第一話
お待たせです
今作は感想にあった意見を取り入れております
前作とは大分違うのでご注意ください
大学も来週には夏季休暇が始まる。大学生活初の夏休みなわけだが、それ以外の理由で俺はかなりソワソワしていた。それは今、講義が終わった今も変わらず続いている。
「優。お前この後何するんだ?」
午前の講義が終わってすぐに声をかけられた。ソワソワしているのは俺だけじゃなく、俺に声をかけてきた健次も同じだった。
「今日の講義は午前中だけだから。昼からはバイト」
今日は昼に講義を入れてなくてよかった。正直、午前中はほとんど頭に入らなかった。
「マジかよ。俺も午後からキャンセルしようかなぁ。講義どころじゃねぇぜ」
「止めとけよ。お前の金曜の午後ってあの教授だろ? サボりとかにはねちっこいって話だぞ。それに午後の講義サボってもすることないだろ。余計に時間が気になるだけだって」
「ぬぅ~……俺もバイトを入れておけば良かったぜ」
健次はバイトも集中できない気がするが、それは言わないでおく。
「じゃあそろそろ行くわ。また明日、な」
「おう。着いたら連絡するわ」
明日が待ち遠しい。早くバイトに行って癒されよう。
キャンパスからバイクで二十分のところに俺のバイト先がある。その名も『ニャンどころ』。猫喫茶なんだがこのネーミングはどうかなといつも思う。時々変な勘違いしたお客が入ってくることもあるし。大体が夕方の酔っ払いではあるが。まあ、名前はとにかく猫たちの多くは俺の好みにストライクだからいいけど。
「おはようございます」
店の裏から入り、途中の厨房に挨拶をして一旦更衣室へと向かう。
更衣室には誰も居ない。みんなフロアと厨房にいるみたいなので俺もさっと着替えてネームプレートを付ける。さてフロアへ行こう。
エアシャワーを通りフロアへ入る。この店は猫の毛等を厨房に入れないためエアシャワーが二つある。料理も専用コンベアで厨房から直接フロアに運ばれる。返却口は水の中を潜らせ調理場とは別の洗浄室へ運ぶのだ。もちろんフロアは空気清浄機が複数台設置されている。なかなかにお金をかけている。しかもお給料も結構もらえるし中々良い職場だと思う。そんな理由で高校の時から働いている。大学もなるべく近くを選んだくらいだ。って流石にそれは冗談だけど。近くにいい大学があったのはホント。
「おはようございます。ユル入ります」
「おはようございます。ユル君入りま~す」
「は~い。ユル君入りました~」
フロアに入ってすぐのカウンターに声をかけるとフロア中に俺が入ったことが伝わる。これをすることでフロアに誰が居るか把握するためだそうだ。ちなみに出る時も一緒。
そうして俺はいつもの定位置へ。それは店の入り口にある一つの椅子だ。
入り口にあるそれはフカフカとした少しゆったりとしたサイズの一人掛けのソファーだ。つめれば二人座れなくないかな、というサイズ。ソファーのすぐ横には本棚もある。
そのソファーに腰を下ろすとすぐに膝の上に乗る猫がいる。テトである。
テトは俺がここに来た時からいる古株でボスの様な猫だ。毛が長く、少しでっぷりしている。顔は少しふてぶてしい感じ。それがまた可愛い。ちなみに雑種。
ここの猫たちは店長が拾ってきた猫がほとんどで、あとは産まれた子を引き取ってきたらしい。なので血統書付はほとんどいない。時々血統書付をもらうこともあるがそういった子はお客さんにもらわれていくことが多い。もちろん雑種の子たちも貰われていくが。
テトが膝の上でポジションを決めていると、肩に左右一匹ずつ、太ももの上でテトのお尻を枕に一匹。そして俺の横でソファーの空きスペースに三匹が猫団子を作り始めている。大体いつもの奴らで、肩に乗っているのは右がルル、左がモミ。テトを枕にしているのがテトと同じく古株のクロ。猫団子がハク、トラジ、シマジだ。あっという間に猫まみれになった。
ここでの俺の仕事は来たお客への案内と帰るお客の毛取り。ここの店は結構広く、簡単に仕切られている。猫喫茶だが漫画喫茶の様な要素もあり通路に置かれた本棚が仕切りの変わりだ。大まかには土足区画と裸足区画。土足区画は普通の喫茶店の様なテーブルセットと雑談室みたいに大きめのテーブルを囲むソファーがある。裸足区画は低いテーブルが幾つかと座布団だけのシンプルな区画だ。
回転率を気にするような店ではないので割と暇だ。正直こんなことでお給料をもらうのもどうかと思ったりもするが、店長曰く。
「宣伝料だと思えば悪くない」
だそうだ。このソファーのある場所はガラス張りで外から丸見えで、そこで俺が猫とまったりしているといい宣伝なのだそうだ。その宣伝のためか俺の制服はちょっと変わっている。変わっているというよりちょくちょく変わる。店長が仕事前に制服をロッカーに入れておくのだが、それが色々変わる。一昨日は燕尾服に似た服だった。店長の趣味か結構な確率でコスプレになるのだが、今日は久しぶりに他のスタッフと同じ黒のスラックスにスカイブルーのワイシャツにエプロンという格好だ。時々この格好になるのは店長の気まぐれか何かだろうか。
などと思っているとウニャウニャと騒がしくなりもう一匹やってきた。
「ミの助、お前か」
ミの助は名前でなく俺が呼んでるだけ。本当の名前はミーコ。でも俺はミの助と呼ぶ。雌だけど。他の猫も俺は割と愛称で呼ぶことが多い。
ミの助は背もたれを伝って頭にしがみ付く。ごそごそしながら頭の上にどうにか乗るとそこで動かなくなる。まだ生後六か月くらいなので乗せていてもバランス次第で何とかなるが今より大きくなるとたぶん無理だな。
太ももの上のクロ助――クロ――のお腹をモフモフしてぼけっとしていると意外と時間が経つのが早いと思う。
あっという間に三時近くになった。その間にお客は無し。まぁ、平日のお昼なのでこんなものではある。もう少しするとお客が増えるけども。
「ユルさん、こんにちは」
半分寝かけていたところに声をかけられた。ミの助はいつの間にかテトの上で寝ていた。彼女は常連さんの一人で名前は……覚えてないけど。夕方からが仕事らしいのでよくこの時間に見かける。
「いらっしゃいませ、というかありがとうございました」
奥から出てきたので帰るのだと気が付き言い直した。毛玉取りとコロコロローラーを手に立とうとすると、
「猫ちゃんいるからそのままでいいわ」
と言いソファーに近づいて軽くしゃがむ。地味にやりづらいのだが文句は言うまい。前かがみになっているので胸元が素晴らしい。ごちそうさまです。
身体の前側と背中側を毛玉取りで撫でてローラーをかけて猫の毛を取る。最初のころは男の俺が女性客の体にローラーをかけたりするのはどうかと思ったが、俺の容姿のせいか苦情も出ないし、店長も俺に仕事を振ってくるので今では気にせずに役得くらいの気持ちでやっている。もちろん男性の時も俺の仕事だけど。
ちょっと取れにくい頑固な毛を軽いボディタッチと絡めて取り除く。
「…………はい。終わりましたよ」
「ありがとう。また来るわね」
そう言って彼女はテトとクロ助を撫でて出て行った。
その後は寝ぼけたモミの助が肩から落ちたり、来たお客にシマジやクロ助、ミの助を渡して席に案内したりとしてのんびり過ごした。
「それじゃ俺はこれで上がりますね」
「はい、お疲れ様でした。ユルさん上がりまーす」
「はーい。ユルさん上がります」
二十時、俺は大体この時間に上がらせてもらっている。今日は少し混んでいたのか他のスタッフとあまり会話はなかった。俺は暇だったが。これで同じ給料なのに苦情が出ないのが不思議だといつも思ってしまう。申し訳ないと思うが、一度そのことを伝えるとみんな気にしなくていいと言ってくれた。いい人たちだと思う。
仕事が終わってすることが無くなってくるとすぐに明日のことが気になってソワソワとしてくる。明日にはアレが来るかと思うとついついバイクのアクセルを吹かしそうになる。
「おっと、危ない。事故でもしたら阿保らしいぞっと」
フルフェースの下で一人呟きながら走らせる。気が昂るからか独り言が多くなっている気がする。
「まあいいか。こんな日は早く帰ってさっさと寝るに限る」
そうすればすぐ明日だし、と子供じみたことをまた一人つぶやいていた。ふと、すぐに寝られるかと心配になり、今日はちょっと料理する気も起きなかったので途中にコンビニによって晩御飯に加えビールとツマミも買って帰った。
翌日、俺は何をするでもなく歩きまわり、時計を見て時間を確認して、椅子に座ってみてはまた立つ、ということを繰り返していた。
昨夜、ソワソワしたまま潜り込んだ布団で寝られるのか心配していたけど、気づいたら朝だった。ちなみに目覚ましはベランダからの健次の乱入だった。お隣さんだからできることだが、遠慮なく窓をガンガン叩くのはやめて欲しい。割れたらどうする。時計を見るとまだ朝の四時四十分だった。迷惑な。
俺を起こした健次はハイテンションで飯を作れと言ってきた。こんな朝っぱらからか。自分で作れと言ったら、
「俺よりうまい飯を作れる奴がいるんだ。普通頼むだろう」
と言ってきた。いい加減慣れてきたことだが、小母さんは一人暮らしを心配したというよりも生活面の管理を頼みたかったんだろうなと思う。
俺が住んでいるのはマンション。アパートではない。賃貸マンションだがかなり広い。3LDKに一人で住むのはかなり贅沢である。広すぎて寂しい気もするけど。
なぜこんなところに住んでいるのかというと理由は先も乱入してきた健次だった。
健次とは幼馴染で実は親同士も幼馴染。その健次のお祖父さんはかなりの地主で俺たちが中学になる頃に他界した。その時の遺産相続で分かったのが隣の県にも土地等があったこと。まぁ隣の県と言っても車で十分も走ればすぐ県境という立地に住んでいるので不思議はないのだけど。どうやらお祖父さんが巧妙に隠していたらしい。弁護士から知らされるまで誰一人知らなかったそうだ。しかも土地と貯金込みでかなりの金額だったそうだ。
その中に幾つかマンションがあり、そのうちの一つが今住んでいるマンションだ。
健次と同じ高校をめざして合格したときに、このマンションの話を初めて健次から聞き、一緒にマンションから通おうと言われた。
どうやら健次は一人暮らしがしたかったそうでマンションのことを知ったとき、高校はこのマンションから通学したかったのだが小母さん達が反対したそうだ。それで何度か交渉した結果、俺もそのマンションに住むのならということになった。
この話を初めて聞いたときに、健次がやたらとあの高校の入学案内を進めてきた理由を知ったが、俺もほぼただ同然で一人暮らしが出来るという事実に、むしろ感謝した。
そんなわけでお隣さんの健次に起こされ食事後今に至る。健次は食事を済ますとすぐに部屋に戻っていった。落ち着かないから走ってくるとか。出来れば巻き込まないで欲しかった。もう少し寝かせていてくれれば今ほどソワソワとしなくて済んだかもしれないと思うと少し恨めしい。
そう思いながら徐々に時計を見る回数が増え、午前六時を後数分で迎えるころには時計から目が離れなくなってきた。
時計は六時を過ぎた。特別料金の早朝時間指定なのでそろそろ来るはずだと若干イライラしてきたとき、インターホンが鳴り来客を告げた。
俺はテーブルの上にあった印鑑を引っ掴み、脱兎のごとく玄関へ駆けた。
「来た来た来た来た来た、キター!」
受け取った荷物をゆすらないように、しかし可能な限り素早く部屋に運び込んだ。俺のもとに届いた荷物、それはVRMMO《New Life》のソフトとヘッドセットだった。
荷物を慎重に床に置いた後、意味もなくクルクルと回り、歓喜の悲鳴を上げる。半年間待ち続けた俺に興奮するなと言うのは無理な話だった。
俺はベランダから健次のベランダへ渡り、不用心にも鍵の開いた窓から部屋の中に入り声をかけた。
「健次! キター!!」
興奮しすぎでテンションが上がった俺は叫んでいた。すると奥、というか玄関の方からどたどたと走って健次がやってきた。
「なんだって!? 俺はまだだぞ」
隣の部屋なのに! と憤る健次。流石にあのサイズであの重さの荷物を二つも持っては来ないだろうな、と思ったのはかなり後だった。もちろん今はそんなことは考えもしなかった。
「《New Life》きたぞ! 健次はまだか? まだなのか? 先にいくぞ」
「ちょ……待て! 一緒にって約束だろ!? ってかマジか? マジで来たのか!? 俺んとこはいつに」
健次は焦ったように応えるが、その時インターホンの音が響いてきた。
健次は目を見開き、すぐさま身を翻して走って行った。
「……お~い、健次?」
無言の時間が過ぎ、そろそろ戻って準備しようかと思った頃。
「……ぉぉぉおお! キター!!」
俺よりも遥かに興奮した健次が鼻息荒く叫んだのが聞こえた。