ソウリュウ
「・・・っつぷ。」
気持ち悪い。盛大に吐きそうだ。
いくら他人の金だとはいえ、頼みすぎた。
「・・・大丈夫ですか?もう少しした先に、私の家がありますが、休んでいきますか?」
心配そうに柳が九華の顔を覗き込む。
九華はふるふる、と頭を振った。
一刻も早く家に帰りたい。
早くもふもふのベッドでごろごろしたい。
「そいつん家、ここ右なんで俺送ってきます。ありがとうございました。」
帰るぞ、と九華を背負おうとするこうちの姿を見て、柳がああ、と声を発した。
「なら送っていきますよ。朧車を呼んでおきました。彼女も早急に帰りたいでしょうから。」
そうこうしているうちに、真っ黒のクレヨンで塗りつぶしたかのような夜空から赤く光る物が此方へ向かってきた。時刻は丑三つ時。そろそろ店仕舞いで、灯りがひとつ、またひとつと減ってきていた。
「お待たせいたしましたあ~」
げひひ、と妖怪特有の笑い声で巨大な顔は笑った。
はい、と札を何枚か渡し、柳は九華を支えながら朧車に乗り込んだ。
「いなほ・・・は、白君が送ってくれるかい?こうちさんはどうする?一緒に乗るかい?」
(さすが分かってるじゃないっつ。何年も一緒に居るだけあるわね、柳君っつ!!)
ぎゅっつ、と白の腕をつかむ。見上げた白は、何かを考えているような顔をしていた。
「いやあ、俺竜なんで・・」
(辛くね?俺辛くね?いやいやいくらなんでも一緒には帰れないっしょ!どう考えたって邪魔者じゃんっつ!!)
「こうち、九華を送り届けてくれるか?それから、軽食を作ってやって欲しい。」
白の珍しく焦ったような声色に、へ?とこうちは顔を上げる。
表情には少しの焦燥が見て取れた。
(へえ?それは母性本能ってやつかあ?まあ、確かにこいつはほっとくとろくな食生活を送ってないし・・)
「分かった。任せとけ。」
こうちの返答に、わずかな安堵の息を白は漏らした。
* * * *
「ほら、着いたぞ。起きろ。」
相変わらず入る事をためらう扉。
大きく女に化けた鬼の姿を描いた浮世絵は、彼女の前の住人が描いた物だという。
彼女自身は気に入っている。途中提灯小僧から買ったぶら提灯に中に入って灯りを付けるよう頼むと、九華を下ろして浮世絵に話しかける。
「ただいま。入っていいか?」
いつものように用件だけ告げると、浮世絵の女の顔の目がゆっくりと動いた。
「い~ら~っしゃい~。い~よ~。」
この浮世絵はもともとぬりかべだった。前の住人に好き勝手絵をかかれてからは浮世絵に合わせて動くようになった。喋るのがゆっくりなのが特徴だ。扉がゆっくりと動いた事を合図に、彼女を背負い直す。
相変わらず中途半端に片付いた部屋。提灯の灯りを頼りに、障子をあけてもふもふの黒い布団に九華を下ろす。
「・・・ャ・・。ま・・・」
どうやらうなされているらしい。
雪女から貰った冷気の袋を開け、九華にかけてやる。苦しそうな表情をしていた九華は、幾らか柔らかい表情になった。
「・・・おやすみ、九華。」
額の汗を指ですくってやると、ん、と小さく呟いてやがて静かに寝息が響いた。
* * * *
「・・・・っ、はっ!おま・・・な!!!」
怯えるように此方を見上げる猫に背を向け、自分の影が落ちる犬に最後の一手を、と刀を振り上げる。
「こ、の・・・・っ!!裏切り者っ!!!」
ーーーーさようなら。
返り血は、跳ねなかった。