ミズチ
「・・悪かったって。なんかおごるから許して。」
前を歩く不機嫌なこうちに九華は面倒だ、と思いつつも逃げた事はこっちに非があるので謝る。
こうちはけっ、とでもいわんばかりに顔を背け、口を開いた。
「いいよなー。だあれかさんは危険を察知できんだからよお。それを教えてくれてもいいんだと思うんだけどねええ?」
・・・ちっ。めんどくさい。
「やっぱ怒った・・・。」
隣の白にだけ聞こえるような声でうげえ、と呟く。
白は表情を変えずにああ、と返事をした。
「まあ、あいつは希望の物を買い与えればたいてい機嫌は直る・・・」
「さっきから聞こえてんだよごるあ。嫌がらせか?ん・いじめか?」
「・・っあ、こうち、前っつ・・・・!」
九華の警告よりひと足早く、前を見ていなかったこうちが女の子にぶつかった。
これは、私は悪くないはずだ。うん。
「・・・つ、すいません、お怪我はありませ、ん、か・・・・?」
こんな、事って。
ぽかん、と口を開けて間抜けな顔を晒している九華を、白が咎める。
いや・・でも、こんな少女漫画的な事があってたまるか・・・
「ああん?さっきのにいちゃんじゃねえか。どっこ見て歩いとんじゃワレェ!!」
けっ、と唾を吐き出しそうな勢いで毒づくこの親父は、どっからどう見ても・・・
ウサ耳親父だ。
ぶつかったのは・・・・ウサ耳親父の子供だろうか。
随分かわいらしいお嬢さんだ。
お嬢さんはあっ!と白を見て声をあげた。
「・・・白くん?白くん、よね?」
おおきな瞳をウルウルさせ、肩でふわりと切りそろえられた美しい髪と可愛らしいその声は、女の子のカワイイ代表といっても過言ではない。正に九華とは正反対だ。尽くしてくれそう。
「ん・・・・いなほか。久しぶりだな。」
いなほ、と呼ばれた少女は満面の笑みで白に寄る。
「うんっ。白君たら、薄情で連絡もくれないから。ずっと会いたかったんだよ?」
「・・・何このドキドキ恋愛メモリアル。」
ぼそっ、と呟けばいつの間にか隣に来ていたこうちがうーん、とうなる。
「男はああいう女に弱い・・単純だから。いい匂いするし。」
横でうなるこうちを殴り、二人の観察を続ける。
するとウサ耳親父がなんじゃい、と呟いた。
「知り合いか?いなほ。わしゃ、ちょいとタバコでも吸ってくるから、ゆっくり話したらええ。」
そういって親父はそにお場から離れーーーーず、物陰に入ってこちらを観察してきた。
うっぜええええそんなとこから観察するくらいなら最初っからここにいろやああ
「・・・寺子屋時代に一緒だった、いなほだ。」
白がくるりとこちらを向き、紹介してきた。
「いなほです。干支は、兎。白君とは幼馴染です。よろしくね?」
スッ、と手を差し出されてなんとなく手を握る。
「どうも。・・九華です。干支は、鼠・・・。」
じーっつと、九華を観察するような目で見てきたいなほは、男物の白の羽織を羽織っているのを見ると、にこっ、と満面の笑みでよろしく、と言ってきた。ふわりと香る、ベリー系のにおい。
うへえ・・・苦手なタイプだ。
「俺はこうち。干支は竜です。よろしくね、いなほちゃん。」
こうちが意気揚々と手を差し出す。するとウサ耳親父の視線が鋭い物に変わった。
うっぜええええそんな大切なら首輪でもつけてしまっとけよ!!!
「ねえねえ、これから暇?久しぶりに一緒に遊びましょう?柳も居るんだよ。みんな、白君に会いたがってるよ。寺子屋を卒業してから、全然連絡くれないんだもん。」
「・・・いや、俺はこれからこいつらと夕飯を・・・」
「あ、ならっ、九華さんたちも一緒に来たらいいわ。お代は気にしないで、私たち、優待券もってるのよ。丁度、三門屋でご飯を食べようと思っていたの。柳もそこにいるよ。」
「ねえ、いいでしょう?行きましょう?」
白の腕にしがみついてにこ、といなほが微笑む。
(ふふ。この朴念仁に珍しく女の影があると思ったらただの班員・・・それにこの女、あくまでも自分は関係ないですスタイルを貫く算段・・・なら奪ってもいいわよね?だってあなたはあくまでも関係なーいいんだから。胸はたいそう立派だけど・・・時代は貧乳・・・そう、品乳なのよ。あんたはその時代の産物と共に指くわえて見てるがいいわ。あなたのたーいせつな班員が奪われていく様を・・・・)
けっ、と黒い笑みをいなほが零す中、九華とこうちは別の事で頭がいっぱいだった。
(み、三門屋、だとっ・・・!?バカな、あそこは自分達の給料1か月分の価格がする店・・・中でも目玉料理はマツタケと子安貝の燕の涙ソース添え・・・誰しもが一生に一回は食べてみたい産物!!)
「いや、今日は班員で・・((ばっきゃろー!!!))
慌てて白の口を塞ぐ。九華が白の説得役に回り、こうちが代わりに返事をする。
本来なら絶対に関わりたくない人種だが、高級料理が食べられるとなれば別だ。
干支団の給料だけで生活している九華にとって、千載一遇のチャンスだ。
(他人の好意を蔑ろにするなって習わなかったかっ!?!?三門屋だぞ!あの三門屋!!)
「勿論、行かせていただくよ。白の級友ともお友達になっておきたいしね。」
にこ、とこうちが笑う。
その言葉に少女はパッと笑顔を見せ、白の腕を引っ張った。
「きまり。じゃあ行きましょう?」
不服そうな白の背と二人でいなほから見えない位置から蹴飛ばし、じゃあ行こうか、と二人は歩き出した。