プロローグという名の終わり 裏
ヒロインサイド。
「す、すみませんでしたあ!」
雲一つない空の下、目の前で惚れ惚れするほど美しい土下座を決め込む男を見下ろしながら、姫柳睦月は仁王立ちをしていた。
最近この近辺を支配していた先代番長をぶっ飛ばしてからというもの、良くも悪くも有名になったスケ番だ。
喧嘩上等、全戦無敗、相棒はクエイク(鉄パイプ)。
これでも昔は良い子だったと聞いているが……正直私自身、自覚は無い。中学2年ぐらいから既に私は不良だったからだ。
大抵のことは暴力で解決してきた。賛否両論、もしかしたら否論しかないかもしれないが、昔っから力は強かったので、自分にはこれがあっていたのだ。
こっちから喧嘩をふっかけることは滅多に無いが、売られた喧嘩は必ず買う。私はそういうスタンスでいる。
しかし、今さっき起こったこの事故は、果たして喧嘩を売られたと言っても良いものか悩みどころだった。
中坊を数人殺り、その後学校へ行こうと通学路を進んでいたときだった。
突然、十字路から男が飛び出してきて、そのままぶつかったのだ。
顔が汚れたのは事実であるし、突き飛ばされたのもイラッときた。
しかし、これは事故であり、故意的なものではないであろうことはわかっているし、何よりもその後の対応が優しかったから、あまり怒ろうにも怒ることはできなかった。
特に顔を拭いてくれたときは中々心地良かった。うん。
そんな優しさというものに触れることがなかったからか、私は彼を気に入った。
「お前、名前は?」
「は、はいっ! い、いい1年3組10番、如月翔と申します!」
そう答えた如月の声は震えており、身体はもっと小刻みに震えていた。少し、チワワという動物と重なってしまい、吹き出しそうになった。
ただ名前を聞いただけでここまで怯えられると、少々複雑な気持ちになってしまうが、まあ優男がヤンキー相手に話すときは仕方がないかもしれない。
ふむ、3組か。私は4組だから隣のクラスだな。
「そうか。じゃあ、如月。それで許してやってもいいが、条件をつけさせてもらう」
「か、斯くなる上は。ゆ、指の一、二本の犠牲はかか覚悟の上です。ですからどうか、命だけは……!」
「……何を想像してんのかは知らんが、条件を呑むってこったな?」
「は、はいぃ! よ、よろこんで!」
うむ。妙に謙っているのが気になるが、素直なのは良いことだ。あまり反抗的だと、ついつい殴ってしまう。
そして私は如月の襟首を掴み、そのまま引きずりながら登校した。
「お、おいあれ……」
「ば、番長だ……」
「なんか引きずってんぞ。殺られたのか……?」
「うっわかわいそ〜」
周りから珍百景を見るような目で見られたが、しかしあながち珍百景でも間違ってないのだが、それでも鬱陶しいものは鬱陶しい。
「何ジロジロ見てんだ。見せモンじゃねぇぞ」
「……!」
怒気を含んだ声色でそう言っただけで、辺りは静まり返った。こういうのを洒落た言い回しだと、水を打ったよう、だったか。
「お、おはようございます!」
「おう」
道すがら、不良たちが挨拶してくるが、正直興味がないので素っ気なく返しておく。大抵は知らない奴ばかりだ。変に媚を売ってくる奴は気に入らない。
「あぁ……あああ」
ふと振り返ってみれば、引きずられている如月が、ムンクの叫びよろしくこの世の終わりのような表情をしていた。まだ怯えているのだろう。
ま、そのうち慣れるよ。としか言えないな。
さて、今日もかったるい授業はサボって、昼寝でもしますかな。
私はクエイクと如月を抱えたまま、昇降口に入った。
春の陽気は、まるで祝福するかのように、私たちを包み込んだ。