第6話 姫様達は温泉に浸かる 「遊牧のお祭り?」
「おっ風呂っ。おっ風呂っ。」
「お嬢様方、お湯に入る前に体を洗ってくださいねー。」
「はーい。」
久しぶりの朝霜荘の温泉で楽しそうなユメミ。そして、声をかけるアニエス。
私たちが今いるのは朝霧荘の従業員用の露天風呂。
従業員用と言っても宿泊客用の風呂と遜色無い作りとなっており、10人くらいなら同時に入れる大きさだ。
私たちは午後の野外実習の後、いったん分かれて、再び夜に朝霧荘で合流した。
そして、夕食を済ませた後で温泉に入ろうと服を脱いでいる。
朝霜荘の温泉では、屋外に設置されてある露天風呂に入る前に、屋内で体を洗うことになっている。
「レティ、この水って何かの魔法?」
ユメミは魔法水を体に塗りながら私に聞いてくる。
「私も詳しくは知らないんだけど、水の魔法で作ってるみたいね。汚れや油を取る効果があるらしいわ。」
「正確には水に溶かすですね。作り方は秘密なんですけど、水と油を魔法で混ぜてるんですよ。治癒の魔法もかかっていますね。」
私の回答に、アニエスが追加してくれた。
魔法水を瓶から手に垂らし、体に塗り込んでいく。そして、最後にお湯で流したら体はすっきりとつるつるになる。
隣を見ると、コロナが魔法水の匂いを嗅いでいた。どうやって作るっているか興味があるみたい。
コロナのとこでもこれを作ろうとか思っているのかな。
「コロナ、詳しく知りたいんだったら、お母さまに聞いてみようか?」
「いえいえ、さすがにシルヴィ様にお伺いするのはルール違反です。」
何かしらのルールがコロナの中にはあるようだ。
コロナと話しながら外のお風呂への戸を開けると、空はオレンジ色から深い闇へと移り変わろうとしていた。闇の中に白い湯気が立ち込める。この露天風呂は周囲の三方が木の壁に囲われているが、一方は視界が開けており、川と森が見える。ところどころに光の魔結晶を使用した灯りを設置しているので、夜でも露天風呂に入ることができるという凄い技術らしい。侵入者なんかを探知する魔法も万全で安心だ。
一通りの設計は温泉大好きのお父様がしたんだって。お母さまやフェリス様も一緒に。
ユメミはというと、後ろでアニエスに魔法水を塗られていた。
あれはユメミがお願いしたというより、アニエスに色々と遊ばれているみたい。
うん、先に温泉に入っておこう。
「レティちゃん。今度、遊牧のお祭りに行きませんか?」
朝霧荘の温泉に浸かりながら、コロナがそう切り出した。
「遊牧のお祭り?」
「そうなんです。今の季節になると、遊牧で生活されてる方たちがオルシエールの近くに集まっておられるみたいで、今年の成長を祈念したお祭りがあるみたいなんですよ。」
遊牧ってあれよね。
ヤギやヒツジとかと一緒に、移動しながら生活している人たち。
「私の家の商会が遊牧の皆さんのお手伝いをさせて貰っているのですけど、次のお取引の日がそのお祭りの日と重なっているみたいでして、レティちゃんやユメミちゃんも一緒に行けたら楽しくなりそうです。」
「そのお祭りっていつ頃あるの?」
「次の魔法院がお休みの日ですから、大丈夫ですよ。レティちゃんの調査よりもユメミちゃんが帰るのよりも前です。」
コロナは満面の笑顔でそう言う。
遊牧の人たちがどんな感じの人たちなのか見たこと無いし、お祭りってのも面白そう。
お父様からは2週間勉強するように言われているけど、これも勉強の一つよね。
「遊牧の皆さんの服は素敵ですから、レティちゃんやユメミちゃんに似合いそうです。」
コロナの趣味はいいとして。
「あと、もしかしたら、本当にもしかしたらですけど、このところ野盗さんの被害が起きた近くを通るので…。」
「コロナ。私も行くわ。」
コロナのとこの商会は何より安全、安定を重視している。
だから、どの道が危険なのか、野盗や魔物の状況は王国よりも詳細に把握している。
そして、そのコロナが安全ではない道と言うということは、間違いなく野盗はそのあたりにいる。
コロナもそれを狙っているっぽい。
「コロナー、レティー、何の話―?」
「ユメミちゃん、アニエスさんお帰りなさい。」
二人で遊んでいたユメミとアニエスがようやく温泉に到着した。
洗い場から声は聞こえてたけど。
「いや、お帰りって何よ。」
「ただいまー。やっぱり若い子の肌はすべすべで良いわねー。」
「アニエスも私たちと3つしか変わらないじゃない。」
「3才離れれば、色々と違う物ですよ。ほらコロナお嬢様だってこんなにスベスベお肌。」
「キャッ、ちょっとアニエスさん。」
「おおっ。お嬢様達よりちょっと柔らかい、かな。」
「・・・。」
「レティちゃん、ユメミちゃん見てないで助けてください。ってどこを見てるのですか。アニエスさんも後ろから抱きつかないでください。もう、そんなこと言ってもアニエスさんの方がずっと柔らかいじゃないですか。」
コロナはされっぱなしではなく、反撃に移ったようだ。
取り残された二人。
「ねえ、ユメミ。」
「なによ。」
「いや。あ、そんなことより、コロナから聞いたんだけど、次の休みの日に遊牧の人たちのお祭りがあるらしいわよ。」
「そんなのやってるんだ。そう言えばこの時期はこの近くに集まっているんだっけ。」
「ユメミ、良く知ってるね。」
「そりゃ私も長い距離の移動してますからね。」
ユメミの実家があるレンヌの街はここから南西方向に馬車で3日位の海沿いところにある。
距離で言えば遊牧の人たちと同じくらいの移動しているのかな。そこまででもない?
「ユメミちゃんも一緒に行きませんか?」
戻ってきたコロナも話に参加する。
「レティ、行けるの?」
「これも勉強の一つだから大丈夫よね。遊牧のお祭り。」
勉強というのを強調してアニエスに確認する。
コロナが詳細を説明してくれた。
「さすがに馬車で行くとなったら、シルヴィ様にお伺いしないといけませんが、どうでしょう。暗くなる前には帰ってこれるのですよね。」
「はい。ここから馬車で2時間ほどのところに遊牧の皆さまはいらっしゃいますし、お祭りも昼頃と聞いてますから大丈夫だと思います。」
私たち3人が街の外に遊びに行くのは、割と日常茶飯事だ。ユメミがこの街にいる緑の季節の場合だけど。
最初の頃は、誰かしらの護衛がついてきたこともあったけど、私たち3人より魔法が使えて動ける護衛は少ない。魔法院の人やアニエス達と一緒の時もあるけど、最近は割と諦められてる。
「ニュート商会でしたら護衛の方もいらっしゃるでしょうし。まあお嬢様方が先に動くでしょうが。でも迷子にはならないで下さいね。それに、治癒の魔結晶は必ず身に着けておいてください。ユメミお嬢様もコロナお嬢様もです。」
魔結晶。
魔法結晶とも色結晶ともいわれるそれは魔法を保存するという機能を持つ。
保存できる魔法の容量はそれほど大きくはないが、魔法士がいない状況でも保存された魔法を発動、維持できるという優れものである。原石と呼ばれる透明な魔結晶と各魔法色を示した魔結晶があり、魔結晶の色に対応した魔法が保存できる。
一般的な治癒の魔法は水魔法に属している。水色の魔結晶に水の魔法士が治癒魔法をプログラムとして保存し、発動条件を設定することで治癒の魔結晶が出来上がる。
「アニエスさん達は来られないのですか?」
「私たちは調べ物がありますので、難しいかもしれません。シルヴィ様からご指示があれば別ですが。」
次の魔法院のお休みは4日後だ。
今日もお母さまは王城みたいだから、明日にでも聞いててみよう。
あとがき
(レティ)やっぱり来たわね温泉回。
(ユメミ)まだ、6話目なのに2回目って多すぎないかしら。
(レティ)まあ、温泉にはオルシエールにいるときは毎日入っているのだから仕方ないのかもしれないですけど。
(ユメミ)私も朝霜荘の温泉は好きだからたくさん入りたいですけど。
(コロナ)確かに温泉は恥ずかしかったですけど、新しい展開も始まりましたし、そんなに暗くならなくても。
(レティ、ユメミ)・・・。(大して差はないわよね。)
(コロナ)あの、レティちゃん、ユメミちゃん?