大集会勝手に始まりました
最初の王、ケット・シーは猫だった。
王になり、大きな体を得て二本の後ろ足で立った。
それが猫人の起源だとされる。
人間との間にも子を成した。それが猫族。
変り者とはいつのどこの時代どこの世界にもいるものだ。
猫の王、それは猫の大集会の主。
猫の王、それは猫たちへの命令権を有する。
猫の王、それは猫たちの危機に応じて力を得る。
猫の王、それは猫たちを守り、または律する。
猫の王、それは猫が好きで、猫たちからも好かれる者。
王は人間の手が加えられた種に出現する。
猫と犬で目撃例があった為そう言われるが、真相は分からない。
羊や豚などの家畜の王を見た者が居ないのもその説をぼかしている。
猫は愛玩対象として求められた。
愛される為に、可愛さを求められた。
犬はパートナーとして求められた。
愛される為に、利口さを求められた。
羊は?豚は?…為に、…を求められた。
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アンズの話によると僕が猫の王らしい。
本来は前の王が亡くなったその翌日には新しい王が選定され、自分が選ばれた事に気付き名乗りを上げるものだと言う。
王は猫族や猫人、普通の猫からも選ばれたりする。
それが今回は1シーズンに及ぶほど長い期間現れない。
王が不在だと気付かれ、猫族や猫人への人さらいが始まった。
猫族や猫人は元々人の家に住まいお手伝い、執事やメイドのお仕事をしたりするし、猫族はその見た目からお店の客引きやイベント等で人気がある。
金持ちのステータスになっている節もあった。つまり需要があるのだ。
それを不当に捕まえ、不当に売るという行為が目立ってきたのだと言う。
「王様が現れたのだからもう心配無いニャ!もう既に噂は猫達に広がってるニャよ。後は猫の大集会を開けば良いだけニャ」
「大集会?」
「猫たちの強制召集…とは言っても喜んで来るニャけど」
「へ、へー。緊張しちゃうな」
「大丈夫ニャ、歴代の王様みんな緩かったらしいニャ」
「その大集会?は僕が開くの?」
「あー、多分もう勝手に集りだしてるニャ。気の早い奴はもう踊ってる頃合いニャ。子供の頃に一回だけ参加したニャ」
「ははは、僕は何したら良いの?」
「いや?何も?みんなの前で挨拶するだけニャよ?集まる事に意味があるニャ、王が現れたぞーっていう節目ニャ、それで猫以外にも噂が広まるニャ」
「そっか、じゃあ集会場は決まってるんだね」
「やっぱりイオリは変な王ニャね。猫ならみんな知ってる猫のお城があるのニャ」
そう言ってアンズに連れて来られたのは瓦礫の山、朽ちた小さなお城、屋根は崩れ壁は風避け程度にしかならない、残念なお城の死骸。
ただ行き方が特殊だった。塀の上を歩いたり、路地裏を行ったり来たりした後に町を出て、木々の間を決まった順番に抜け、藪を潜った先に佇んでいた。
「ここが猫のお城ニャ、猫しか来れないニャ」
「どう見ても廃墟だけど?」
「遺跡と呼んで欲しいニャ」
「にゃーにゃよ、そにゃぁとこで立ってにゃーでおどにゃーおどにゃー」
後ろからやって来た猫に背中を押される。
大きな虎猫だが後ろ足で器用に歩き、ベストを着込んでいた。
「え?なんて?」
「にゃーににゃってにゃ、にぃにゃ、わにゃおどにゃー」
そう言って大きな虎猫は朽ちたダンスホールでポテポテと踊り出す。
きっとあれが猫人と呼ばれるものなのだろう。
見ると同じ様に何人かの猫人たちが後ろ足で立って踊っていた。
そしてたくさんの普通の猫たちがその周りで毛繕いをしたりじゃれあったりしている。
「今のが猫人ニャ、猫訛りが強すぎるからイオリには聞き取り辛いかもニャ」
「やっぱりあれが猫人なのか。…猫人と普通の猫しかいないね」
「猫族は猫の習性が最も薄いニャ、言ってしまえば集りが悪いニャよ」
「それはそれは、けっこう自由なんだね」
「猫だからニャ」
そんな話をしていると一人の猫族の女の子がこっちにやって来るのが見えた。
白ベースに茶色が混ざったようなフワフワした髪と耳の、色艶の良い女の子。
見た目はやはり小柄であどけない。
「アンズー、久しぶりナァ、元気ナァん?」
「ソマリ!元気ニャ!ソマリも元気ニャ?」
「元気ナァー」
ソマリと呼ばれた女の子はアンズと鼻を合わせた後、抱き合ってお互いに匂いを嗅ぎあう。
なんというか、猫なら微笑ましいけど、見た目が人に近い猫族がやると百合感パない。
見てて少し恥ずかしくなってしまった。
「イオリもやって欲しいニャ?」
「え!…あははは」
「冗談ニャー、これは仲の良い女の子同士の挨拶ニャ」
「デスヨネー」
「…こちらの方はアンズの男ナァん?」
「あ、後でみんなの前で紹介される予定ニャけど、新しい王様ニャ!」
「おあぁー、この人が…、私はソマリっていうナァ、王様ぁよろしくナァ」
そう言って軽くお辞儀するソマリ、王というよりは部活の先輩にする挨拶を思わせる。
猫たちにとって王様は親しみをもって接するものなのかもしれない。
「僕の名前はイオリだよ。よろしくねソマリ」
「猫訛りがまったくないナァ、羨ましいナァ」
「そういうものなの?」
「なんか都会な感じがするナァぁ」
「そう?その訛りも可愛いと思うけどな」
「可愛いは言われ慣れてるけど王様に言われると照れるナァ…」
「慣れてるんだ?」
「王様も可愛いナァよ?」
「あはは…、あ、ありがとう」
その後も続々と集まる猫、猫人、猫族。
みんな気取った事はせず、とても自然体だった。
猫は基本的には寝てるか毛繕いをしているか、走り回ってるのは子猫くらい。
猫人は楽しそうに、クルクルとワルツを踊る。
いつの間にかピアノを弾いてる猫人もいた。
猫族は仲の良い者同士で集りお喋りをしている。
そんな自由な猫たちが一瞬で静まりかえり一点を見つめる。
瓦礫を積み上げた壇上に立つ一人の猫族、僕だ。
みんな僕からの言葉を待っている。
僕は中身は人間だ、何を言えば良いのか分からなかった。
「えーと、指示が無い限りはみんな自由ってことで」
沸き上がる歓声、止まない拍手。
肉球を打ち合わせ、ポフポフと拍手が鳴り続けた。
「いやぁ、例年通りのスピーチだったニァー」
「にっにゃおーにゃぁっにゃあこういうんがにゃるにゃぁなぁ」
「素晴らしい、今回も素晴らしいお言葉にゃー」
「にゃあさにゃあさおどにゃーおどにゃー」
「王様ばんざーい、王様ばんざーい」
僕は壇上を降りるとアンズの元へ駆け寄る。
「えっと、あんなんで良かったの?」
「確か前の王様の言葉も似たような言葉だったニャ。心配無いニャ!」
猫の王って…。
不穏な冒頭はひとまずおいといてください。
とりあえずおどにゃーよ。
すごく混ざりたい。