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ウィン・ウィン


 一方、アイリはカスト・アルトゥーロの車の後方をタクシーで追いながら、ルクサーナの演説を車内に流れるラジオを通じて聞いていた。


「惜しい。実に、惜しいな」


 そんな独り言をつぶやくアイリに、運転手の男性は思わず問い掛ける。


「どうしたんだい、御嬢さん?」

「いやあ、このルクサーナの演説で今、学校で勉強を教える為には教師が必要だから派遣をしなきゃいけないとか言ってたでしょ?」

「ああ。確かに、そんな様なこと言ってたな」

「私からすれば、なぜそんな僻地にわざわざ人間を送り込む必要があるのか、と思わず問い掛けるでしょうね」


 アイリは、ルクサーナの演説に否定の色を伺わせた。


「そりゃあ、そうだ。誰が好き好んでそんな所へ行くかよな」

「でしょ。だから、代わりに機械を送るのですよ」

「機械?」

「そう。でも、タブレットみたいな端末じゃなくて、もう人型のアンドロイドを派遣するの」

「はっはっは。そりゃあ、良い考えだ」


 運転手は、高らかに笑う。


「だが、そんな僻地にアンドロイドなんて持って行けたとしても、電気のこととか、良く分からんが色々と問題があるんじゃないのかい?」

「いやいや。それがそうでもないのですよ。おじさんが知らないだけで、思っている以上に、ハイテクですよ? 数年前に、ミャンマーにあるカレン州で、ソーラー発電システムが導入された話を知ってますか?」

「いや。それどころか、俺にはカレン州ってのも初耳だ」


 またしても、豪快に運転手は笑う。


「ソーラー発電が導入される前は、保護者が燃料代を出し合ってエンジン発電機で発電していたそうですけど、燃料代の負担が大きくことと、使用出来る時間が限定的で、多くの時間を蝋燭の灯りで勉強をしていたそうです」

「そりゃあ、大変だな」

「でしょ。だけど、電気が使えるようになった御蔭で、時間に捉われることなく勉強出来るようになったとそうです。それだけでなく、このソーラー発電システムの保守や運営と言う仕事が同時に生まれる訳」

「おお、確かに」


 運転手は、関心した様子で頷く。


「まあ、これはあくまで一例に過ぎませんけど、アンドロイドを派遣することで、教師の代わりをさせると言うことも、これらと同じように出来るとは言い切りませんが、可能性はあるとは思いませんか?」


 アイリは、運転手へとそう問い掛けた。


「御嬢さん、お若いのに凄いねえ。俺にも、分かるようにわざわざ説明してくれたんだろ? 大したもんだな。御嬢さんは、学者さんかなんかなのかい?」

「シシシシッ。いやいや、そんな大逸れたものではありませんよ」


 初めて言われたその言葉に、少々の驚きと嬉しさとが混じり、思わず笑みを溢してしまった。


「私はただの――商人ですよ」


 そして、前方からアルトゥーロを乗せた車が停まる。降車する様子を目視することが出来る。アイリは、降車したアルトゥーロが向かうその先へと視線をそのまま遣ると、そこは高らかと聳え立つとあるホテルの前だった。


 ▶ ▶ ▶


「あーあ、期待外れだったなあ」


 クロエは、そんな事をポツリとつぶやきながら廊下をふら付いていた。自分が想定していたよりも、ずっと手応えの無いオルガ商会に、今回の依頼自体にやる気が失せていた。


「でも、依頼は依頼だしなあ。さくっと、アイシャ・ムニル・ルクサーナと、シャルル・クレールでも殺っておくかなあ」


 そんな呟きとは裏腹に、こうも自分の想像と実際とが掛け離れているものだろうかと、そう疑問にも思っていた。自分自身が強くなり過ぎてしまったからだ――とは、思わなかったのは、自身に対する正確な評価は出来ていると自負していたからだ。


 アイリはなぜ会場に入ることなく後にしたのか。なぜ容易にヤンへとハッキングが出来たのか。リタからなぜ容易く銃を奪うことが出来たのか。議事堂でカルロは、自分に本当に気付いていなかったのか。


 それらは、考えれば考える程、それらは理解出来なくなって行く。


 この胸の内でざわめく妙な違和感は一体何なのだろうか――しかし、これを拭い去る為には、依頼を遂行すること以外に方法は無かった。


「考えるの止めた。要するに、私が生きてたらそれで良いし」


 そう口走るも、一度疑い始めた思考は、完全には消え去らない。脳裏のどこかにそれはずっと潜み続ける。その答えを求める為――いや、自分の導き出した答えへと上書きする為に、シャルルの元へと歩を進める。


 アイリ・オルガの心臓である――シャルル・クレールの命を奪い去る為に。


 シャルルを失うことは、オルガ商会にとって資金を失うことと同意義であった。世界へと繋がりを持つフランス大手電機企業の令嬢であるシャルルが、オルガ商会へと資金提供をしているからだ。


 当然、公にオルガ商会へバックアップをされている訳では無かった。では、どこからその資金が出ていたのか――それは、マネー・ロンダリングで集められた公にすることの出来ない資金であった。


 その資金をアイリが上手く利用することで、企業に正当な資金が流れるようにし、企業とオルガ商会と共に、互いの利益となる様な、ウィン・ウィンの関係を築き上げていた。


「居た、居た」


 監視カメラへとハッキングを仕掛け、シャルルが居る場所を把握する。


「シャルル・クレールには、やっぱこれだよね」


 記者の格好のまま向かっても良かったが――むしろ、そのままの格好の方が良かったが、クロエはただの退屈凌ぎとスリルを味わう為だけに、アイリの格好を装い、大胆にもシャルルの元へ歩を進めていくのだった。



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