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喉に食らい付こうとする魔物の口に、竹筒を押し込む。意に介さぬとばかりに、魔物が竹筒を噛み砕いた瞬間、魔物が硬直する。
※小妖鬼※
メッセチーナに広く分布する魔物。武器道具を使う。知能は低い
状態・麻痺
麻痺した魔物を見下ろす。未だ敵意の籠った眼で、此方を睨み付けて来るが、四肢は痙攣して動けない様だ。
一瞬だけ、眉間に皺を寄せてマチェットを降り下ろした。相棒は?と見やると、丁度三体のゴブリンを倒し終わった様だ。
『マスタ、大丈ブ?』
大きく肩で息をしているユウタを、気遣う様に、ルビーが聞いてくる。
「ははは・・・、まだ全然慣れないや・・・。でも、大丈夫。」
洞窟を出て、三日も過ぎた頃から、魔物が襲って来る様になった。十日程過ぎた今では、一日に三度は襲われている。
生きる為、死なない為に戦う。分かってはいるが、未だに慣れない。人型の魔物を、殺す事にも忌避感が有る。それでも、慣れなければいけないんだと、唇を引き結ぶ。
「さぁ、魔石取っちゃおうか」
魔物には、魔力を蓄える『魔石』と呼ばれる器官がある様だ。魔道具等の素材らしい為、魔物を倒したら、採取している。
『マスタ、良イ?』
ルビーが、足をつつきながら聞いてくる。
「うん。ルビーが倒した奴は、食べちゃって良いよ」
最初の頃は、ルビーが魔石を持って来てくれたのだが、ある時、魔石を食べたいと言う、ルビーの『おねだり』にやられた。それ以降、魔物を倒した時は、魔石を食べさせている。
『魔石、力。マスター、守ル』
「そっか~、今でも十分守って貰ってるけどね~。ルビーは、良い子だねぇ」
襲って来る魔物の殆どを、ルビーが倒している。一頻りルビーを撫でまわすと、下ろしていた背嚢を背負う。もう少し歩いたら、今日の夜営地を探さないといけない。出来たら、薬の素材も見付けたいな。そんな事を考えながら、ユウタは、ルビーと歩き出すのだった。
夕食を取り、道中で見付けた薬草で、薬を調合する。ドーダ草とヨツモギ草を磨り潰し、水を加えて、温めながら練り上げていく。丁度良い頃合いで、鑑定してみる。
※傷薬※
若干の抗炎症効果、殺菌作用が有り、患部の自然治癒力を高める。
この傷薬に魔力を込めると、治癒薬に成るのだが、今は止めておく。出来の良すぎる物は、要らないトラブルを生む、と、以前読んだ小説に書いてあった。
「元の世界の知識って言うのも、なかなかにチートだよね」
乾燥させた薬草から作ったお茶を、一口飲み込み、息を着く。お金に代えられそうな薬は、作れるだけ作ったほうが良いだろう。ルビーのお陰で、食べる事には事欠かないが、何しろ無一文なのである。
※治癒薬(極)※
身体の損傷、欠損を、魂が記憶している状態まで治す。
腰鞄から竹筒を取り出し、鑑定してみる。
「これ、絶対トラブルの元、だよなぁ・・・・」
魔力を限界まで込めたこの薬は、古傷以外の部位欠損も治して仕舞うらしい。此が、どれくらい不味い事に為るのかは、流石にユウタにも分かっている。竹筒に、何本か取り、もったいないが、残りは捨てた。
「余程の事が無いなら、此方で十分だし」
※治癒薬(普)※
身体の損傷を治す。
一度魔物に傷付けられた時に、使ってみたら、一瞬で治ったので、この薬も普通では無いかも知れない。
「傷薬は、『あっち』と変わらないんだけどねぇ」
最も、三日で治ってしまうので、元の世界の常識では通用しない。良くも悪くも、此処が異世界なのだと、改めて思う。
お茶を飲み干し、ルビーに魔石を幾つか与え、ローブに包まる。
「明日も、いっぱい歩かなきゃね、お休み、ルビー」
そう言って、ユウタは意識を薄れさせていく。どこかで、何かが割れる音がした気がする・・・・。
『マスター、起きて下さい、マスター』
ルビーに起こされて、目を覚ます。早朝の森は薄暗く、肌寒い。もう少し寝ていたいけど、出発の準備をしなければいけない。
「ん~、お早うルビー・・・・。大きくなったねぇ?」
目の前には、馬程の大きさになった、ルビーが居た。
『お早うございます、マスター。昨夜、また進化しました。頂いた魔石と、マスターの魔力で、進化が早まった様です』
「そうかぁ、ちょっと鑑定ても良いかな?」
了承を貰い、ルビーを鑑定してみる。
※ルビー※
種族・デミアラクネー(ユウタの従魔)
タランテリアの上位種。毒を持ち、糸を吐く。糸は丈夫で、織物等の素材になる。人族程度の知能を持つ。
技能・吐毒。粘糸。鋼糸。機織り。手芸。縮小化。念話。
「念話かぁ、離れていても、会話が出来るのか」
テミルダの加護の知識で、技能を確認していく。今までも、声で会話していた訳では無いが、よりはっきりと、また、距離が離れても、会話出来る様だ。
「縮小化って、どれくらい小さく成れるの?」
『分かりませんが、やってみます』
ルビーが、そう答えると、淡く輝いた。光が治まると、其処には、手のひらに乗るくらいの蜘蛛が居た。
「ずいぶん可愛らしくなったねぇ。でも、此で一緒に町に入れるね」
問題が一つ解決したと、安堵しながら、朝食の支度を始めるのだった。
『マスター、私、自分で歩いた方が良くないですか?』
「ん~?、せっかく可愛くなったんだし、其処にいなよ」
川沿いを歩くユウタの肩に、小さくなったルビーが掴まっている。ルビーは、自分が従魔で有るからと、元の大きさで歩くと、ユウタに告げるのだが、ユウタは、小さいままで良いと言う。
『私は、従魔です。このままでは、お役に立てません!』
「魔物の気配とか、探って貰ってるじゃん。十分役に立ってるよ」
『マスターは、私に甘過ぎです!』
両前足を振り上げ、主人が従魔を甘やかす事に、異議を唱えるルビーを、指先でからかいながら歩いていると、目の前が開けた。どうやら、森を抜けたらしい。遠くに、川に架かる橋の様な物も見える。街道も近い様だ。
「今日は、あの橋の辺りで夜営しようか。行こう、ルビー」
『ですから、私をマスターが乗せるのでは無く!マスターを!私が乗せる・・・・!』
ユウタは笑いながら、ルビーを擽り歩き出す。
『聞いてるんですか!マスター!・・・・』
肩の上では、どこか幸せそうに、ルビーが怒っていた。
ようやく森を抜けました。
ユウタが甘やかしなのも、ルビーさんが可愛らしいのがいけないのです。
多分この先も、がっつりした戦闘シーンは無いです。