イン・リワード
「何のつもりだ……?」
アルトゥーロのその声は、息が詰まりそうなほど重々しい。
しかし、アイリにあそこまで苔にされながらも、驚くほどに冷静にそう問い掛けたのだった。それは、アイリの一挙一動一言それらすべてが張ったりでは無いことを理解していたからだ。
「聞こえなかったか? お前の頭に銃口を突き付けている――そう言ったのだよ」
アイリの冷徹な表情から、アルトゥーロは真意を探ろうとするが、しかしそれが分からない。一体何を考えているのか、それが。
「そんな下らねえことを聞いているわけじゃねえ。お前、一体何を――」
アルトゥーロが言い掛けたその時、アイリの受信機に通信が入る。
「どうした?」
うんうんと相手の話を聞き、何度か頷くと、
「そうか、分かった」
そう言い、アイリは通信を切った。
「一体何をしようとしているんだ――私にそれを聞こうとしたな。それなら、丁度良い。たった今、準備が整ったところだ。折角だから、デモンストレーションといこう」
「デモンストレーションだと?」
「論より証拠。百聞は一見にしかず。兎にも角にも、見てしまうのが一番手っ取り早い、そうだろう?」
アイリの不敵な笑みとは対照的に、アルトゥーロの表情はより引き締まった。
▶ ▶ ▶
クロエは、モンテチトーリオ宮殿前に偶然止められていた車を混乱に乗じて盗難し、車を走らせること十数分。クロエは、ボルゲーゼ公園へと訪れていた。自然に囲まれた場所なら、一先ず休憩するには打ってつけの場所であった。
「いやはや、一時はどうなるものかと思ったけど、どうにかなるもんだねえ。シャルル・クレールは無事に暗殺出来ただろうし、カスト・アルトゥーロの取引の半分は達成したから、良いよね。唯一の心残りは、アイシャ・ムニル・ルクサーナの暗殺を放棄しちゃったことかなあ。でも、殺しても殺さなくても結果は同じだろうけどねえ」
ルクサーナを生かすも殺すも、世の注目集めると言う意味合いでは、同じだったとクロエは考えていた。
それに、もしかしたら面白い世界を創れるのではないかと言う淡い期待もあった。うっかりと、演説に聞き入る自分に気が付いた時、だったら、それを確認するまで待っていても良い――そんな事を気まぐれに思ってしまったのだ。
「収穫と言えば、ニナ・エカテリーナかな。予想以上に、興味深い子供だったなあ。あと何年かすれば、私をきっと殺してくれるだろなあ。それまで、人の命を奪って、生き長らえないとなあ」
クロエは芝生に寝転がりながら、そんな物騒なことを上機嫌で独り言う。空を仰ぎ見ていると、何かが視野に入って来る。
「ん? 今何か、光ったような……」
クロエは目を凝らすようにそれを見遣る。
「ああ、そう。そう言うことね。そっか、そっか。残念だなあ。てっきり、私を殺せるのはニナ・エカテリーナくらいだと思ってたんだけどなあ。でも、もっととんでもない奴が居るのをすっかり失念していたよ。彼女は、銃を持たないって聞いていたんだけどなあ。ちゃんと持ってるじゃん。それも、とんでもない代物を、さ」
その輝きはどんどん増していく。
「私は、彼女を怒らせてしまったんだね。アイリ・オルガ――を」
クロエはそう言い小さく笑みを溢し、自分の最期を悟った。しかし、迫り来る死に、クロエは自然と恐怖していなかった。むしろ、この時をずっと待ち望んでいたのだ。自分を殺してくれる――そんな人間が現れることを。
しかし、唯一上手くいかなかったのは、この死に方は自分が想像していた殺され方とは全く違い――そして、期待していた人間とは、まるで違っていたことだった。だが今となっては、それもどうでも良い。
「ああ、なんて暖かいんだろう。これが死ぬと言うことなんだね。ありがとう、アイリ・オルガ」
その輝きを掴みとるかのように、クロエを手を伸ばす。そして、次の瞬間。世界は真っ白になり、全てを包み込むように、飲み込んだ。
▶ ▶ ▶
「臨時ニュースをお伝え致します。本日、ボルゲーゼ公園にて謎の飛行物が落下した模様です。被害は、未だ不明ですが――経った今、情報が入りました。身元不明の女性の遺体が確認されたそうです。繰り返します――」
アルトゥーロが付けっ放しにしていたニューズ番組から、慌ただしい様子が映し出されている。
「もはや聞くまでもねえ、か。空からとは――」
その時、カタリーナに調べさせていたアイリの渡航履歴がアルトゥーロの脳裏に浮かび上がる。いくつかのフェイクが織り交ぜられながらも、それらが導き出すその答え、それは。
「いや、まさか……そんな出鱈目なことが」
アルトゥーロは、眼を見開いた。
私の銃は少しばかり規格外でね、持ち合わせることが出来ない。お前の頭に銃口を突き付けている。アイリがわざと、気が付かせるようにばら撒いたそれら言葉が、核心へと変えていく。
「ほう、よく自分から辿り着けたものだ。誉めてやろう」
アイリは、拍手する。
「リヴァイアサンって、知っているかい?」
アイリは唐突にそんな質問を投げかける。しかし、アルトゥーロはその問い掛けに答えない。その問い掛けの答えが分からないのではなく、その意図が分からなかったからだ。
「まあ、良い。とある哲学者は、こう述べた。人間に平和と防衛を保障する地上の神だと。本来、武器と言うのは守る為に使われるべきなのだよ。しかし、それを使って互いに争い、殺し合うその醜い様はまるで――自分の尾に噛み付く滑稽な姿と何ら変わりは無いと思ないかね?」
アイリは、両の手を大きく広げる。
「そう、私が創り上げている銃は、宇宙からの狙撃を可能とした究極兵器、名を〝ウロボロス・バレット〟――と、そう呼ぶことにした」
人間が創り出した兵器で、人間同士が殺し合い――そして、死ぬ。そんな円環を皮肉っているようであった。
「手前は、世界でも支配するつもりか?」
アルトゥーロの問い掛けに、アイリは間の抜けた顔をし、思わず笑い声をあげた。
「シシシシッ。世界を支配? 私が? 実に、馬鹿げている。いや、強ち間違いでは無いかもしれないな。ただ、私の目的は今も昔も――〝世界平和〟さ」
「武器商人風情が何を抜かしてやがる」
「逆だ。だからこその、武器商人なのだよ。武器商人なら、全ての武器の流通が分かる。それさえ知れれば、あとは上から叩き潰せばそれで終わり」
「だが、流通経路を全て明かすことは――まさか、そう言うことか。だから、未完を思わせる口振りだったのか。ウロボロス・バレットとやらは、まだ機能こそするが、完成していない」
アルトゥーロはアイリの計画に気付くと、今回の報酬に提供しろと言っていた情報の存在を思い出す。
「そう、だから私はそれが必要なのだよ」
アイリの眼は、鋭くアルトゥーロを睨み付ける。
「元CIA、〝マイク・スノーマン〟の情報がな」




