第十話
弓は射程が長く、奇襲もでき、相手が近づくまで時間が取れる。という利点があるが森の中で見通しが効くはずもなく、弓のアドバンテージはかなり低くなっていた。
それでも気にせずに単独で動く気配に向かっていったのは力を試したいと言う欲と、ラビィとの戦闘からくる油断だろう。
気配が探れるなら気配を消すこともできるはずと思ったら案の定だ。《隠行》を修得できた。
お陰で見つかることもなく標的を射れるまで近くに来たが。
「……ヤバい、マジでヤバいかもしれん。クソ! 忘れてた。ウルフって事は狼だ。なら集団でいるのは当然。なら単独でいるのも当然……」
そう、20メートルも離れていない茂みの向こうには、3メートルにもなろうかという熊が四つん這いで何かしていた。しゃがんでいたらしいのと、茂みで見えにくかったから気付かなかった。
デカイ。腕も太い。あれで殴られたら下手したら一撃で終わりそうだ。
どうする? 仕掛けるか? 引くか?
悩んでいた俺は重要なことを見落としていた。
それはこっちが風上だと言うことだ。
今までより少し強めの風が吹いた時、ベアの動きが止まり立ち上がってこちらを見る。
「しまった! ええい、やってやるさ」
先手必勝。弓をつがえてすぐさま射る。狙いは目。射線を確保しようとしたが、木が多い。もう少し近くに……って来た! 見かけより数段素早く、ベアが一気に近づいてきた。藪をものともせずに突っ込んできたのだ。慌てて放った矢は左腕で払われた。すぐに次を射て装備を変更。二刀を構えできる限りの内気功と身体強化で使い間合いをつめる。
「グラァグァ!」
二本目の矢はベアの腹に突き刺さった。一拍遅れて間合いに入った俺を待っていたのは右腕を振り上げたベアだ。近くになるとさらに動きが速く感じる。
俺はかなり焦った。森に入ったとたんに戦闘レベルが上がりすぎだろ。
攻撃を受けてはまずいと思い右に跳んで何とか避けた。跳んだ先には木があり、ぶつかりそうになったが何とか体を捻って足で蹴った。確認をせずに跳んだので少し焦ったが身体は無理な動作をちゃんと処理してくれた。さらに幸運にもベアに向かって飛んだらしく、目の前には手を振り下ろしたベアがいた。
「せ!」
三角飛びの要領で跳んだ反動か、ベアの頭の高さを超えていた俺はどうにか身体を捻り、強引に空中で逆さになり無防備な頭を狙う。流石に右腕を振り下ろした状態では防ぎ様のないらしくまともに入った。しかし足場のない空中でスキルもなし、打ち込むタイミングもめちゃくちゃな攻撃はベアの額をクロスに浅く切り裂くのみにとどまった。
「ガァ! グオォォ!」
着地を狙われるかと思ったが頭部への攻撃はさすがにベアを怯ませることが出来た。すかさず近づきSSで『閃』を放つ。右の一閃で腕を落とし続く左の一閃で腹部を裂く。やっておいて何だが腕が切り落とせてラッキーだ。
腹部が裂けたからか目に見えて動きの鈍くなったベアに飛びかかり、前宙の要領で勢いを付け踵落としで肩の辺りを蹴り付ける。ボキ、という音と伝わる感触で骨を砕いたのが分かったがまだ止まらない。油断すればこちらがやられる。
さすがに立っていられなくなったのか、四つん這いになろうとしたベアは、片腕がないのでバランスを崩し、右肩から地面に倒れ込む。すかさず背に飛び乗り首筋に左の刀を突き刺し、右の刀で挟むように一気に首を狩る。首から噴水のように吹き出す熱いそれを浴び、やっと戦闘が終わったと感じベアの背に腰掛け力を抜いた。
「なんとかなった。思ったより速かったわぁ。焦った~」
落ち着いてみると俺より速いってことは無かったのだが、それでもあの体格であれほど動けるとは思ってもみなかった。
「しかし、やたらと体がよく動いた気がする。三角飛びとかアビリティないはずだけど」
アビリティを確認してみたけどやっぱりない。しかし、いつの間にか《姿勢制御》と《ボディバランス》を取っていた。いつだろうか。
三角飛びはないので、アクロバットの影響だろうか? 試しに木に跳び、蹴り上げて方向転換してみる。すると木を蹴った反動でかなりの高さに飛ぶことが出来た。
その後も何度か飛び跳ねて蹴ってを繰り返し、踏むことが出来ればどんな状況でどんな体制でも足場に出来ることが分かった。体制が崩れないのは姿勢制御とボディバランスのおかげだろう。かなりトリッキーな動きをしても刀を振り回しても思いのままに体が動く。まるで忍者になった気分だ。
「こりゃいいや。とりあえず良かった。もう少し考えてから敵を探せばよかったわ。しばらくは少数のウルフ狩りで修行しよう」
正面から飛びかかるウルフを右の回し蹴りで蹴り飛ばし、反動で左手を一閃させ後方の一匹を斬り裂く。
蹴り足を戻しすぐさま跳躍し次を突き刺す。身体を反転させる勢いで引き抜き、飛びかかるウルフを斬り捨てる。
同時に三方向から飛びかかって来たので自ら右側のウルフに飛びかかり横斬りに一閃し、そのまま反転。二匹でもつれ合っている所を一方は突き刺し、もう一方は踏みつけて寸剄で止めを刺す。
森での戦闘を繰り返して四時間。もちろんゲーム内時間だ。時々森から出てラビィの肉を炙って小腹を満たしながら狩りを続けた。
外気功もある程度は使えるようになり、内気功と外気功からのさらに派生であるアビリティ《発經》を覚えた。そして体の何処であれ、練気さえ十分にして触れれば一瞬で經力を打ち込むができるスキル《寸經》も覚えた。
ステータスも
ユル 人
称号 製造マスター 鬼達の弟子
状態
装備 直刀「無名」、直刀「無名」、デイルのコート、デイルのパンツ、デイルのシャツ、アルトの腕輪
筋力 F+ 成長率 96%
体力 F 成長率 89%
敏捷 E+ 成長率 212%
器用 E 成長率 186%
知力 F- 成長率 86%
精神 F 成長率 96%
総合攻撃力 D-
総合防御力 E+
と、かなり成長していた。
ステータスが上がれば強くなるが、身体を動かすのは自分の裁量がメインなのでなれないとステータスが上がっても感覚が付いていかなければ雑魚と同じである。このことに気付いたのはラビィでの失敗があったからだ。
俺は街で色々と試し、取れる限りのアビリティを取っていたのと、成長をできるだけさせたい、と戦闘時以外でもアビリティを常時発動していたから結構成長したと思う。事実成長率は結構高くなっている。
このゲームの検証組と呼ばれる人たちが調べた結果らしいけど、一定の行動で熟練度がたまるとステータスが伸びる仕様らしい。
この熟練度はスキルやアビリティではなくキャラクター自体の熟練度ではないかと言う話だ。俗にいうレベルと言うやつに近いと思う。
その際の伸び率が成長率と基礎ステータス増加量だと言われている。基礎ステータスの増加量はキャラ作成時にランダムで決まり、種族によって割り振りが違うとみられるとか。
俺の初期ステータスを例えに上げると、基礎増加量が10だとして一番高かった成長率が3%だったはず。となるとステータスの増加量は0.3で10.3になる。これが今だと、一番高い敏捷が成長率212%になっているから増加量は21.2となる。というのが検証組の報告らしい。
ステータスの上昇条件なども運営側は情報公開をしていないので推測の域を出ないけど、そんなに的外れではないと思われている。
ただ基礎増加量が不明なため上昇値が分らず、成長していくと成長率が増えるためステータスの評価ランクが上がれば上がるほど振れ幅がかなり広いのではという憶測があるそうだ。まあこれもエルファ情報だけど。一体どこから情報を仕入れているのか詳しく知りたいところでもある。
まぁ、詳しいことは検証組とやらに任せておいてだ。どんな行動をするにしても常に反復行動し、全力を出していた。お陰で体力の消費と空腹は早かったが、身体能力の上昇、反応速度も上がっていった。
それと森でもアビリティ《縮地》《ダッシュ》《反射神経》《夜目》《武術》《強弓》《遠射》《連射》等かなりの量も増えていた。戦闘に関係のないとこでは、《サバイバル》《調理》、そして《自慰》まで覚えた。
ゲーム時間が経つのが早いこともあるが、時間があればゲームにインしているからか溜まっており、セックスは相手がいないから無理だけどオナニー位ならと試しにしてみたら修得してしまった。ちなみに効果は『性欲の上昇、抑制力の上昇』という隠れステータス? (意味あんの?)の上昇だった。
身体も反応も十分に成長したし、そろそろ次に行こうと思うが、その前に落ちて寝よう。明日に備えたい。予定の時間にはあと少しある。と言ってもリアルで言うと十五分もないけど。
街にもどるのに戦闘するのも面倒だし、木の上を移動しよう。森にいて気付いたんだけど木の上にいるとあまり敵に気付かれないらしい。移動するときも同じだった。初心者フィールドだけかもだけど。枝をよけて跳ばないとだし、時には枝を切り落としたりしないといけない。慣れるまでは大変だったけど慣れると移動が早く済んで楽だった。
「っくぁあ~……眠。さっさと街、ん?」
いくつもの気配が、かなりの速度で移動している。今まで森にいたけどこんな気配はなかった。何事かと思い気配のする方を凝視してみる。……見えた。
木の合間からだが見えたそれは、走る一人の人影とそれを囲んでいる二十匹前後のウルフだった。そういえば、森で人を見かけたのは初めてだ。
その影は走っていたが、前方に数匹のウルフが回り込んでいたのに気づき足を止めた。
その周囲のウルフも足を止め、円を描いて包囲していた。じわじわ縮む包囲網に火柱が立つ。どうやらあの人影は魔法をメインに使うらしい。よく見ると杖を持っている。炎に照らされた姿はどうやら女性だということが分かった。
いくらか火柱が上がり、ウルフ達の動きが鈍ったが確実に放置網は縮んでいた。
彼女は杖を構え接近戦に移るようだった。どうしようか、と悩んだがまだ敵は十数匹いる。もし見捨てて死んだとしたら後味が悪い。いらんお節介かもしれないが、と思いながら弓を構えた。