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橋に向かう途中で、角の生えた兎に似た魔物に襲われた。額から生えた角は、鋭く尖っている。動きも俊敏で、それが三匹もいる。それを、あっさりと倒す。勿論、ルビーがだ。
※一角兎※
草原等で良く見られる魔物。保有魔力が少ない為、食用に向く。
「干し肉も減って来てるし、今日は、これを食べようか」
幾らでも入る『異次元収納』など、持っているわけでは無い。携帯食の節約の為にも、狩った獲物は有効活用するべきだ。
橋の側まで辿り着くと、背嚢を下ろし、一角兎を川に沈め、血抜きを始める。周りを見回してみると、この辺りは旅の夜営地に使われている様で、あちこちに焚き火の跡が有る。ユウタも火を起こし、土鍋に湯を沸かし始める。
湯が沸き、お茶を入れ一息吐く。体力回復薬と同じ薬草を使っているので、疲れた身体に心地好い。
「さて、そろそろ良いかな」
川岸に向かい、一角兎を捌き始める。いい加減、小刀か包丁が欲しい所だ。テミルダから貰ったマチェットは、切れ味が良いし刃零れも無いのだが、獲物を捌くには大きすぎる。毛皮も素材になるのだろうが、お陰様で、ズタボロで使い物にならないだろう。
『マスター、誰か近付いて来ます』
『ん?、判った。警戒だけしといて』
一角兎に悪戦苦闘していると、ルビーが警告してきた。ユウタは、解体の手を止めて立ち上がると、ルビーに答えながら、後ろを振り向いた。
少し離れた場所に、一人の女性が立っていた。その後ろ、さらに離れた街道上には、彼女の仲間だろうか、三人程人影が見える。
「突然、申し訳ない。不躾だが、お願いを聞いて貰えないだろうか?」
女性は、敵意が無い事を示す為だろうか、両手のひらを肩口迄上げていた。ユウタもマチェットを鞘に納め、傍らに置いた。ルビーも居るし、多少の事は対処してくれるだろう。
「はい、なんでしょう?僕に出来る事は、そんなに無いですよ?」
「いや、恥ずかしい話なんだが、食料が尽きてしまってね。出来たら、その肉を少し売って貰えないだろうか?」
森で夜営中に魔物に襲われたのだ、と言う。なんとか撃退は出来たのだが、食料を含めた荷物は壊滅。探索を諦めて町に戻るのだと、自嘲気味に女性は笑う。
「とんだ赤字だよ」
良く見なくても、装備は随分とぼろぼろだ。後ろの三人の中には、怪我をしている者も居る様だ。
「あ~、丁度獲物を狩りすぎて、困ってた所だったんですよ。良かったら、一緒に食べませんか?」
多少の危険は有るだろうが、ルビーも居るし大丈夫だろう。何より、困っている人を見捨てる事は、ユウタには出来なかった。
「すまない、助かる」
ユウタに深く頭を下げ、女性は仲間の元に走って行った。
「私はサラ。改めて礼を言うよ。ありがとう」
「私ミリィ。ありがとね~」
「本当にありがとうございます。私はアマンダです」
「私は、エリザベスと言う。感謝する」
ユウタが振る舞ったお茶を飲みながら、四人がそれぞれ口にする。
「僕はユウタと言います。それよりエリザベスさん、怪我を見せて貰って良いですか?僕の持ってる薬が、使えるかも知れません」
ユウタがそう言うと、四人は困った様に顔を見合わせた。
「食事も分けて貰って、その上薬までとなると、私らには対価が払えないよ・・・・」
「いやぁ、肉は無駄にしなくて済んで良かったですし?薬は自家製で無料みたいなものだし。それに・・・・」
綺麗な女の人に、足とはいえ傷が残るのは、どうしたものか。なんなら、治療と言えども、綺麗な足に触れると言う事は、思春期男子としてはご褒美なんじゃ無かろうか?いや、確実にご褒美だ!ついでに、頬にチュっとでもしてくれたら最高ではないか!それから・・・・
『ご主人様。声に出てます』
ハッと顔を上げると、女性四人は真っ赤な顔で目を伏せていた。
怒涛の勢いで謝り倒し、対価を払えないと渋る女性陣を説き伏せ、ユウタは今、エリザベスの治療をしている。
「それでぇ、ユウタちゃんはぁ、エリィにぃ、チュってぇ、されたいんだ?」
「いやもう、本当に勘弁して下さい、ミリィさん・・・・。エリザベスさんも本当にすみません」
「エリィ・・・・」
呟いたエリザベスの声に、思わずユウタが顔を上げると、エリザベスと目が合ってしまう。
「エリィ、そう呼んでくれ。親しい者は、皆そう呼ぶ」
ほんのりと上気した、エリザベスの整った顔に、思わず見惚れてしまう。
「分かりました・・・・、エリィさん」
照れ隠しに、急いで包帯を巻きながら、ユウタは何とか答える。
「あれあれぇ?なんか、いい雰囲気じゃなぁい?ラブラブ?ラブラ痛っ!!」
「ミリィ、いい加減にしなさい。ユウタ君もすまないね」
しつこく揶揄ってくるミリィに、拳骨をくれながら、サラが話しかける。
「しかし、本当に良いのかい?治療の対価を払わなくても」
「ええ、問題ありません。薬は自家製ですし、町まで護衛して貰えるなら、それで十分ですよ」
対価を理由に治療を辞退するエリザベス、エリィに、ユウタは町までの護衛を持ち掛けたのだった。ルビーがいるとは言え、戦闘に不慣れなユウタには、町までの護衛を引き受けて貰えるのは有り難い。
「それにしても、その包帯。スパイダーシルクだろう?そんな高価な物まで、使って貰っては・・・・」
勿論ユウタは、ルビーに作って貰っているので、高価だろうが関係無い。
「この包帯は、相棒が作ってくれているので、お金掛かって無いんですよ」
「相棒?ユウタ君一人だと思ってたんだが、何処にいるんだい?」
不思議そうに見つめてくる女性陣を見やり、ユウタは、この人達なら大丈夫かと決心する。
「ルビー、出ておいで。皆さんに、ご挨拶だよ」
ユウタが声を掛けると、ルビーがユウタの頭の上に乗り、両前足をワキャワキャさせた。ルビー流の挨拶なのだろう。
「森林・・・・蜘蛛・・・・?」
「ええ。何か、懐かれちゃて。名前を付けたら、従魔になってくれたみたいです」
「へぇ。親和性が高かったって、事なのかな?」
「違いますよ、サラ。ルビーさんは、ユウタさんが大好きなんですよ。ね、ルビーさん?」
優しく微笑むアマンダの言葉に、正解とばかりに、ルビーがワキャワキャする。
「いやぁ、ルビーちゃん、可愛い!」
触ろうとしたミリィの手を避けるように、ルビーは頭から肩へと移動する。
「駄目ですよ、ミリィ。急に手を出したら、ルビーさんが驚きます」
アマンダに諭されたミリィは、膨れっ面だ。
「ユウタ。ルビーに触っても良いだろうか?」
『ルビー。エリィさんに、触らせて上げても良い?』
『はい、マスター。この方なら、大丈夫です』
ルビーに念話で確認してから、エリィに、大丈夫ですと答える。エリィは、ルビーを優しく撫でながら語り掛ける。
「ルビー、ありがとう。君の包帯のお陰で、傷も早く治りそうだ」
ルビーは、暫く大人しく撫でられていたが、ひょいと、エリィの膝の上に飛び降り踞る。エリィは、一瞬驚いた顔をしたが、嬉しそうに微笑むと、再びルビーを撫で始める。
「あー、エリィばっかり狡い!」
騒ぐミリィを、アマンダとサラが抑えている。そんな彼女達を眺めながら、良い人達で良かったと、ユウタは嬉しく思う。
其にしても、この世界の人達は、蜘蛛って嫌じゃ無いのだろうか。ふと、そんな事を考える。異世界の謎が、深まるばかりの夜だった。