第十二話
大分時間が空きまして申し訳ないです。
時間が少し早かったけど、一時ログアウトした。時刻は十一時四十分。五時間程度ログインしていたみたいだ。昨日は昼飯を作ろうと思ってたけど時間もあるし、外食することにした。もちろん朝に健次にも通達済みだ。
今日は健次に車を出してもらってイタリアンを食いに行くことになっている。少し遠出だ。
着替えも済ませ、健次を呼び出す。今日の服装はラフラフにスリムタイプのジーパンにへそ出し黒シャツで赤い薄手のジャケット羽織って終わり。
インターホンで出てきた健次はもっとラフ。ハーフパンツにティーシャツ。
「優、お前なんか今日エロくね?」
「はぁ? あほか。それよりさっさと行こうぜ。腹減ったわ」
出てきて速攻であほなことを言う馬鹿は置いておいてさっさと地下駐車場へ行く。
遺産の関係もあってリッチになった健次はインプレッサに乗っている。俺はバイクのみ。免許はあるけどバイクの方が維持費安いし。車がいるときは健次に借りているから問題ない。家の車もあるし。
あ、車鍵掛かってた。と思ったらガチャっと鍵が開いた。健次が追いついたらしい。助手席にすべり混んで待つ。駐車場が地下でよかった。外だったら暑くて中に居られないからな。
「じゃあ行きますか」
十五分ばかりのドライブだ。
信号にもほとんど捕まらず目的の場所に着いた。車がエアコンで冷えてきたと思ったら到着だ。若干汗をかいた。
行きつけってほどじゃないけど結構な頻度で来ていると思う。高一の夏休みに健次と遊びに行ったときに見つけた店でそれ以降ちょくちょく顔を出している。なのでほとんどの店員とは顔見知りなわけだけど、夏休み前の小遣い稼ぎか知らないバイトもちらほら見かける。
「い、いらっしゃいませ。二名様ですね。あいにく喫煙席しか開いておりませんがよろしいでしょうか」
俺を見てちょっと目を泳がせる男店員。初めて見る顔だ。視線が胸元とへそを行き来している。いつものことながら気色悪いことだ。どう見ても男の胸だろうに。もし俺が男だと知ってもこの視線をよこすようなら奴は危険だ。店に来るのをやめることも考えねば。実際に行かなくなった店も三軒くらいある。
俺と店員をちらっと見てから、昼時だしなと健次がさっさと席に案内させ席に着く。俺と健次をちらちらと見てくる。何か嫌な勘違いをしてそうだ。
「ログインできるまで時間はあるしゆっくり食おうぜ」
健次はさっさとメニューを見ている。俺もメニューを開くがほとんど決まっている。
呼び鈴を押すと先ほどの男ではなく昔からいる女性店員が来た。
「お久しぶりね。ご注文は?」
「そういえば今年は三月に来たっきりだったな。杏さんも久しぶり。今日はコーンスープとアサ
リのパスタで」
「んじゃ……俺はいつもので。って、わかる?」
だいたい同じメニューを頼むからこれで通じる人は通じる。一応お互いの名前を覚えた店員わかる人が多い。
「わかるわよ。私の時はいつも同じメニューだし。じゃあ確認します。コーンスープ一点、アサリのパスタが一点。カルボナーラ一点とミートドリアが一点ですね。ドリンクはいかがですか?」
店員モードとお友達モードの切り替えが早い。
「俺は今日運転だしアイスティーで」
「俺も今日は飲まないからアイスティーで。で、食後にダージリンをストレートでデザートお勧め一点持ってきて」
「俺もそれ追加で」
「かしこまりました。じゃあ、待っててね」
手をひらひらっと振って杏さんは奥に戻っていく。久しぶりに杏さんを見たかも。お色気姉さんな杏さんは健次のお気に入りだ。三十代もそろそろ半ばだろうと思うけど、年々色気が増している気がする。
「やっぱり杏さんいいわぁ」
年上好きな健次は相変わらずうっとりだ。俺はそれよりも時々ちらちらとこっちを見る例の男が気になる。すごく鬱陶しい。
「健次、あの男どうにかならんかね」
「いつものことじゃん」
ばっさりだ。
食べながらNew Lifeの話をした。どうやら健次はパーティーを組んで北へ向かっているらしい。道が北にしかないのと、南の道なき道の開拓は敵のレベルがかなり高いとのことだ。南は上位チームが攻略中らしい。
俺が牧場で動物と戯れていると言うと呆れていた。健次も乗馬を取得したけど馬が居なくてどうにもならないと言っていた。どこかで捕まえる必要があるのかもしれない。
食事が終わり、帰り際にレジが杏さんだったのであの男に俺が男であると伝えといてと頼んでおいた。杏さんは無駄だと思うけど、と言って了承してくれた。それは信じないという意味だろうか、男とわかっても、という意味だろうか。後者だとしたら最悪だな。ただ、夏だけのバイトと言う話で、そこだけは安心した。
帰りにコンビニで簡単な夜食を買っておく。今が十三時十五分過ぎ。これから二十二時までログインするつもりだ。明日は学校とバイトがあるので遅くなりすぎても大変だし。晩飯はログアウトしてからでいいかなと思っているからレンジで温めのきく物にしておいた。
健次と別れたらさっそくログインしよう。
ログインして時計を見るとログアウトした時より半日近く経っている。まあ八倍の時間経過だしな。もう二時間くらいでお昼だ。今日も牧場で戯れる日々だ。
《アビリティ《フェロモン》《獣達の相棒》を取得》
羊に埋もれながら昼飯を食べていると新しいアビリティを得たようだ。《獣達の相棒》は……予想通り、動物や比較的大人しい魔獣と心を通わせ使役できるようになる、というもの。
そして俺は《フェロモン》の説明を見たとき少し嫌な気分になった。
《フェロモン。隠れステータスの魅力が上昇しやすくなる。魅力が上がると動物や異性に気に入られやすくなる。フェロモンは野生動物や魔獣の捕獲に必須で稀に同性にも効果がある。フェロモンが濃くなると、フェロモンが滲み出るようになる。フェロモン所持者には色気を感じやすい》
これは嫌だわぁ。同性に効果があるとか嫌過ぎる。ただでさえ現実で男にナンパや告白されているのに、もしその頻度が上がったら嫌すぎる。ケンとご飯行った時もこの片鱗があったのだろうか? あ、でも異性に効果があるのは嬉しいかもしれない。
なんて、そんなことを思いながら動物達と戯れ、俺の知らないところでそのアビリティはじわじわとレベルを増していったのだ。
「そろそろよさそうだな。馬の乗り方を教えてやる」
牧場生活も三日目。そろそろお昼という頃、ようやくペイドさんに乗馬を教えてもらえるらしい。
「いいか、一番大事なのは前も言ったが心を通わせろ。戦友なんだ。対等に扱えよ? 乗ったときに重要なのは姿勢だ。猫背も駄目だ。前のめりにも後ろにも反らず姿勢を正せ。それと鞍に座るんじゃねぇ、腰を落とすだけだ。馬は股で挟んで体を固定しろ。中腰が基本だ。出発するときは手綱を緩めて軽く腹を蹴れ。止まるときは腹を足でしっかり挟んで手綱を引け。後は慣れだな。ちゃんと乗れるようになるまでアスを貸してやるよ。自由に乗りな」
それだけ言うと尻をぱしんと叩き仕事に戻っていった。
「さて。アス、よろしく頼むよ」
「ブフン」
その日から乗馬訓練が始まった。
「せい! ハッ、ハァッ」
馬上で二振りの刀を操る。振り下ろし、横に薙ぎ払い、馬と共に疾走していく。
《乗馬術》から《騎馬術》と修得し、昼と言うかほんの一時間くらい前に漸く《人馬一体》を修得した。このアビリティを取得してから手綱を引かずとも俺の意思を汲んで駆けてくれるようになったアス。騎馬術の時にはまだ手綱を握らないとならず、右で振るう刀は当然左側面に隙を作った。しかし、人馬一体となった今では両手で刀を操り、弓を引くこともできるようになった。もはや隙など感じさせない、と俺は思っている。
ただし、この《人馬一体》は馬との信頼関係が発動条件らしく、どんな馬でも可能、と言うわけではない。そのため一定条件をクリアさえすれば《騎馬術》がなくても習得可能らしいということがアビリティの説明から読み取れた。そのため習得しても馬が変ると発動しないみたいだ。
「なかなかやるじゃないか。もう馬で旅に出ても問題ないだろう」
牧場生活五日目の夕方に、ペイドさんからお墨付きを貰った。まぁ寝るときと食事以外の時間をほとんど馬の上で過ごしたのだ。現実じゃ出来ないことだ。体力的に無理な時はアスにもたれて休んでいる。ちなみに寝るのは動物と一緒。ペイドさんに認められていると安全地帯認定されるらしい。動物たちが守ってくれるのさ~。
いくらリアルに近いといってもそこはゲームだ。多少の無理は効くし、アビリティやスキルがあれば何とかなる。バーチャル万歳。成長ブースト万歳。ブーストなかったらたぶん俺は当分ここにいる気がする。
「これでユルも一人前だ。記念に馬を一頭、と言いたいとこだがあいにく此処の馬は全部国の管理になっててな。俺が勝手にやるわけにはいかんのだ。今、ミルスの街では馬は扱ってるとこはないからな」
ペイドさんの言葉で少しがっかりした。折角ここまで乗れるようになったのに意味ないじゃないか。
「じゃあどうすればいいんですか? せっかく乗れるようになったのに」
「そうだな、方法は二つ。ミルスから南西に三日歩いたところにカヴァーロって村がある。そこに行けば馬が買えるはずだ。もう一つはそのカヴァーロから西の森に野生の馬が集まる泉がある。そこで捕まえるかだ」
なんだ。方法は二つとか言いながらどっちにしてもカヴァーロまでは行かなきゃならないじゃん。
「カヴァーロですか、わかりました。じゃあそこで馬を手に入れます」
若干不満に思いながらも、これもゲームならではなのかもと思い話を進めてみる。
「おう、そうしな。ただ、人に飼われてた奴より野生の奴の方が脚も強いからな。俺としちゃ捕まえるのをお薦めするぞ。噂じゃ、どこかの森にはスレイプニルって奴が居るらしい。ありゃあ最高級の軍馬だ。是非ともお目にかかりたいもんだ」
ほほう。やっぱり野生の方がランクは上なのか。なら捕まえるにこしたことはないな。
「色々ありがとうございます。じゃあ俺は準備してから行ってみますね」
「おう。もし、いつかスレイプニルに乗れたら是非見せに来てくれ」
「もちろんです」
そうして俺は牧場を後にした。街で準備を整えて脱初心者、そしていざ冒険へ。
でもその前に。そろそろログアウトしておかないと明日に響きそうだ。