スタート・ネゴシエーティング
海賊との距離を一定以上に空け、アイリはリタと共に備え付けられていた救命ボートへと乗り込み、襲撃されたと思われる商船へと向かう。
「リタ、今回はあくまで交渉で来ているから、私がサインを出すまで動かないこと。良いね?」
「しかし、アイリに何かあった時、私は私の理性を抑えられる気がしません」
リタは、前のめりになりながら言う。
「まあ、もしもの時の為にカルロにスナイパーライフル用意させてるから、大丈夫。それに、鼻からこんな所で死ぬつもりも無ければ、怪我をするつもりも毛頭ない。ほら、見えてきたよ」
商船の横に付けられた小型の改造漁船。海賊が漁船を改造するのは、速度を出せるようにすることと、漁師と海賊の区別をさせにくくすることの他にも、拘束された際に漁師であると自称することで逃げ道を作る意味合いもある。
しかし、あの商船に乗り込んでいるのは間違いなく、海賊であった。その証拠に、AK-47(1947年式カラシニコフ自動小銃)やRPG-7(携帯対戦車擲弾発射器)をただの漁師が携帯しているはず無いからだ。
アイリとの距離が近くになるにつれて、当然のように海賊も気付く。そして、その接近を警戒しないはずも無く、付近の海面へと威嚇射撃を行ってきた。
アイリは、海賊に向けて――いや、今回の商談相手に対して一つお辞儀をする。そして、その眼つきは獲物を狙うがごとく鋭くなり、小さくニヤリと笑みを見せていた。
「止まれ。貴様ら何者だ」
「私は、オルガ商会のアイリと申します」
「商人だ? 商人風情が俺らに何の用だ?」
「勿論、商談です。私達が扱う武器を買い取って頂きたい」
「ほう? 何をいくらで売る気だ?」
海賊たちは、不敵な笑みを浮かべながら値段を聞いて来たが、それは商談に乗り気だからでは無い。相手が金を持っている商人であること。そして、その商談をしに来た相手が女だからだ。つまり、それは完全に舐められていると言うことである。
しかし、海賊からすれば、こんなに簡単で、美味しい話など他に無い。歩かずとも向こうからノコノコと歩いて来たのだから、この機を逃すはずなど無かった。
「AK-47を10丁に弾倉を15個、RPG-7を5基、計20点をイエメンからの輸入、ソマリア国内での買い付けに掛かる費用の倍額で購入して頂きたい」
アイリのその言葉に海賊たちは一瞬間の抜けた顔をし、そして――全員が漏れることなくその場で大笑いしていた。武器輸入の確立したルートを持ちながら、そのルートの取引で使う金額の倍を要求しているのだ。そんな取引を成功させることなどまず不可能だ。
「お前、馬鹿か? そんな取引、誰が――ッ」
「いいえ、お前達はこの取引をする、せざるを得ない。頼むからその取引をさせてくださいと懇願することになる」
アイリのその鋭い眼光に海賊はたじろぎ、思わず手にしていた銃の銃口をアイリへと構える。それとほぼ同時にリタも銃を構え、頭へと的確に銃口を向けていた。
「そ、そんなことあるわけ無えだろ」
海賊は声を荒げ始めたその時、アイリの携帯電話が突如鳴り出した。その電話に出るや否や、その電話を切ることなく耳に当てたまま海賊へ断言する。
「いいや、それがある。と言うより、たった今――それを私が在り得させた」
そして、アイリはシシシシッと笑みを見せた。