猫耳生えました
この日、世界から猫が消えた。
野良猫も、家猫も、忽然と姿を消した。
新しい王を迎える、大集会。
皆思い思いの服を着て、二本の後ろ足でワルツを踊る。
白い猫も、黒い猫も、茶色い猫も、クルクルクルクル優雅に回る。
まるでお城の舞踏会、朽ちたお城の舞踏会。
猫たちは皆、王の言葉に耳を傾ける。
「えーと、指示が無い限りはみんな自由ってことで」
沸き上がる歓声、止まない拍手。
肉球を打ち合わせ、ポフポフと拍手が鳴り続けた。
…
事は、ある一人の人間が…、僕が生きてた頃まで遡る。
………
今日は一段と寒い日だった。
高校で陸上部の部活動を終えた僕はいつものように帰路につく。
そしていつもとは違うモノを見付け、自分の家の玄関の前で立ち尽くしていた。
冷えた自分の体を早く暖めたい、しかし目の前のソレから目が離せない。
力無く震え、「に…、に…」と短く消え入りそうな声で鳴く生き物がそこに居た。
目脂が溜まり、固まった目は開かない。
それでも懸命に親を探そうとする子猫が、そこに居た。
白、茶、黒。典型的な三毛猫だった。
僕は猫を抱き抱えると目脂をとってやる。
目を傷付けないように…、丁寧に。
目を開いた猫は僕を見つめ、すがるように鳴き続ける。
ふと、僕の視界の端に四本足の生き物が映り込んだ。
灰色が目立つ大きな猫。僕の目を見据えて動かない。
「この子の親か?」
「んにぁあぁぁ」
猫は答える、何を言ってるのかは分からないが、その声を聞いた子猫がさっきよりも懸命に鳴き出して確信した、こいつが親猫だ。
「この子、育てれないのか?」
「…んなぁぁ」
「うちで育てて欲しいのか?」
「んにぃぃ」
「分かった、既に二匹飼ってるし、三匹に増えても大丈夫だと思う」
「にゃぁ」
親猫はその場を去っていく。
その後ろを三匹の子猫が追いかけて行くのが見えた。
僕の抱き抱えてる子とは違い、足取りのしっかりとした子猫達。
体の弱いこの子ではこれから寒くなっていく冬に耐えられないだろう。
人の手で育てないと死んでしまう、あの親猫はそう思ったのかもしれない。
「ただいまぁ、母さん、猫飼っていい?」
「良いよぉ、あらまぁ、まだ小さいじゃない。早く暖めてあげな」
僕はもう着れなくなった古着で猫のベットを作ってやるとそっと寝かした。
その子猫を見に来る猫が二匹、白い猫とキジトラ。
この二匹も野良だったのを拾ってきた。
うちの母さんは猫好きで、弱ってる猫を見るとついつい面倒を見てそのまま飼ってしまう。
「お前らの妹だぞ。優しくしてやんなよ」
そうやって猫と話す僕に母さんが水を差す。
「あら?その子オスでしょ?弟よ」
「え?三毛だよ?オスなわけ……うわ、ほんとだ」
三毛猫のオスはとても珍しく希少価値が高い。
思わぬ縁起物を拾ったようだ。
…
イオリと名付けた子猫はすっかり元気になり家の中をやんちゃに走り回る。
たまにフローリングの床で滑って転ぶ。
もう冬も終わろうかという時期になっていた。
「ちょっと友達のとこ行ってくるねー」
そう言って玄関から出ていく中学生の妹。
「おう、気をつけろよー」
妹との関係は悪くはない、手を振って見送る。
その視界の端に玄関の扉のスキマをすり抜けて外に出ていくイオリが見えた。
「イオリ!?」
外には車も走っている、外に慣れてないイオリにはまだ危険だった。
急いで外まで追いかけ、見付けた時にはやはり道路まで出てしまっていた。
僕はそれを追いかける。
これは、僕が此の世を去るまでの話。
そう、イオリを庇った僕が車に轢かれるまでのエピソード。
イオリが申し訳なさそうに、悲しそうに、僕の顔を舐める。
大量の血を失い、体温を失い、もはや感覚も失っていく中で、イオリだけが暖かかった。
『ごめんね、ごめんね、ごめんね』
イオリの声が聞こえた気がした。
………
もう二度と覚めるはずの無い目が覚める。
血だらけでだぼだぼな服を着て地面に寝転んでいた、痛みは無い。
起き上がり周りを見渡す、どうやら病院ではないらしい。
車も、アスファルトの道路も無い。
石造りの建物が並ぶ中世ヨーロッパの様な町中に居た。
血を吸って重たくなったズボンを引摺り、とある建物に近付く。
それはお店の様な建物、中には服や鎧、何故か剣まで並べられている。
しかし僕が用があったのはそんな物騒な物ではない。
いや、もちろんそれはそれで気になるのだが、今は後回しにしたかった。
今用があるのはそのお店のショーウィンドウ。ガラスに自分の姿を映し出す
そこに映った自分はケガも無く綺麗な身体だった。
「どう…なって…、ん?んんんんんんんん!?」
なんか僕、小さくなってないか?というよりは、若返ってる?
ガラスに反射した僕の姿はどう見ても小学生に見える。
そして何よりも気になったのが、頭の上に付いた三毛柄でフサフサした猫の耳。
髪の毛も三毛柄になってしまって驚きの一体感をかもしていた。
そして僕の背後でうねる長い物、間違い無い、僕のお尻から生えたこれは尻尾だ。
まるで漫画やアニメに出てくる獣人の様だった。
すっかり可愛くなってしまった自分の姿を見て途方に暮れる。
「男が猫耳とか、誰得だよ…」
男である事が少し申し訳なくなるくらいに可愛かった。
新しいの始めました。
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