黒い仔山羊のガラガラドン
今回は残酷描写含みます。
グロよりはホラー寄りにしたつもりではありますがお気をつけください。
「おい三毛、あの客は俺には荷が重い、おまえが行ってくれ」
そう言うのはジャガーの獣人、シグレ。
もうすっかり喫茶店に馴染んでしまっている。
そのシグレが我儘で客を選ぶとは思えない、僕はシグレの言う「あの客」に目を向ける。
そこに居たのはとある獣人の女の子、大人しそうな少女だった。
実に無害そうな佇まいの、元の世界であれば小学生くらいの見た目の普通の女の子。
おかしなところを上げるのであればそんな小さな子が一人で喫茶店に居ることくらいか。
それとも猫族と一緒で小さい種族なのだろうか。
足は浅黒い毛で覆われ、先端はヒヅメになっている。
浅黒い髪の毛が顔を隠し表情は分からない。
その頭には弧を描く小さな角が付いていた。
「あの子、何の獣人なの?」
「あ!?ヤギだろありゃあよ」
「なんで苦手なの?」
「わかんだろ?俺はジャガーの獣人だぞ、ヤギだって食った事がある」
「獣人の間でもやっぱり軋轢みたいなのがあるナァよ」
そのやり取りを見てたソマリが説明をしてくれる。
「肉食と草食は仲悪いってこと?猫だって肉食だけど?」
「猫がヤギ狩って食べるなんて無いナァ、シグレさんが行くよりはイオリさんのが良いナァ」
「まぁ、そういう事だ。ヤギ食った口でヤギの獣人と会話っつーのもなぁ」
「なるほどねぇ、…あ、この店に動物の肉置いてないのってそういう理由かな」
「あぁ、あの時は凄んでみせたがな、実はこういう軽食店は肉置かないとこのが多い、家畜と獣人は別物だと割り切る風潮はあっても食われてる側は気分わりぃだろ。特に大型の肉食獣人にとっては主食だからなぁ」
ヤギは家畜だけどヤギの獣人は人間。
他に考えられるのは豚、羊、牛あたりか?気を付ける必要がありそうだ。
なるほど、家畜動物の獣人は複雑だろうな。
「分かったよ、シグレは草食獣人来た時は目立たないようにしといて」
お客様を待たせてはいけない。
僕は黒いヤギ獣人の女の子のところへと向かった。
「お待たせしましたー。何にします?」
話し掛けると女の子はゆっくりと顔を上げて僕の顔を、目を見つめたまま固まる。
女の子の目は瞳孔が横長の長方形で本当に目が合ったのかどうか良く分からない。
ヤギの目というのはほんとに不思議だ。
「良い店…ね。…猫が…いっぱい」
「猫好きなの?」
「うん。…とってもとっても大嫌い」
「え?それは残念、悲しいな」
「ううん、…良い店よ。…猫がいっぱい。私ね、猫の王様…探してるの」
どうしようか、自分が王様であることはあまり広めない方が良いと思うけど。
猫を嫌いだと言う女の子に名乗り出るのも抵抗がある。
「どこに居るかは知らないかな。猫の王様に合ってどうしたいの?」
「欲しい物があるの、あげたい物があるの、あは、あは、あははははははは」
急に笑い出す女の子、これは適当に納得してもらって話を切り上げた方が良さそうだ。
少しアレな子かもしれない。その…少し残念な。
「そ、そっか、じゃあ王様に会ったら伝えておくよ。名前教えてくれるかな?」
「名前?名前名前なまえぇ?いひ、わたしは小さなガラガラドン。私はまだ小さいの、もっと大きい子を食べた方がおなかいっぱいになるよぉ」
「へ!?た、食べないよ!?いきなりどうしたの?」
「食べられた、食べられた食べられたたべられた、美味しいの?ねぇ美味しいの?仔ヤギは柔らかくて美味しい美味しい美味しいの、ねぇねぇねぇ」
女の子の様子は明らかにおかしい、小刻みに震え瞬き一つしない。
「ひひ、あははははは。トロルだって食べないよ!トロルだって食べないの!トロルだって食べないような小さなガラガラドン、人間は美味しく召し上がる!」
「君は…いったい…」
「猫は良いね、猫は良い、猫はずるい!可愛いって理由だけで可愛い可愛いってなでなでしてもらえる、なでなでなでなでなで可愛いぃぃぃねぇ!」
僕は後ずさりながら女の子から距離をとる、この子は何か危ない気がする。
「逃げるの?…そうだ、そうだよ、猫を虐めれば猫の王来るよね?なんだ、簡単だぁ」
「そんなこと、良くないよ」
「んふ、ひひ。今日はご挨拶だけなの。猫の王に会ったらよろしくね」
女の子がそう言うと次の瞬間ありえないことが起きた。
みんなの視線を集めていた女の子は突如としてみんなの視界から静かに消えてしまう。
そう、そんな女の子なんて最初から居なかったかの様に。
しかしそこには確かに居た、居た痕跡だけを残して消えてしまった。
その痕跡を見た客たちはソレが何なのか理解し、理解した者から順に逃げだした。
店の出口は大賑わいだ。
アンズとソマリも狼狽え店の隅まで後退し震えて動かない。
女の子の居た席に残る何か。
それは赤いペンキをひっくり返したかの如く広がるおびただしい量の血液。
むせかえる程の臭気、鉄臭さがソレはペンキでは無い事を物語る。
血液に混ざった黒い毛、部位も分からぬ小さな細切れ肉。
それはまるで家畜の解体現場跡、ここで血抜きし、解体作業を行ったかの様な惨状。
「…うっ」
吐きそうになるのを堪えて後ずさる。
「こりゃぁヤギの匂いだな…、どうなってやがる」
「シグレ…」
「温室育ちのクソ猫には堪えるだろうぜ、ダリィが掃除しといてやらぁ」
「…悪い、ありがたい」
「…ケッ、それより気を付けろよ、三毛」
「え?」
「てめぇだろ?王様」
「やっぱりバレてたか…」
「まぁな、ここで働いてりゃ察するさ」
あの子は猫を虐めると言った、このまま何事も無く終わるとは思えない。
今回は挨拶だと言った、次があるはずだ。
異変があった時に猫たちから報告を受けれるようにしないといけない。
子供の頃ガラガラドンの絵本が好きでした。
大人になっても印象深いですねあれは。




