考えてみたら家無しでした
『ごめんね、ごめんね、ごめんね』
イオリの声が聞こえた気がした。
「良いよ、もう良いから、早く家に戻りな…」
『やだ…やだよ』
「イオリ…、ここに居ると危ないよ…」
『やだよ!』
「イオリ…、ここは…あぶ…な…」
『やだ!ハルトと一緒が良い!一緒に行こうよ!』
…
………
……………
「あれ?ここどこだっけ?…っつー、頭が痛い」
「あ!イオリ!やっと起きたニャ!遅いニャ!」
…イオリ?それは…三毛猫の…、…あ!
目の前に居たのはオレンジ色の髪の毛に三角の猫耳が生えた女の子、猫族のアンズ。
そうだ、今はイオリの名前を借りていた。
ぼやけた頭と視界がクリアになると空はすっかり明らんでいた。
あれだけ騒がしかった猫たちは居なくなっており目の前のアンズしかいない。
「ほら、約束通り私も最後まで居たニャ。もう良いニャ?」
「もう少しだけ、もう少しだけ待って」
「ううー…」
アンズの抗議の目に罪悪感を感じつつも僕は今の状況を整理する必要があった。
改めて謎の城跡を調べる、猫だけが来れる謎の城跡。
崩壊しており、もう城とは呼べない外壁の外周をクルリと見て廻る。
石造りの外壁に一つ、大きな絵を見付ける事が出来た。
大きな黒い猫人でお腹が白い落書きの様な絵。
「それは初代猫の王、ケット・シーだニャ」
「これが…」
「まぁ、誰が描いたか分からないけどニャ」
「へー、もうちょっと調べたいな…」
「だめニャ、ここへの道が閉じる前に帰るニャ」
「え?ここって時間制限あるの?」
「よく分からないけど、大集会の必要がある日じゃないと来れないニャ」
「ここに残ってたらどうなるの?」
「さぁ…、でも私が前にここに来たのは10年くらい前ニャよ?」
「よし、速やかに退散しよう」
こんな城の残骸の中10年も生きていられる訳が無い。
アンズの言う通り早く帰った方が良さそうだ。
…帰る?…どこへ?…一番大事な事を失念していた。
「そうニャ、やっとその気になってくれたニャ?もう帰るニャよ」
足早に立ち去ろうとするアンズ。僕はそのアンズの肩を素早く掴む。
アンズは嫌そうに僕に振り向いた。
その顔はまだ何かあるのか?と、そう訴えてくる。
「アンズ、僕には家が無い」
「猫族なのにかニャ?」
「泊めてください、…というか住まわせてください」
「ニャ!?王様とはいえ歳の近い異性ニャよ!?」
「うん、分かってるけど、…お願いします!」
「いや…??あれ?…またニャ、強く言われるとなんか断れな…」
「お願いします!ほんと困ってるんです!」
「あー!もう!分かったニャ!」
「良かったぁ…、早々にのたれ死ぬかと思った」
「ううー、ほんとなら絶対断るのにぃ…、ニャんで…、は!もしかして猫への強制命令!?いや、あれは猫族には効果無いはずニャ…」
「何それ?」
「王様の持つ命令権ニャ、猫は基本的に言うこと聞かないから強制力が働くんだニャ。猫に近ければ近いほど強制力が強いニャよ。でも猫族は人間に近いから強制力が働くなんて事聞いたこと無かったニャ…」
僕が元人間である事が関係しているのか?
自分が不利になるのに教えてくれたのも強制力が働いたのだろうか。
ではお願いでは無く命令として指示を出したら更に強く働くのか?
そうなると少し確認してみたくなる。
「…ちょっと確認。アンズ、僕のほっぺにキスしろ」
確認するからにはやらなそうな事を言ってみるしかないだろう。
「ニャ!?な、何言ってるニャ!そんなこと…」
言いつつもアンズは僕に近寄ってくる。
そして僕の肩に手を起きそっと……。
「何やってるナァ?イオリ王さまとアンズそういう仲だったナァ?」
そこに突然現れる女の子、白ベースでふわふわとした髪の猫族。
「うわぁ!ソマリ!?アンズ、今の取り消し!確認できたからもう大丈夫」
アンズはハッと我に帰り僕を突き飛ばす。
「もう!何やらせるニャ!流石に怒るニャ!」
「ごめんごめん、ちょっと自分に何が出来るか確認したくて」
「誘拐犯から助けてくれたのこれでチャラニャ!」
「うん、ごめんね。もう命令は出さないから安心して」
お願いはするかもしれないけどね。
「…何やってたナァ?」
不思議そうな顔で見つめてくるソマリ。
「いや、何でも無いよ、ソマリもまだ残ってたんだね」
「違うナァよー、今来たナァー。ちょっとアンズに話があって、まだここにいるかなーって思ってナァ、居て良かったナァ」
「私に用があったニャ?」
「うん、ちょっと前のお店で仕事し辛くなってナァ、アンズのとこで働かせて欲しいナァよ。ついでに泊めて欲しいナァ、アンズのとこだと自分の家遠いし」
「え、ええ?別に構わないんニャけど…、お金そんなに出せないニャよ?」
「大丈夫ナァ、私が客増やすしナァ」
「確かにソマリ居てくれたら客増えそうニャね、イオリよりずっと役に立ちそうニャ」
「イオリ王さま?」
「何故かイオリも泊まる事になったニャ、ソマリはイオリ居ても大丈夫かニャ?」
「………」
「嫌ニャ?やっぱり男は嫌ニャ?」
「……王さまなら大丈夫かナァ」
長い間が「ほんとは嫌だけど」感をかもしだして辛い、辛いが僕もなりふりかまってはいられないのだ、知らない世界で放り出されたらマジでのたれ死ぬ。
「ア、アンズは何かお店やってるの?僕だって手伝うよ!」
役に立つことをアピールして自分の生存率を上げる。
「喫茶店ニャ、けっこう人気あるニャよ」
「喫茶店が、というよりアンズが人気ナァよ。猫族の若い女の子がやってるってだけで人が集まるナァ、ちょろい話だナァよ」
「み、みんな美味しいって言ってくれるニャ!」
「焼き魚と水しか無いけどナァ」
「美味しいから問題無いニャ!水だって井戸水だし、最近ミルクも始めたニャ!」
焼き魚と水とミルクしか無い喫茶店…。
よくもまぁ潰れないものだ、僕も何かお店やればなんとかなりそうな気もしてきた。
猫族はこの世界においてだいぶ有利なアドバンテージだ。
「ところで、ソマリは何やってる人なの?」
「歌姫ナァ、前は大きなレストランで歌ってたナァよ」
「へー、確かに綺麗な声だもんね。レストランは何で辞めたの?」
「…モテ過ぎるのも辛いナァよ」
「あ、うん。なんとなく察した」
ソマリはふわふわで物腰も柔らかく、声も鈴の音のように綺麗だ。
猫族の中でも更に可愛い部類だと思う。
男の僕でさえあの猫好きのリザードマンには良くしてもらえたのだ。
ソマリはそれよりもはるかにモテるだろう。
「ん?待てよ。喫茶店か。猫族が3人も居て…、僕なら猫集める事も出来るな」
「イオリ?どうかしたニャ?」
「いや、アンズの役に立てそうだなって」
「そ?まぁ、期待はしてないニャ」
「あはは、手厳しい」
「とりあえず私の家に行くニャ、本当に戻れなくなったら大変ニャ」
「そうだね、お世話になります」
イオリは命令権が非常に強力という地味な特異性でしたー。
でも今後これが活躍する予定です。もちろん健全に使用しますよ?
そのうちホラーはあるかもしれませんが(笑)