ヒューマン・トラフィッキング
「あーあ。ありゃ、エンジンやられちゃったね。新しい、販売先が見つかったと思ったんだけどな、残念」
アイリは、手で双眼鏡を持つような仕草で爆発した漁船を見遣っていた。
「もしかしたら、さっき私達が売りつけた銃であの漁船が撃たれたのかもしれないとか考えたら、なんか海賊に悪いことしちゃったような気がするよねえ、リタ」
体を反転させ、視線を漁船からリタへと移す。
「海賊に良いも悪いも無いのではないでしょうか。人の良い海賊はいるかもしれませんが、海賊を生業としているような人は、世間一般では皆一様にして悪い人ですからね」
「その言い回しの仕方面白い、貰った」
そして、視線をリタから少女へと移した。
「さてさて、ニナ・エカテリーナ隊員。何か聞きたいことがあるんじゃないのかね?」
アイリに、ニナ・エカテリーナと呼ばれる少女は、短い金髪に水兵服を着た、どこかの令嬢を彷彿させる――少なくとも、奴隷だったとは到底思えない少女であった。
「どうして?」
「どうして、とはどういうことだい? 自分の口で言って貰わないと分からんぞ、ニナ?」
アイリには、本当は何を聞かれているのか分かっていた。恐らく、どうして私を助けたのか――だ。分かっていて尚、それを聞き返すことには意味がある。それは、アイリが察してやるのでは無く、自分から口にすることに意味があるのだ。
奴隷生活をしている場合、返事はイエス以外は口答えとなる。自分の主張をすることも出来ず、無理矢理な抑制をされるため、極度のコミュニケーションに不足陥るのだ。心身共に傷付いた者は、コミュニケーション障害になる可能性が少なからずあるのだ。ニナのように幼い子供にとっては特にである。
だから、ニナ自身の口からアイリへと質問を聞かせることによって、自分の意見を聞いて貰えると言うことを認識させたのだ。
「どうして私を助けたんですか?」
「助けた? 私が? 戦地へ赴く武器商人に買い入れられたことがニナにとって助けだったなんて思いもしなかった」
アイリは、茶化すように笑いながらニナへそう言った。
「私はただ……」
ニナは俯きながら言う。
「戦場以外に世界を知らないだけ」
「そう、ニナ。お前は、何も知らない。だから」
アイリは、指を三本立てる。
「ニナには、選択肢を与えよう。一つ、もう一度奴隷として薄汚い部屋で一生を終える。二つ、身分を偽り、自分に嘘を付いたまま、どこかで忍びながら暮らす。三つ――」
アイリは、体いっぱいに手を大きく広げる。
「私たちと共にこの広大な世界を見て回り、真実を見定める」
ニナには、迷いは無かった。戦場で銃を握り、また奴隷として過ごす日々がニナにとって全てだったのだ。その檻から出してくれると言うのなら、例えその差し伸べられた手が武器商人でもあっても構わなかった。
「私に世界を見せて下さい」
少女の瞳からは、その言葉が本意気であることが伝わって来た。アイリは、シシシシッと笑みを見せ、アイリから手を差し伸べられた手を、ニナはそっと握り返した。
そして、アイリは言う。
「ようこそ、ニナ・エカテリーナ隊員」