極端なチトセのお話
ーーー姉さん達はいつも目立っていた。
メイクを綺麗に施して、流行りの服を着こなし、いつも笑顔を振りまいているその姿は、常に集団の中心にいた。
ーーー目立ったほうがたのしいわよぉ?
ーーー人生目立ったもん勝ちよ!
ーーー『チトセ』も学校ではガンガンいきなさいよ!
姉さん達は、口を開けばいつも俺にそう言ってきた。
今言われれば、馬鹿らしいと鼻で笑ったけど、その時の俺はそんな姉さん達に憧れを抱いてたのかもしれない。
だから、小学校に入ってから色々な事を『目立つ』ように努力した。
体育では誰よりも先頭を走って、
テストでいつも満点を取れるように勉強して、
授業では積極的に発言して、
常に笑顔でいて、ノリをよくしていた。
入学から少し時間が経って、クラスメイトの間での権力差がはっきりしてきた時、自然と俺の周りには人が集まってくるようになった。
朝、教室に入れば沢山の人が挨拶してくれる。
休み時間は、クラスの男子がサッカーに誘ってくれる。
放課後は、毎日のように色んな人から遊びの誘いがあった。
姉さん達の言ってた通り、目立っているのは気持ちよくて、楽しい。
一時は、そう思っていた。
でも、
クラス委員を決める時
ーーークラス委員は、チトセ君がいいと思いまーす!
テストが近い時
ーーーチトセ頭いいし、チトセんちで勉強会しようぜ!
行事ごとが近い時
ーーーチトセ君?先生のお手伝いお願いできる?
”目立つ”って、結構大変だった。
はじめは嬉しかったし、楽しかったけど、次第に周りを取り巻く人達が鬱陶しくなってくる。
しかも、その時の俺はモテていたらしく、学習発表会の時にクラスでやった劇では、王子様役にさせられた。
俺の事が好きだったらしい、姫役の子の推薦によって、
それで終わればよかったのに、その姫役の子が好きだった男子から無意味な嫉妬をぶつけられた時は、本当に面倒くさいと感じたのを今でも明確に覚えている。
だけど、作ったキャラを今更変えられるわけもなく、小学校六年間面倒くさいと感じながらも俺は目立ち続けた。
そんな所から生まれた鬱憤もあって、卒業が近くなった時、俺はみんながいかないような私立の中学を受験して、そこへ進学した。
今度は、極力目立たないように注意してみながら
そしたら、俺の基本スペックはもともと低かったらしく、一気に影がうすい人としてクラスに定着した。
ーーー目立とうとしてた時よりずっと楽だ…
笑顔を作る必要が無くなった。
勉強を無理に頑張る必要も無い。
体育だって、辛いのに走る必要は無くなって、
授業も、眠かったら寝れるようになって、
まるで空気みたいに、すべてのしがらみから解き放たれた。
ーーーでも、何か…
※
「本当に、空気みたいだ。」
椅子に座り、体を少し後ろに傾けながら、そう呟く、
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴り、席の後ろをクラスメイトの男子が元気よく駆けていく
今日も、校庭でサッカーをするのだろう
けど、そこに昔みたいに俺の姿は無くて
各々が、好きなように動き始める。
図書室に行ったり、音楽を聴き始めたり、ゲームをしたり、
昔みたいに、俺の周りにすぐ寄ってくる人なんて、誰もいなくなって、
「寂しい、か」
蚊帳の外にいるように錯覚して
集団が嫌で孤独になってみたのに、
見つけてもらえなければ、寂しいなんて思ってしまって、
自分の情けなさに、自嘲気味の笑みがこぼれる。
「…やめやめ」
クラスに置かれている時計を見ると、それなりの時間が経ってしまっていた。
それほど深く考えていたらしい、
自業自得の寂しさを胸に抱いたまま、机に突っ伏す。
少し、自己嫌悪で胸が苦しくなってしまった。
何かをしようとも思わないし、そもそもすることなんて無いので、休み時間が終わるまで寝ようと目を閉じる。
そのまま、夢の世界へ行こうとした丁度その時、
「チトセ!」
頭の上から、よく通る声が耳に刺さった。
唐突に自分の名前が呼ばれ、ゆっくりと顔を上げる。
「…ショウ?」
「次教室移動なんだから、ぼーっとしてるだけなら移動したら?」
見ると、教科書と筆記用具を胸に抱いて立っているクラスメイト、
ショウは、俺がこの中学に入学した時に知り合った女子だ。
そこそこのレベルでなんでもこなすので、クラスでの友人関係も上手く保てている。
…多少、いじっぱりなのがたまにキズだが
「そんなにせかすなよ…ストレス溜まってんのか? ほら、ストレスのせいで髪の色素抜けて灰色に…」
「失礼だよ!? これは地毛! あとアッシュグレーって色! 灰色じゃない!」
大きな声でリアクションを取ってくるところ、今日も元気そうだ。
ショウに適当に謝罪しつつ、教室移動の準備をする。
こう、世話を焼いてくれるところは、煩わしくも優しさとして感謝しているんだが…
「…何よ?」
「んいや、なんでもない」
何故か何時も睨んでくるのだけは、謎だ。
…目を合わせる度に睨んでくるのは、正直怖いのでやめて欲しいのだけど…
視線を出来るだけ気にしないようにしながら、教科書と筆記用具を取り出し、小脇に抱えながらショウと廊下に出る。
「次の授業は?」
「情報よ、コンピューター室」
一言二言交わしながら、ショウにつくように廊下を歩いていく、
ーーーそういえば、
ショウは、何時も俺に話しかけてくれる。
…睨んでくるけど
ただのお節介焼きだとは思えないし、これといって仲がいいわけでもない。
ある意味、唯一空気と化した俺を『見つけてくれる』人なのだが、その理由がどうしても分からない。
…まぁ、可能性のひとつとして、ショウは俺のことが…
「げ!?クモっ」
突然の大声に、思考が遮られる。
女子が出すのは如何なものかと思う程低い声を出しながら、ショウが俺の方へ身を引いてきた。
見ると、廊下の端で小さなクモが糸で吊られながら揺れていた。
それを見て驚いたらしい、
「嫌いなら見なけりゃいいのに」
思考を中断し、教科書と筆記用具をショウに預ける。
ショウは、クモだけでなく虫全般が苦手だ。
こうして虫が出た時、別に虫が苦手な訳じゃない俺が引っつかんで逃すのは、最早恒例行事となりつつあった。
逃げるクモを捕まえるのに手惑いながら、なんとか窓の外へと追いやってやる。
その一連の流れを黙って見ていたショウは、急にそっぽを向き
「き、嫌いだと逆に目に入るのよっ」
と、俺に預けていた物を押し付けると、廊下を早足で歩き始めた。
セミロングの揺れる髪から覗く耳は、何故か赤くなっている。
「嫌いだと、逆に目に入るのか…」
「そ、そうよ! 悪い!?」
いつもより俺への当たりがキツく感じられるのは気のせいだろうか、
「悪くねぇよ」
ショウについて行きながら、考える。
嫌いだと、逆に目に入る。
だから、俺はショウによく話しかけられるのだろうか?
それは、つまり、ショウは俺を嫌っているわけで、
普通ならば、あまり好ましくはない関係だ。
…だけど
「ところでチトセ」
ショウは切り替えるように咳払いをすると、此方を向いてきた。
それと合わせるかのように鳴り響く、昼休み終了のチャイム
「…チトセのせいで、授業間に合わなかったじゃない、どーしてくれるのよ」
「…それ、クモのせいじゃないの?」
理不尽に怒られながら、思う
こうやって話しかけて来てくれるなら、
ーーーショウには、嫌われたままがいいな。