シット・アウト
「では、先程の取引、くれぐれもお忘れなきようお願いします。ハマドゥ・アッバス船長。我々の信頼と実績に傷が付くだけでなく、船長も傷を負いかねませんので」
「ふっ、何もかも調べ済みだったってわけか」
アッバスは、全てを悟ったように鼻から息を吐き出した。
「あと、家族は最初から交渉の手段としか考えておりませんので、一切の手出しをしておりません。それは、ご安心ください。あと、その商船のことですが我々の目的は既に果たしましたので、身代金を請求するでも、乗組員を売るでも、好きにして構いません。後のことはそちらにお任せ致します」
そう言い、軍用ヘリコプターへと合図を送り、退かせた。
「ヘリをどかしたら、俺達が背中をコイツで打ち抜くかもしれねえぞ?」
アッバスは、AK-47を握り締め言う。
「それもそちらにお任せいたします」
アイリは笑みを見せながらそう言うと、拍子抜けした顔をし、そして――大きな声で笑いながら商船を放棄するよう伝え、下っ端の海賊たちと共に漁船に戻って行くその背中越しに、アイリは言う。
「間も無く、時代は大きなうねりに飲み込まれます。そのうねりに飲み込まれないようしっかりと見据えることです」
「肝に銘じておこう」
アッバスもまたアイリの方へ視線をやることなく、そう言い返した。こうして、アイリは奪われた荷物を回収且つ、商談まで取り付けたのだった。
ソマリアへ帰港する漁船。
「船長。あの商人はともかく、何故さっき襲撃した商船から身代金を要求をしなかったんですか! 後のことは任せると言っていたのなら、取れるものは取っておくべきです」
下っ端の海賊がそう思うのも無理は無かった。民間武装ガードを採用したり、各国の海軍による海賊対処活動や各商船における海賊防止対策等が功を奏していたソマリアは、海賊による事件が大幅に減少していたのだ。それは、同時に収入も大幅に減ることを意味しており、元の漁師に戻る海賊も多かったほどだ。
しかし、一部の政府関係者と海賊との関係も噂されており、ある意味で政府公認の海賊自体が無くなること当分はないのだろう。ただ、海賊行為のし難い現状となっているのは事実なのである。
「いや、今日はもうそう言う気分じゃねえんだよ。なんだか無性に、家族と一緒に飯が食いたくなっちまったんだからよ」
アッバスは、遠い空をぼんやりと眺めながら煙草を吹かし、首から下げていた、ロケットペンダントを徐に取り出し、家族の写真を眺めながら、そして――世界は一瞬にして真っ白に変わり、激しい爆発と共にその時を知らせたのだった。