にそう思った。


 そうだ。姫柳さんが担いでいる鉄パイプについて、俺は言いたいことがあったんだった。


「あの、姫柳さん」

「あん?」

「あのですね、もう一万歩以上譲って武器として使うのはいいとして、せめて喧嘩した後は付着した血糊を拭いてください。怖いです」


 血糊と言っても大した量ではなく、せいぜい殴られた人が唇を切った際に出血したものか、あるいは姫柳さん自身の血が付着した程度だ。しかし、いずれにせよ見ていて気持ちのいいものではない。


「あー、うん。次からそうするわ。今拭くもの持ってきてねんだよな」

「じゃあ俺が拭いときますから、貸してください」

「……悪いな」


 そんな感じのやり取りをしながら学校に登校する。

 それが、俺たちが文字通り衝撃的な出会いを果たしてから一ヶ月がたった、五月の朝の光景だった。


 え、あんなにビビってたのに、どうしてこんなに親しげなのかって? まあ、それはまた今度話すことにしよう。

 一つ言えるのは、ヤンキーだってかわいいところがあるということだ。


「「おはようございます!」」

「おう」

「……あ、しまった」


 番長に挨拶するために整列した不良たちに出迎えられながら、なぜか俺は古文の宿題プリントを家に忘れてきたことに気づいたのだった。

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