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トライアングル・トレード

「いや、しかし。この船には、酒や石油製品、電機器具以外には何も積まれていなかったはずだ」

「確かに、荷物と同じ様には積んでいないでしょうね」

「まさか」


 アイリの意味深長な発言に海賊はそれに気付き、慌ただしく甲板をあちこち踏みつけ始めた。そして、一箇所だけ音が響き渡る床を見つけた。それは、その床の下が空洞になっていると言うことだ。


 その辺りを手で触ってみると、意識しなければ分からない様な小さな取っ掛かりがそこにはあった。そこに指を掛け、床を開けて見ると、そこには確かに空間があり、そして――少女はそこで鎮座していた。


 その少女は、暴れる様子も無ければ、抵抗する様子も無く――ただ、そこに居るだけであった。海賊は、その少女を抱き抱え、アイリの所へと戻って行った。


「言っていた奴隷はこの少女で間違いないか?」

「いえす」


 海賊はその言葉を聞くと、リタへ向かって少女を放り投げた。リタは器用に銃を離すことなく、片手で抱きしめる様な形でその少女を受け取った。


「確かに。では、契約通りジブチ港の奴隷商人への現金の支払いを宜しくお願いします。逃げても構いませんが、もしそのようなことがあれば、然るべき対応を取らせて頂きますのでご了承を」


 アイリは、笑顔でそう対応した。


「一つ聞きたい。なぜ、この船には奴隷が一人しか乗っていないんだ? もし、この船が奴隷船だとしたら、ある程度の人数が乗っていないと可笑しい。この奴隷一人の為に船を動かしたわけでは無いだろう? 枷も何も付けずに置いておくなんて在り得ない」

「その答えは、三角貿易と中継貿易です」


 二つの国の間で国際貿易をする際に、貿易の収支が長期に渡って不均衡であると、赤字国から国際通貨が流出し続けることとなり、その国は貧困化することとなる。そうならないよう、多国との貿易によって均衡を目指す策がある。


 例えば、ヨーロッパの奴隷商人は武器、ガラス製品、鉄塊、綿織物、ジンを船に積み込み、西アフリカまでこれらを運ぶ。次に西アフリカでこれらの商品と奴隷を交換し、西インド諸島やブラジルまで運ぶ。そして、奴隷を砂糖、コーヒー、綿花と交換し、最後にこれらを積み込みヨーロッパに戻るのである。


 ヨーロッパから西アフリカへ。そして、西インド諸島からヨーロッパへ戻るという三角形の航路が成立し、これが三角貿易と言われたのだ。


 これらの背景には、17世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパでは喫茶の風習が広まり、砂糖の需要が高まったのだ。それに伴い、砂糖を生産する西インド諸島及びブラジル北東部などでは労働力が必要となり、結果的にこのような貿易が成立したのだ。


「この子は、イラクから出航し、パキスタン、イエメンへと渡って行き、そして、イエメンから中継貿易の為の物資を積み込まれた商船へと乗り換え、海賊に襲われた。つまり、貿易のおまけとして乗って来たから一人と言うわけです」


 中継貿易とは、加工貿易とは異なり、他国から輸入した商品をそのまま別の他国へと輸出する貿易のことである。ジブチは、エチオピアの海上貿易のほとんどを担う中継貿易国家なのだ。


「あと、何故か枷を付けなかったのか――と言う疑問に対する納得いく答えを持ち合わせていませんが、強いて言うならこの子には、自分の目で広い世界を見て欲しかったのですよ」

「あんな地下に押し込んでおいてか?」

「いいえ、三角貿易間は甲板に居たはずです。ソマリアからジブチ間は、隠しておくよう指示しておきましたので、実質奴隷としてでは無く、一人の少女として過ごしています」


 海賊は、一瞬間の抜けた顔をし、小さく笑みを溢した。


「なるほど。あなたは、今まで会った商人の中でも飛び抜けて変わった商人だ」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」


 そして、アイリはシシシシッと笑みを溢した。


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