猫の王に選ばれました
自分に生えた猫耳、普通に商売に勤しむトカゲ男。
武器の携帯が推奨される世界、どう考えても僕の常識から遠く離れている。
ここはどこなのだろうか。
トカゲ男が衝撃的過ぎて自分が猫族だと言われた事をすんなり受け入れていたが、他の猫族に会う事が出来れば色々と分かるのだろうか。
他の猫族に会ってみたい。
そう思った僕の願いは至極あっさりと叶うこととなった。
店を出た僕に向かって凄いスピードで走ってくる子供が居た。
オレンジ色の髪の毛、三角形の猫耳、パタパタと揺れる長い尻尾。
髪の毛と同じようなオレンジ色のケープを羽織った女の子。
間違いない、あれは猫族だ。
僕は挨拶をしようと軽く手を上げる。
しかしその女の子はスピードを落とす事無く僕の手を掴み強引に引っ張られてしまった。
僕をどこかに連れて行こうとしている。
「あ、あの?ちょっ、ちょっと、え?」
「喋ると舌噛むニャ、良いから来るニャ!」
目立たない路地裏に連れ込まれ、ようやく女の子は止まってくれた。
その表情は少し怒っているようにも見える。
「どういうつもりニャ!無防備に歩いてたら捕まるニャよ!」
「え?えー?どういう事?あ、さっき聞いた、人さらいがどうこうっていう話かな」
「そうニャ!知ってるならちゃんと隠れるニャ!」
「あー、そんなに深刻な問題なんだねぇ。ありがとう、お嬢ちゃん」
「子供扱いするニャ!18歳ニャ!」
「18!?え??」
女の子はどう見ても小学生の高学年くらいにしか見えなかった。
そういえば僕もそれくらいの見た目だった気がする。
それなのにあのトカゲ男も僕を子供扱いはしなかった。
「もしかして、猫族って…小さい種族なの?」
「何当たり前の事言ってるニャ?そういえば訛りが無いニャね?都会の猫族ニャ?」
「訛り?」
「世間知らずニャね。…もしかして、小さい頃から既に誰かに買われて…」
「いや、違うけど。猫族について少し教えて欲しいな」
「あんたが猫族ニャ」
「いやいや、そうみたいなんだけど」
「猫の特徴を持った人が猫族ニャ、人の特徴を持った猫が猫人ニャ、あとは普通の猫ニャ。だからあんたは猫族ニャ」
「な、なるほど。ところで猫族ってみんな隠れて生活するものなのかな?」
「そんな訳無いニャ!ほんとに知らないニャ?」
「恥ずかしながら」
「次の王様が…まだ現れて無いせいニャよ…」
「王…様?」
「流石に猫の王様は知ってるニャよね?」
「………恥ずかしながら」
「変な奴ニャね。猫に属する全ての王様、ケット・シーの事ニャ、猫を守ってくれる存在で凄く強いのニャ、猫への命令権も持ってるし、他の種族への牽制になってるニャ。猫を苛めるとケット・シーが来るぞーって」
「で、今は不在だから他の奴らからいいようにされてる、と?」
「…そうニャ、私達…小さいし」
猫はけっして弱い生き物なんかでは無い。
愛玩動物として進化してなおその身体能力は衰えない。
しなやかで平衡感覚に優れた体は立体的な機動を可能とし、高い瞬発力を誇る。
発達した前肢から繰り出されるパンチは爪という鋭いスパイク付きの凶器だ。
では何が足りないか、そう、この女の子も理解している。
膂力だ。猫は他の大型の動物と対峙した時、圧倒的に体躯で劣る。
「話は終わったかな?子猫ちゃんたち?」
声にハッとして振り返るといかにも柄の悪そうな大男が立っていた。
大柄な人間の男、僕の倍はあろうかという巨体だった。
此方が小さいからか、迫力にびびってしまう。
「逃げるニャ!」
「おっと、おまえら運動神経だけは良いからな、逃げられたら面倒だ」
そう言って大男が投げてきたのは網だった。
素早い生き物も頭上から広範囲に及ぶ投網をかけられては逃げ場を失う。
手慣れた手口からして今までにも何人か捕まえているのかもしれない。
しかし大男の目論みは今回に限り叶う事は無い。
僕はその投網を杖で力任せに巻き取り、逆に大男を引き摺り倒した。
何故そんなことが出来たのか分からない、この女の子を守りたい、ただそれだけだった。
その願いが僕に信じられない程の力を宿したように感じた。
体の中にエネルギーが湧いてくる。今なら無限に力を引き出せるような気さえした。
予想外の事に驚いた大男は慌てて逃げ出す。
追い掛けようとしたが杖に絡まった網がほどけずに一瞬足が止まってしまう。
杖を置いて追い掛けようにももう視界の中にはいなかった。
耳を澄ませても位置が特定できない、実に逃げるのが上手い、やはりプロだろう。
それならばやはり逃がす訳にはいかない、他の猫族も返してもらう。
どこに、どこに行った…。
『にゃー』
どこからか猫の声が聞こえる。
『にゃー』『にゃー』『にゃー』『にゃー』
1つじゃない、たくさんの猫の声。
それは立体的に反響する鳴き声の道しるべ。
分かる、たくさんの猫が僕の願いに答えている。
あの大男を見付けた猫が鳴き声をあげている。
「その男を捕まえろ!猫の敵だ!」
『フシャーーーァァァ!』
僕は鳴き声の道しるべに従い走っていく、猫族とはこんなに早く走れるのか。
早さに自分の感覚が追い付かず転びそうになる。
「うわぁ、なんだおまえら!お、俺が悪かった。やめてくれぇ」
「ウナアァァァアアオォ!」
「フシャーーー!」
たくさんの猫たちに囲まれ引っ掻き傷だらけの大男がそこにいた。
大男は僕の姿を見付けると激しく取り乱す。
「こ、この猫どもを下げてくれ!頼む!」
「…猫族、何人捕まえた?」
「猫族3人、猫人2人だ!解放するから!」
「もうやらない?」
「誓う!誓うよ!」
「次は無いよ?約束を守っているかどうか、常に猫の目は輝いているからね、せいぜい猫の目に怯えて暮らすんだね。猫はどこにでもいる、僕はどこにでも現れる」
ただの脅し文句のハッタリ、だが自分なら本当にそれが出来る気がした。
「…分かった」
大男は肩を落として項垂れる。
「王様…、王様ニャ!ケット・シーだニャ!」
追い付いてきたさっきの女の子が興奮気味に駆け寄ってくる。
「ケット・シー?僕が?」
「そうニャ!私の名前はアンズっていうニャ、王様の名前は?」
「僕の…、名前」
「教えて欲しいニャ、これから猫たちに広まる偉大な名前だニャ」
僕は自分の猫耳を撫でる、三毛猫の耳を…。
死んだはずの僕が、この姿でここに居るのは、きっと…。
「僕の名前は…イオリだよ」
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