ビャッコ
暗い路地を駆け巡る。
目が悪い九華には悪条件だが、前を走る白とこうちの音でカバーする。
とん、と壁に着地した時、九華の足元から一匹の連絡用のネズミが肩へ登ってきた。
ヂューーーー!!とけたたましい鳴き声をあげる。
「・・・ここから西南西、100メートル先に居る、降りよう!」
九華の言葉に先頭のこうちが頷き、屋根から塀へと降りる。それから竜を呼び寄せると竜に乗り、先を急いだ。後ろを白が駆ける。
「みーっけ。」
すとん、と少女の前に降りる。
口元は大量の血。周囲に肉片。どうやら他の人種を食べていたようだ。恐怖に顔を歪める彼女は、後退りする。反動で頭巾がはらり、と取れ、猫耳がちょこん、と現れた。
後方に逃げようとする彼女の前に、白が立ち塞がり、上からはこうちが龍に乗りながら頭上を飛んでいた。
「・・・っ!こ、の、外道があっ・・!」
少女は牙を剥き出しにし、九華の方へと襲いかかって来た。
「・・・・」
身体を反らして交わしながらぐいっ、と紐を引っ張ると、少女の身体がぶらん、と浮いた。
「な、なにっ・・・!?」
少女は目を白黒させ、顔を引きつらせた。
少女が気付かないうちに取り分け素早い鼠達に少女の足元を紐でグルグル巻きにさせた。
おかげで少女は松の木から逆さで吊り下げられている。着物がだらしなく肌蹴ている。
「あーあ。見た目からか、そいつが一番弱そうに見えるかもしんないけどなあ。」
こうちが頭上から頬杖をつきながら呟いた。
「そいつがこの中では一番強いぜ。」
あ・・あ、と最期を悟ったらしい少女が言葉を漏らす。恐怖からか、がたがたと震えていた。
ねえ、知ってる?
この世は、賢くなきゃ生き残れない。
「・・・御愁傷様。サヨーナラ❤︎」
最期は、とびきりの笑顔で。
「・・此方三班。此方三班。任務完了しました。通常へ戻ります。」
伝書用に各班渡された鳩にそう告げ、三人は歩き出す。疲れた。帰って寝よう。
くあ、と堪え切れない欠伸をすると、こうちがそういえば、と口を開いた。
「あの子も、心を寄せてたみたいだな。『火車』に。」
ほら、と差し出されたこうちの手には、小さな火の玉が燃えながら揺れていた。
この世界の大罪人、「猫又」の中でも最強最悪の猫又。革命を起こそうとしている、反乱分子の頭が、「火車」。彼のシンボルが、燃える車輪だ。
彼は猫又達の心の支えになっている。
いつか、堂々と暮らせるように。
ふ、と笑う九華は、火をぎゅ、と握り消した。
(そんなの、無理なのにね。)
「あ、なあなあ。新しく出来たラーメン屋行こうぜ!」
こうちがキラッキラした目で此方を見てきた。面倒くさい。
「そうだねえ。家まで竜で送ってくれたら考えるよ。100年後ぐらいに。」
「えー・・いいじゃんか!つかお前ソレ絶対考えないだろっ!」
「かんがえまちゅよおっ。気が向いたら。」
「だーかーらーお前それえ!」
「うるっせえな!痴話喧嘩なら他所でやりやがれ!」
ド迫力のウサ耳親父がバァンッ!と裏戸を開けて飛び出してきた。
同時にボキッ!と音がした。
壊してます。壊してますよ親父さん。扉壊してます。
つかウサ耳ってどんなキャラだよしまっとけよ誰得だ。
面倒なのでこうちを残して白と共に死角になる塀の上に避難したので、実質こうちが一人ぽつーん、と竜の上に乗って浮いていた。
ウサ耳親父の顔が怪訝な物に変わる。
「おめえ・・・一人で騒いで・・いや、なんだ・・・その、悪かった。」
触らぬ神にたたりなし、とくるり、と態勢を変えて戻って行く。が、壊れた扉を見つけた瞬間またくるり、とこうちの方向に向き直った。
「てんめえ!いくら話し相手いないからって壊すこたぁねえだろ治しやがれ!」
「いっ!?」
ぎょっ!とこうちの顔が真っ青になる。
おいおい壊したのはオッさんだ。
いくらなんでも言い掛かりすぎる。
こうちがギョロ、と此方を睨みあげてくる。やべっ。
行動しようとする前に身体がふわりと浮いた。白の腕の中にすとん、とおさまる。そして白は塀の上を走り出した。
「・・あーあ。どやされんな。面倒くせえ。」
ぽつり、と呟いた言葉はひどく夜闇に響いた。
「・・・まあ、いいんじゃないか。二人で怒られよう。」
至近距離で下から見上げる白の顔は、出会った時より筋肉質で、表情は珍しく楽し気だった。
腕の中から見上げた夜空は美しかった。