猫族優待受けました
「おう兄ちゃん、うちの店の前でどうした?うわぁ、酷い格好だな」
この店の主だと思われる人が現れて振り向く、そして言葉を失った。
店主は身体中に鱗が生えており、その顔はまるでトカゲかヘビを思わせる。
驚きのあまり逃げる事もできなかった。
「どした?リザードマンが珍しいか?」
トカゲ男は怖い見た目に反して友好的だった。
「リザード…マン?」
「そうだぜ?猫族の兄ちゃん。うちの服は他店よりも安いぜ?是非見てってくれよ」
自分の姿を確認すると確かに酷い、血だらけの大きな服を着た不審者だ。
ここがどこなのか、どうなってしまったのか、探ろうにもこの格好は不味い気がした。
「あの、日本円って使える?」
「聞いた事の無い通貨だな、見せてくれるか?」
日本語を使うくせに日本円が流通していない?
よく見ると周りの建物の看板は見たことも無い文字だった。
丸みを帯びた走り書き、昔オカルトサイトで見たヴォイニッチ手稿の文字に似ている。
僕はズボンから財布を取り出すと紙幣を見せてみた。諭吉さんだ。
トカゲ男はそれを見て怪訝な顔を見せる。
「紙?」
やはり日本円は通用しないのだろうか?今度は小銭を見せてみる。
「お、銅貨あるじゃねぇか。どこの国の銅貨か分からねぇけど純度量らせてもらうぜ」
十円玉の事だろう、僕は普段から小銭を整理しない、十円玉も5枚ほど入っていた。
しかしトカゲ男は五円玉から五百円玉まで全て受け取った。
「え?」
「店の中で銅貨の査定してやるから服見とけよ」
「あ、ああ。うん」
店に入った僕は唖然とした。
僕の知ってるお店とは雰囲気が全く異なる。
乱雑に置かれた鎧、壁に立て掛けてある剣、槍、杖。
まるでRPGゲームの世界の武器防具屋だ。
とりあえずは服だろう。
服、服、服。フックに掛けられたたくさんの服。
日本の服屋さんでは見たことの無いものばかりが並びどれを選べば良いのか分からない。
簡素な布に帯を巻いただけの物もあれば頑丈なローブもある。
「ああ、猫族用のもあるぜ。尻尾穴空いてる動きやすいやつ」
そう言ってトカゲ男が場所を教えてくれる。
可愛い…、置いてある服全部が可愛らしい。
毛皮のケープ、ポンポン飾り、色が赤ければクリスマスの衣装にも見えてしまう。
「あの、男用は?」
「おかしな兄ちゃんだな、猫族の装備って男女ともこんな感じだろ?」
気が遠くなる気がした、なるべく地味なのを探すしか無いようだ。
「おい兄ちゃん。銅貨の査定終わったぜ。来てくんな」
トカゲ男に呼ばれレジまで移動する。
服が買えるくらいの値段になってくれれば嬉しいのだが…。
「まずこれな、一番純度高いやつ。これは普通の銅貨として取引可能だ」
そう言って出してきたのはやはり十円玉だった。
「で、他のだがな。どれもそれなりに銅の含有量があるんだが、混ぜてある他の金属が良く分からねぇ。そこで相談がある」
なんと、十円以外にも銅が入ってたのか、今まで知りもしなかった。
「相談とは?」
「いやぁ、この貨幣俺に売ってくれねぇかな?珍しい物が好きなんだよ」
「それは、こちらとしても有り難い、かな」
「銅貨50枚…、いや70枚出しても良さそうだな」
…それはどれくらいの価値なのだろうか?
「もう一声」
「んー、じゃあ80枚でどうだ?」
「よし。じゃあそれで」
ぼったくられたかどうかは分からない。
きっとトカゲ男だって自分がぼったくったかどうか分からないだろう。
僕は80枚の銅貨を受け取ると財布に詰める、財布はパンパンに膨れ上がってしまった。
これなら小銭を入れる袋かなんかも買った方が良いかもしれない。
「猫族の装備っていくら?」
「うちに置いてあるのは銅貨50枚だ、細かい装飾以外はどれも色違いだからな。全部同じ値段で提供してる。何色が良い?」
つまり全部に可愛らしいケープの様な意匠が施されポンポンまで付いている訳か。
それにしても、銅貨50枚って事は僕が服を買えるように計らって小銭を買い取ってくれたに違いない。路銀を計算して更に色を付けてくれたのかもしれない。
このトカゲ男、めちゃくちゃ良い奴じゃないか。
「じゃあこの灰色のやつで」
「え?もっと可愛い色あるぜ?」
「…灰色のやつで」
「分かったよ。あー、こっちのピンクとか絶対似合うと思ったのに。あ、せめてベージュにしないか?やっぱり猫族は可愛くしないと」
「…灰色で」
「あ、いっけねぇ。灰色は人気だから銅貨81枚必要だった、こりゃうっかりしてたわぁ」
なんとなく分かった。このトカゲ男、ただの猫好きだ。
僕が猫族だから優しくしてくれてたって事か。
ここは折れるしか無さそうだ。好意には甘える、猫の特権かもしれない。
「ベージュで良いよ。もう」
「まいどあり!着方分かるかい?手伝おうか」
「大丈夫だから!」
「ちぇっ、更衣室あっちだから行ってきな」
更衣室に入り着替え始めると服にタグが付いたままになっている事に気付いた。
更衣室の中に置いてあったハサミでそれを切り取る。
タグに書いてある文字は読めないけど数字は何と無く理解出来た。
【150→50】
「値下げし過ぎだろ!」
分かったぞ。猫族の客を呼ぶ為に仕入れたけどなかなか来てくれなかったんだ。
それでどんどん値下げしていったに違いない。
服を着てみると意外にもとても体に馴染み動きやすい。
そして服の内側にチャック付きのポケット、財布代わりに使えそうだった。
残りの銅貨30枚をポケットに移し財布は捨てる事にした、荷物は少ない方が良い。
それにしても、鏡に写った自分はまるで女の子の様に可愛かった。
中身は高校男子なのに、猫族ってみんなこんな感じなのだろうか。
更衣室を出るとトカゲ男が杖を持って立っていた。
木で出来た杖の尖端に金属で出来た爪の様な突起、それはまるで猫の手の様な形をしていた。用途はメイスに近い武器だろう。
「おー、良いね、兄ちゃん似合ってるじゃないか」
「ど、どうも」
「で、だな。もう1つ取引良いかな?」
「内容に…よるかな」
「いやいや、そう構えないでくれよ。簡単な話さ、他の猫族にもこの店宣伝してくれよ。猫族用の上物が安く売ってる良い店だって感じでさ」
「まぁ、それくらいなら」
猫族の知りあいなんていないけど。
「ああ良かった、ほんと良かった、宣伝の報酬はこの杖さ。受け取ってくんな」
「これ、けっこう高いんじゃないの?」
「良いんだよ、もらってくれ。丸腰じゃ心配で心配で」
そう言えばこの店では武器も売っている。…ということは使う機会があるという事だ。
「何か危険な動物とか出るの?」
「モンスターか?そりゃ出るさ、だけどそれよりも人さらいに気をつけてくれ」
「人さらい!?」
「ああ、猫族みたいな可愛い種族は高値で売れるんだ」
「…杖、有り難く頂戴いたします」
「おう、気ぃつけてなぁ、また来てくれよ!」
銅貨1枚100円くらいの価値です。
銅貨100枚で銀貨1枚くらい。約1万円。
銀貨はちょくちょく使われますが金貨はあまり出回りません。だいたい10万円くらいの価値です。
とは言っても純度や大きさでまた価値が変わってくるのでただの目安ですね。
普段から何十枚もじゃらじゃら持ち歩いてたら邪魔ですからね(笑)
ちゃんと銅貨10枚分の価値がある銅貨とか存在します。
十円玉が銅貨として扱われるので全部十円玉にして持ち込めたら大金だったのに(笑)
ちなみに銅貨よりも価値の低い銅の粒も存在しますが貧しい人達しか使いません。