スタート・ナウ
「もしかしたら、誘いに乗ってくれるんじゃないかって思っていたんだけど、まさかこうも上手くいくとはね」
振り返るシャルルの目の前に現れたのは、アイリに扮するクロエだった。
「どうしたんだ、シャル?」
「同じ顔で、同じような口調で話したって無駄よ」
「シシシシッ。何を言ってるんだ、シャル。私が私以外の何者であるはずが無いだろ?」
シャルルは、一つ深い溜め息を吐く。
「折角だから教えておいてあげるわ」
「教える?」
「オルガ商会の中で私とアイリは一番付き合いが長いのよ。幼少の頃から親同士の付き合いでね。そんな私が、あなたがアイリかどうかを見分けられない訳ないでしょう。そんなことで騙せると思っているのなら、出直してくる方があなたの為よ」
クロエは、小さく眉をひそめた。
「変装には、結構な自信があったんだけどなあ。初めてだよ、殺り合う前にバレちゃったの」
おどける様な仕草で揚々とした口調で話してはいたものの、ただのお嬢様とばかり思っていたクロエにとって、シャルルに変装を見破られたことは、意外であった。
「知らなかったなあ。シャルル・クレールとアイリ・オルガとの間にそんな繋がりがあったとわね。てっきり最古参は、カルロ・ジャン・バティスタだとばかり思っていたよ」
「カルロは、元々アイリの父親の護衛だからね」
「なんか、やけにお喋りじゃん。これから自分が死ぬのを察した?」
鋭い眼光でクロエはシャルルを睨み付け、懐からポリカーボネイト製のナイフを取り出した。リタから奪った拳銃では無く。その様子を受けて、シャルルも敢えてナイフを取り出した。
「だったら、こういうの趣向はどうかな」
そう言うと、アイリの変装を解くとその下地から浮かび上がって来た顔は、シャルルの顔であった。
「悪趣味ね」
呆れた様子でシャルルは言う。
「一つ、聞いても良いかしら?」
「なにかな」
「あなたは、死に場所を探しているの?」
「さあ、そうとも言えるし――そうでないとも言えるかな。そう言うシャルル・クレールもそうじゃないのかい?」
「さあね。別に、私の生き死にはどうだって良いのよ。それは、この作戦において織り込まれていないもの」
「ふうん。私達、案外似てるのかもね」
「似てるわけないでしょ」
先に動いたのは、シャルルからだった。脇を締めた、細かい突きを繰り出し、半身で交わしたクロエを追う様に、そのまま薙ぎ払う。寸での所で後方へと飛び、払いを交わす。
「へえ、意外にやるね」
しかし、そのままやられているクロエでは無かった。シャルルが上から振り被り、腕を振り降ろしたところへ合わせ、脇腹へと拳を叩き込む。
「ぐっ……」
シャルルは歯を食い縛りなんとか堪え、フックで顎へと迫る二撃目をなんとか防ぎ、臆さず一歩踏み込み、素早い突きを繰り出し、クロエの脇腹を霞めた。
「お見事、お見事」
「はあ、はあ、はあ……」
クロエは、小馬鹿にするようにシャルルへ拍手を送る。
クロエとは対照的に、シャルルは息を切らせていた。シャルルにとって、防御は勿論のこと、攻めている時でさえ、一転してやられかねないからだ。クロエにとっても同じはずなのだが、圧倒的な実力差は無情であった。
このまま場に緊張感が走ると思われた矢先、そのしんと静まり返った空間にクロエは思わず吹き出すように笑い出した。
「あっはははははは。一瞬でもどうにかなるかもとか思った? そんな訳ないじゃん。普通にやったら、私の圧勝に決まってんじゃん。折角だから、チャンスでもあげようかな」
クロエは、耳に手を添えて音を聞き入る。
「丁度、こっちへ来たみたいだしね」
「こっちへ?」
シャルルは、クロエの発言の意味を理解出来ないままでした。そして、次のクロエの行動は、更に理解の範疇を超えていた。
「せーの」
そう掛け声をかけ、シャルルに掠り傷を負った脇腹へと、自分のナイフを突き立てた。その光景にシャルルは目を見開いていた。今、目の前で一体何が起きたのかと。
「これで、舞台は整った。さあ、選んで貰おうじゃないか。私たちの未来を――」
「未来……?」
クロエはそう言い放ち、不敵に笑みを浮かべたその刹那、後方の扉が開かれ、そこから現れたのは――ニナだった。
「シャルルっ!」
ニナは直ぐ様に拳銃を構えるが、その銃口の先にはシャルルが二人居ることに気が付いた。しかし、どちらのシャルルを狙い打てば良いかなどと、悠長に悩むだけの時間など在りはしなかった。
「ニナっ! 早く、クロエをっ!」
脇腹を紅く染めるシャルルの顔をしたクロエは、もう一人のシャルルを撃てとニナへと命じる。そして、この時初めてシャルルは気が付かされた。普通に考えれば、自分がクロエを相手に追い込むことなどまず在り得ない。この状況だけを鑑みれば、限りなくクロエに近いのは、優位な状況に立っている自分であると。
そして、ニナの発砲音が部屋へ響き渡った。
▶ ▶ ▶
その頃、議事堂で演説をしていたルクサーナは惜しみない拍手と共に演説が終了したかのように思われたのだが、しかし、拍手後の静寂に事態は思わぬ方向へと進んで行った。
「今、何と仰いましたか……?」
国を代表して演説を聞きに来たはずの男性は、自身の耳を疑いながら、思わずルクサーナへと聞き返していた。
「では、もう一度申し上げましょう」
ルクサーナは、深呼吸をする。
「今、この会場の多くの人は、拍手をしましたね。つまりそれは、私の考えに賛同して頂けたものと考えています。でしたら、恵まれない者達への募金ではなく――未来ある若者達への〝投資〟をして頂けないでしょうか?」
そして、ルクサーナの本当の演説がこれから始まろうとしていた。




