第3話 姫様は人気者 「まうぷ。」
次の日は、昨日登った丘にもう一度登り、オルシエールの場所を確認する。
丘の上では、途中で採った木の実と山菜、そしてアニエスが捕まえてきた野兎を煮込んでスープを作って、朝食を頂いた。残ったウサギの肉は水分を抜きながら一度凍らせて、保存食とする。
「あれ、アニエス、そっちに行くの?」
アニエスはオルシエールの方向とは違う方向に行こうとする。
「お嬢様、まずは街道に出ます。まさかお嬢様はオルシエールまで森の中を行くつもりなのですか?」
「それはそうよね。それじゃ、早く行きましょう。」
「あんまり急ぐと転びますよ。」
オルシエールの街には日が一番高くなる頃に着くことができた。
やっぱり、街道に出るとあとは早い。
「姫様、お帰りなさい。」
オルシエールの街まで戻ると、道で果物を売っているおばさんが声をかけてくれた。あの人は良く果物を分けてくれる。
途中で運河にかけられた橋を何個か渡り、ルタニア王城の方へ行く。途中の橋では、警備の人が私達を見つけて、急いでどこかに知らせを出しているようであった。お母さまのところかな。
「相変わらず、人気者ですね。」
「いろいろなところで人助けをしている姫様ですから。」
「空回りと暴走が多いですけどね。」
「うるさいわね。」
そう、私はルタニア王家の血を引いている。
今のドミニク・ド・ルタニア国王は私の祖父にあたり、母親のシルヴィ・ド・ルタニアが王女となる。そして、私の名前はレティシア・ド・ルタニアだ。
ここ、オルシエールの街はルタニア王国の首都であり、街の中を幾つもの水路が巡っているのが特徴だ。この水路は船での移動にも使われるし、雪の季節では降り積もった雪を運ぶ役割も担う。
王城の門の前まで来ると、お母さまがすでに待ち構えていた。私を見つけると走ってくる。
お母さまは私と同じく、薄水色の銀髪に青い瞳をしていて、氷と水の魔法士だ。運動音痴だが、魔法技術は私よりずっと上だ。
「もう、レティはまた無茶をして、アントレーグからレティが魔獣を追い払ってくれて、そのまま追いかけて行ったっていう連絡が来たわよ。みんな心配していたんだから。」
「ちょっとお母様、街の人もいるんだから離してって。」
抱きしめ癖のある母の手から抜け出す。
「シルヴィ様。遅くなり申し訳ありません。ですが、今回は魔獣の巣や新種の魔獣も発見でき、お嬢様の無茶のおかげです。」
無茶って言うな。
「ありがとう。アニエス。ルシール。けがは無かった?」
「はい、大丈夫です。魔獣もほとんどお嬢様が倒されましたので。」
「それよりもお母様。ご報告がありますので、ドミニク様はいらっしゃいますか?」
「そうそう、お父様も心配されていたわよ。今なら昼だし大丈夫じゃないかな。」
王城に入り、国王の執務室へ向かうと、昼食を食べ終えられていたおじい様、いやドミニク国王陛下はお茶を飲みながら書類を読んでおられた。
「お父様、レティが戻りましたよ。」
お母さまが国王に告げる。
本来なら王子や姫でも、しきたりに沿って丁寧に挨拶するものだが、この母はそういうのを気にしない。母の兄上様、つまりはこの国の王子様方は丁寧でかっこ良いんだけどね。
「遅くなり申し訳ありません。レティシア・ド・ルタニアただいま戻りま、うぷ。」
「レティ。心配していたぞ。」
母親の抱き癖は祖父からのものだ。
「まうぷ。」
アニエスうるさい。
少ししてから、私を開放して机の椅子に座りなおす国王陛下。
「それで、少しは聞いているが、教会と魔獣はどうだった?」
「はい。まずは魔獣のことですが、今回の旅の途中で立ち寄りましたアントレーグにて、魔獣と遭遇いたしました。アントレーグから魔獣を追い払い、その後を追いましたところ彼らの巣穴を発見し、討伐しております。ただし、その巣穴の奥に潜んでいた一匹は大きなヘビの姿をしており、非常に強力な魔獣でした。そしてその巣穴にはいくつかの魔結晶が残されておりました。」
「こちらでございます。」
アニエスが魔結晶を取り出し、見せる。
「ヘビの形の魔獣か。空を飛ぶ魔獣や魚のように泳ぐ魔獣は聞いたことがあるが。」
「私も初めてです。」
陛下と母も聞いたことがないらしい。
そして、国王はアニエスから魔結晶を受け取る。
「おお、これは大きいの。こんなものが近くにあったとは。」
「はい、さすがにこの大きさのものは王国での管理が望ましいかと思われます。」
アニエスがそう言う。売ろうとかしていたくせに。
「次に教会でございますが、ロンサーヌ様よりお告げのお話を伺いました。そのお告げとは、東で欠片が一箇所に集まりつつある、との内容でして、ロンサーヌ様もその意味が分からないと仰っていらっしゃいました。そして国王陛下宛てにこの書状を預かっております。」
陛下に手紙を渡す。
陛下は封を開けて手紙を確認する。
そして神妙に一言。
「レティ。わしのことはじいちゃんで構わぬと言っているだろう。」
この人は。
後ろではアニエスが下を向いて笑っている。ルシールも隠せていない。
「それではおじい様、ロンサーヌ様がおっしゃる東にはアレスの山の古代遺跡とモデーヌの街があります。欠片が何を指すのかは分かりませんが、その二つには実際に様子を見に行きたいと思います。」
「ふむ。」
「それなら私も行くわ。」
お母様が手を上げる。
お母様が一緒に来てくれるのはうれしいけど、お母様はちょっと運動音痴だ。
魔法技術だけなら私より数段上なんだけどね。でも、今回は何かを退治してくるのではないから大丈夫だと思う。
「おまえは駄目だ。大体、新しい湯治場の件はどうするつもりだ。水路の補修もあるだろう。」
お母様は仕事で忙しいようだ。
「アニエスとルシールが一緒なので大丈夫です。」
一応二人の顔を見ると、当然とばかりに頷く。
「二人はどう思う。」
「レティシア様のことは私たちがお守りいたします。暴飲、暴食もさせません。」
頼もしいけど、一言多い。
「分かった。ただし今すぐという訳にはいかん。2週間の間、道のりと魔法の技術を勉強して、魔法院に認められてからだ。」
古代都市まで歩いて五日間といったところだろうか、モデーヌまではさらに数日はかかるだろう。
「レティ。盗賊や魔獣を倒すなとは言わないが、目的を忘れないようにな。途中で何か異変を感じたら、すぐに戻ってくるのだぞ。」
もちろんです。
「それでは失礼します。」
「うむ2週間の間、よく勉強するように。あと、わしに顔を見せに来るように。」
出発を遅くした理由は孫離れしたくないのが理由じゃないだろうな。
お母さまはおじい様へ声をかけられて、執務室へ残る。まだ他にも話があるようだ。
「お嬢様、今日はどちらへお泊りになるのですか?」
ルシールが聞いてくる。
「そうね。今日は朝霜荘の方へ行くとするわ。ゆっくりとお風呂に入りたいしね。」
「そうですか。それでは行きましょう。あ、その前に荷物を置いてからですね。」
私のベッドがある場所は二つある。一つは王城内の私の部屋。そして二つ目は母が経営管理をしている朝霜荘という温泉宿の一室だ。
朝霜荘はオルシエールの街の端に位置するが、大きな温泉がある。疲れた体を癒すのには一番だ。それにアニエスとルシールも普段はそこで暮らしている。
「ただいま戻りました。」
そういって、朝霜荘の離れに入る。後ろからはアニエスとルシールも。この離れの1階に二人の部屋、2階に私の部屋がある。
「あっ。レティお帰り。」
「フェリシアさん、ただいま戻りました。」
「聞いたよ。今度、古代遺跡へ行くんだって?」
おじい様にした話をフェリスさんにもする。
フェリスさんはこの朝霜荘の設立に大きな役割をされた方で、私にとっても血は繋がっていないがお母さんの一人のような存在だ。
「私も一緒に行きたいんだけど、新しい店のことがあるしな。」
行けないのは母さまと同じ理由らしい。
「ステフ兄さんは?」
「ステフは新しい店の準備でそっちに泊まっているよ。当分帰ってこないだろうね。」
ステフ兄さんは私より2歳年上で、フェリスさんとの息子さんだ。ステフ兄さんも、ここオルシエールと南の方にあるプラシェンヌ王国とを行ったり来たりしている。
最近は温泉宿を他の街に作るとかで、出かけていることも多い。
「あと、ルシール。シルヴィが今日は王城に泊まるって言っていたから、お風呂をお願い。」
「はい、分かりました。」
「疲れているのに悪いね。」
「いえいえ、このくらい大丈夫です。」
ルシールは温泉へ向かう。
ここの温泉は天然温泉であるという事だけではなく、水の魔法が掛かっている。殺菌、消毒をすると同時に癒しの効果を水に与えているそうだ。中身はあまり知らないが。特別に開発された魔法らしい。
ちなみにこの魔法はアニエスよりルシールの方が上手だ。お母さまはもっと上手いけど。
「レティはいつ出発するの?」
「おじい様からは2週間は勉強しろと言われましたね。」
「2週間か。それだけあればなんとかなるかな。それじゃ、出発前にちょっとしたものを作ってあげるよ。」
「ちょっとしたものですか?」
「そう。楽しみにしておいてね。」
また何か企んでいるようだった。
フェリスさんはもともと鍛冶が専門で、鍛冶場をこの宿のそばに持っている。何か作ってくれるのだろう。
あとがき
(レティ)新しい人たちが続々と登場って感じね。
(ユメミ)国王陛下にシルヴィ様、フェリスさんとステフさんね。レティの身内ばかりじゃない。
(レティ)それは、家族のいる街に戻ったんだから、まず挨拶しないと。
(ユメミ)私たちも街にいるのに。
(レティ)前振りはあったからもう少しでしょ。ってコロナどうしたの?
(コロナ)私はアデル様を出して頂きたいです。
(レティ)あー、コロナはアデル兄さま派だったわね。出番あるのかしら。