イナバ
「久しぶりだね。白くん。元気にしてたかい?」
見るからに高そうな座敷。どこからとってきたのやら椿の枝には珍しい金椿が咲いている。
目の前の二人は豪華な友禅や金加工を施した着物を着ている。
それに比べて九華達は任務帰りだから動きやすい格好だ。
(場違い感半端な・・・隣の娘は気にしてなさそうだけど。)
こうちは早々後悔していた。
目の前の柳と名乗る白と金の和服に身を包む青年は、長細い目をにこ、と三日月にした。
「ああ。久しぶりだな柳。」
なんだかんだ嬉しそうに返事をする白に、こうちはへえ、と関心した。
(わかりやすいんだね、意外と。)
長い髪を一纏めにした白は、男のこうちから見てもかっこいい。
しかし、と言葉を繋げる柳は、品書きに目を奪われている九華に目を移した。
「やっと君にも想い人が出来るとはね。よかったよ。昔は恋愛なんか興味ないって顔してたから。」
「・・・ちが・・・」
「おや、違うのかい?なら遠慮なく口説かせてもらうよ。彼女のようにかわいらしい方は初めてだ。」
柳の言葉にちっ、と白が舌打ちをする。
当の九華は使いのウサギに注文を頼んでいる。
高級料理ばかりを頼むあたりは抜け目ない。
(ざまあ見なさい。可哀想な子っ!!誰よりも一緒に行動しているのに誰よりも意識されてないだなんて。所詮貴女の魅力はその程度。私が全勢力を持って白君を落とさせてい・た・だ・き・ま・す。)
という本音を最大限の笑顔でもって隠したいなほが、こうちへと笑顔を向ける。
「ねえ、こうち君は彼女いないの?知りたいな?」
(まずは一番関係ない差し障りのない人間から恋愛トークを盛り上げさせて・・・)
「ん?ないよ?」
サラッッ!!といっそ気持ちの良い笑顔でこうちが答えた。
(この女ァ・・・この前俺が彼女に振られたばかりって知ってんだろ?お前もその場にいたもんな?ずっと引っかかってて今思い出したけどお前の友達だもんね?マジで通行人Aくらいの勢いで覚えてなかったから思い出すのに時間かかったけど。それとも何か?俺か?本当は俺がずっと気になってたのか?ああん?)
半切れ状態なのはおくびのもださず、「モテナイカラネー」とこうちは笑顔で言ってのけた。
(こんのくそガキ・・少しは役に立てよ会話終了しちゃったじゃんどうすんのこの空気・・・何の為にお前も連れてきたと思ってやがる。・・・作戦変更。ダイレクトにアピール!!)
「私もいないです。もちろん、好きな人はいるんですけどね?全然振り向いてくれなくて・・っていうか会えなくて。こうして久しぶりに会えて嬉しいな。」
ちら、と白を見る。が、白は柳と話し込んでいた。
(まるで聞いちゃいないっ)
心の中で涙を流しながら出てきたオードブルをつまむ。さくっとした食感に、濃厚な甘味と酸味。初めて食べる。
「・・・それ、食べ物じゃないですよ。ハエ取り草が叩き落とした血吸い玉虫。」
のそっ、と起き上がってゆっくりとしたペースで話す九華から告げられたのは、衝撃的な事実だった。
「・・・・っつ!?!!?!?!?!?!?!?!」
涙目でむせながら必死に吐き出す。
血吸い虫?冗談じゃない。あんな恐ろしい形態をした虫を口に入れたと考えるだけでゾッとする。
汚いですよ、と柳が差し出してくれた水を必死で口に含んだ。
ふわり、と視界が浮いた。
白が、いなほを持ち上げたのだった。
「・・一応消毒するぞ。他人の血だからな。」
(・・・優しい、なあ。)
ずっとそうだった。転んだいなほに、手を貸してくれる友達は居ても、治療するところまで連れてってくれるのは、彼一人。その優しいところが、たまらなく好きだった。
(大好き、だなあ。)
ぎゅ、と気づかれないように背中に回した腕に力を込めた。
「・・・私の、場所。」
机に顎を付けたまま成り行きを見守っていた九華は、無意識にそう呟いていた。
呟いた言葉を自分で理解して、ん?と首を傾げた。
「九華。これおかわりいるだろ?」
こうちが九華の隣で前かがみになる。
首元にこうちの長い髪が当たってくすぐったかった。
(・・・そういや。)
遠い昔に、初めて恋をした人も確か、髪が長かった。
顔も忘れているから、恋と呼んでいいのかは分からないけど。
もやっとした感情をかき消すように、九華は使いのウサギに注文した。
「マツタケと子安貝の燕の涙ソース添え10人前。下さい。」