始まってもいませんでした
なんかこの世界に来て数日が経ちましたが、なかなか濃ゆい経験をしている様な気がします。
ふふ・・・。それなのに、私の冒険はまだ始まってもいませんけどね。街の外にすら出ていませんよ。
どこの箱入り娘かってんですよ。箱に入ったまま腐りそうです。あばば。
この世界に着いた日の翌日にちょろっとランク上げしましたが、なかなかですよ。ランク上げるのも一苦労です。
「そういや、ソフィアス様の複写って、私達のイメージしたものとか写すのは無理ですかね?」
「相手のイメージを読めば不可能では無いが、私は相手のイメージを読むのが得意ではないから、相手に触れなければいけないのだが・・・こういう風に」
「!!?」
ソフィアス様が私のおでこに自分のおでこをコツン、とくっつけてきました。
「さぁ、リリーシュカ。イメージをするの・・・だ・・・っぐっ!!」
ブッバァァァァァァァァッとソフィアス様の両鼻から血が勢い良く吹き出てきましたっ!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!至近距離でスプラッタァァ!?血がっ服にっ!!」
「ふ、ふまなひ(すまない)!ひひーふかほかほがひかふへ(リリーシュカの顔が近くて)ふい(つい)、ほうふんひへひまふはぼば(興奮してしまったのだ)」
「い、いいから喋んないでください!怖いから!ひぃぃ・・・。えっと、ヒール!」
私はソフィアス様の顔に向かって両手を手をかざし、ヒールと唱えてみました。
一瞬ポゥっと淡く光った後、ソフィアス様の鼻から噴出していたおびただしい鼻血が止まりました。
なんか、よくあるヒールの使い方を見様見真似でやってみましたが大成功ですね。
「ふぅ。大惨事ですよ。手とかじゃ駄目なんですか?ほら」
私はソフィアス様に右手を差し出しました。
まだ赤い顔をしているソフィアス様はおずおずと私の手を取ると、もう片方の手に紙を握り目を閉じました。
私もそれに合わせて、私が設定したキャラを思い浮かべました。
ボヤーッと紙に人影が浮かび上がってきました。
「あっ、この顔です!私がなりたかったのは!!なんだ、手でも大丈夫じゃないですか。って、何で鼻血出したのが写ってるんですか!私そんなのイメージしてないですけど!!」
「すまない。私が鼻血を出すのを我慢していたらそちらに反映されてしまったみたいなのだ」
「もうっ!真面目にやってくださいよ!全く器用なんだかなんなんだか」
私の理想の顔から鼻血とか・・・。軽く殺意がこみ上げましたが、相手はアホとはいえ一国の王子・・・我慢、我慢です。
「まぁ、こんなにくっきり写せるのねっ。じゃぁ次はアタシのをお願い☆」
ジェシーがソフィアス様のおでこにぐいっと自分のおでこをくっつけました。
「うぅ・・・うぷっ」
「ちょっとぉ!失礼じゃないの!!」
先程まで真っ赤だったソフィアス様の顔がみるみる土気色になっていきます。忙しい人ですね。
ソフィアス様のかすかに震えている手に持たれた紙にシルエットが浮かび上がってきました。
20代そこそこの髪の長い色っぽいクールな瞳の美人なお姉さんが写っています。クールビューティーです。ただ、なぜかセピア色になっています。
「うぅ・・・吐き気を我慢していたらそんな色になってしまったのだ・・・なんで手でいけると分かったのにおでこをくっつけてきたのだ~?」
「アタシだって女なんだから美形の顔を至近距離で見てみたいじゃないの」
「しかし、感情や気分とか体調によって左右されるとか中途半端な能力ですねぇ。まぁ、それはさておき、ジェシーの理想の姿のお姉さんも美人さんで、目立つハズだから見かけた人が居ればきっとすぐに見つかりますよね!」
「そうね!ギルドの尋ね人のボードに貼ってもらいましょう♪」
当面の間はパーティークエストでガッツリランク上げしながらギルドで暫く情報収集して、それで見つからなかったら違う街に行ってみましょう。
一方その頃天界では
「聞いたか?アニーのやつ、またヘマしたらしいぜ?」
「あー、知ってる知ってる。魂の転生先をシャッフルしちゃった件だろ。あれは無いよな〜」
「そーそー。今回ばかりはゼウス様もカンカンみたいで、それなりの処分がくだされるみたいだけど」
「アイツ、この仕事についてからロクな事してないもんな」
【天界―ゼウスの間】
真っ白な空間にアンティーク調の大きな椅子に身体の大きな立派な髭をたくわえた厳格そうな尊老が鎮座していた。
「アンネロイよ。此度のお前の失態でもう何度目の呼び出しになるかの?」
「え〜っと、ひぃ、ふぅ、みぃ」
「馬鹿者!!1から数えとったら日が暮れるわ」
「あ、あれ?そうでした〜?」
「全く。失敗をしても全くへこたれないのがお前の長所でもあるが、お前は反省をしなさすぎる。天界に寄せられる苦情の多さ。殆どお前がやらかした事ではないか」
「でもでもぉ〜!私だってちゃんとミスしたら真摯にクレーム対応してますよ〜!」
「だからそれ以前にミスをするなと言っておろうが!まだ、魂の行き先を決めるアトラクション間違いならともかく、今回は魂の転移先の器を間違えるとは言語道断。最早お前に安心して任せられる仕事など無い。よって堕天を命じる」
「えぇ〜?だ、堕天ですか!?」
「ちょうど良い器が出来たのでな。ほれ、これじゃ」
「え〜!これは〜!?」
「ここで、精神修行をやり直して来るのじゃ。ではの」
アンネロイの背中に生えた白い羽根がハラハラと抜け落ち、下を見れば足元の床が黒く歪んでいる。そしてズブズブとその歪んだ床に飲み込まれていく。
「ま、まって、待ってください〜〜!!あ〜〜〜〜〜っ!!」
アンネロイが堕天し、静まり返るゼウスの間。ゼウスは一人、大きなため息をついた。
今回もお読み頂きありがとうございました。