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イングランス・イズ・シン

 記者に扮したクロエは、ルクサーナが演説をする議事堂内へと紛れ込み、少しばかし、ルクサーナの演説へと耳を傾けていた。


「学校ねえ。アイシャ・ムニル・ルクサーナは、本当の意味での現実を知っているのかね」


 クロエは、小さくそんなことを呟く。


「学校建設をすること自体は、差ほど難しいことではありません。資材を送り、その土地へと人材を派遣するだけで、事は足りるからです。しかし、学校建設が容易でないのは、様々な問題があるからです」


 これまでも、学校建設の為に寄金をする著名人や非営利団体などは多く、結果として学校を建てること自体は出来ていた。しかし、学校を建てたからと言って、明日から勉強が出来るわけでは無かった。


「まず、学校で勉強を教える為には教師が必要です。その教師になれる人材がその土地に居れば良いですが、多くの場合は派遣することになるでしょう。それは、子供だけではなく、大人も識字率が低いからです」


 子供が読み書きを出来ない親もまた、読み書きをすることが出来ないことが多かった。そう言った家族が多いのは、これまでに読み書きを必要としてこなかったからだ。


「では、どうしてそうなってしまったのでしょう。それには、貧困が関係しています。先進国では、子供のうちから労働を強いられるなんて、あまり考えられないでしょうけれど、開発途上国や後発開発途上国では勉強している暇があるのなら、少しでも多く働き稼いで来なさい、と言われてしまうからです」


 親から子へと生きていく為に必要な知識さえ与えれば、それ以外は不必要なことだった。だから、勉強をするしないと言われたところで、今まで必要の無かったことに対して、今更学ぶ理由が分からないのだ。


「学校へ通う際に大きな壁と為り得るのは、両親です。そうなると、学校へ来て貰えるようにする為の工夫が必要となって来ます。例えば、学校へ来てちゃんと勉強をすると給食が貰えます、水の支給を得られます――と言った様に、学校へ通う為の利益が必要となってくるのです」


 そうすることで、少なくとも家計への負担は減り、子供の飢饉による死亡を防ぎ、更に勉強で知識を身に付け、学校から水を持ち帰ると言う労働を学ばせることも出来るようになるのだが、これはこうなれば理想的であると言う話だった。


「学校を運営していくには、周辺環境を整備する必要があります。例えば、これです」


 ルクサーナは、机上に置かれたペットボトルから紙コップへ、皆に見えやすい様に水を注いだ。


「水を引く為に、井戸を掘ることなどが考えられます」


 学校を建てる為には、その学校へ通う村の開発が必要となる。中でも、最も優先度の高いものは、水だった。動植物全ての生き物は水が必要不可欠だからだ。


「近年、貧困に苦しむ途上国の人々を助けたいとボランティアを募り、井戸を掘る国際支援体験ツアー企画が頻繁に行われているのを御存じでしょうか。ある者は、人生の目標を見つける為に、ある者は、第二の人生を歩む為に――それらを自身の胸に掲げ、参加したそうです」


 貧困な地域では、衛生的な水を口にすることが出来る人は少なかった。その為、水を飲めるようなると言うことは、住民にとってもそれは有り難く、井戸の完成を素直に喜んでいた。


「しかし、数年後のことでした。原因不明の病がとある地域で流行したのです。ただの流行り病かと思われましたが、調査を行った結果、その原因が井戸の水がヒ素に汚染されていたことが判明したのです」


 高濃度のヒ素を含む水を長期間に渡って飲むと慢性ヒ素中毒になる。症状は、高度になるにつれ、癌や四肢末端の壊疽えそしてしまい、最悪の場合死に至る。良かれと思ったその善意は、結果として人の命を殺めることとなってしまったのだった。


「本当の国際支援とはこういうものでしょうか? あまり良い表現ではありませんが、恵まれた土地に生まれた人間の自慢話の一つにでもされて、そこでお終いになってしまうのです」


 ルクサーナのその言葉に、会場は若干どよめきを見せる。


 そうして掘られた井戸は、結局使うことが出来ず、やがて物資の調達が滞るようになり、学校を建てても廃校となることは少なくは無かった。


 学校を建てたと言う実績が欲しいだけであって、ただの自己満足でしかないことが多く、学校を建設し終えた後や井戸を掘った後に関して、一切関ろうしない人間達も原因なのは、確かだった。


 しかし。


「それでも、無知は罪であり、知は空虚であり、英知を持つものは英雄なのです」

「へえ、面白いこと言うね」


 ルクサーナの語るそれは、クロエの言うところの――本当の意味での現実そのものだった。


「そんな悲劇が起こらない様にする為にも、私たちには知識が必要なのです」


 そして、クロエはハッとして何をすべきか思い出す。


「おっと、さて……仕事しますか」


 クロエは周囲を見渡し、議事堂内の様子を確認する。同階にカルロ、下の階にはフレイが居ることを視認したが、クロエには、この配置が妙に感じていた。カルロが長距離配置なのは理解出来たが、フレイが近距離配置であることに納得出来ないでいた。


 アイリの何かしらの策略なのかと疑り深く、周囲の一挙一動を観察していると、フレイが何者かと連絡を取っている様子が伺えた。読唇術を用いれば、音を介さずにフレイが何と言っているのか理解出来たのだが、フレイから後方を位置する場所では、それが適わなかった。


「カルロ・ジャン・バティスタ、か……いや、違うね」


 首を振ることなく視線だけでカルロを見遣るが、どうやらフレイと通信を取っている様子見られなかった。


「だとすると、他に連絡を取る相手が居る……とか?」


 この議事堂にアイリが、敢えてフレイを配置したところから、予測する必要があった。フレイをここへ配置することに何らかのメリットがあったからこそ、議事堂へと配置されて居るはずだからだ。


「もしかして……」


 だとすると、この議事堂内で誰かと連絡を取っている可能性が高いと考えたクロエは、より一層周囲へと目を凝らし――そして、通信を取り合っている相手を見つけたクロエは、眼をより大きく見開いた。


「見つけた、見つけた、見つけたよ」


 クロエは頭の中で考えを巡らせ、ある真理を導き出した。


「そうか、そうか、そう言うことね。分かった、分かったよ、なるほどね。アイリ・オルガ、やっぱり面白いなあ。だったら、私は――」


 クロエはそのまま席を立ち、議事堂を退出する。


「フレイ・ヴェルマールを殺すわけにはいかないなあ」


 そして、人知れず満面の笑みを見せる。


「そっちの方が、面白くなりそうだしね」


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