クローズ・イン・オン
アイリの指示で、各員持ち場で待機し、始まりの時を待っていた。
「各員、状況を報告しろ」
イヤホン型の受信機を通じて、アイリの声は皆へと送られる。
「こちら、カルロ。所定の位置へ到着したぜ、お嬢」
「引き続き、注意深く頼むわね。怪しい奴が居たら、直ぐに連絡を宜しく」
カルロは、モンテチトーリオ宮殿内、代議員議事堂でルクサーナが演説をしている様子が見える上階にいた。
クロエは、どんな手段を使ってでもモンテチトーリオ宮殿へと侵入して来るであろうと考えていたアイリは、宮殿内に侵入させない事よりも、侵入されたその先でどう迎撃するかを考えていた。
「こちら、ヤン。スタンバイ、オーケーです」
「さすがね、ヤン。じゃあ、警護に合流して」
ヤンは宮殿内のトイレへと籠り、宮殿内に設置された監視カメラへとハッキングを仕掛け、監視カメラの映像を自由に見られるようにし、そのデータをアイリと共有出来るようにしていた。
「……こちら、ノア。任務完了」
「ありがとう。そしたら、合流して警護に当たって」
ノアは、万が一急な逃走を要求されるようなことがある状況に備えて、炎上し大破してしまった車に代わる、新たな車の調達していた。
「こちら、シャルルとリタとニナ。宮殿内の別室にて待機中。引き続き、ルクサーナの警護に当たるわ」
「常に、クロエを警戒しつつ、ルクサーナから目を離さないようにして。演説が開始したら、代議員議事堂周囲の警戒に当たって」
ルクサーナは、実質的に戦闘参加は出来ない為、シャルルとリタとニナは、三人一組で中央にルクサーナを配置し、互いの視界を補いながら、警護に当たっていた。
三人一組は、戦闘行動における最小単位であり、 二人一組での行動に比べても、互いの死角のカバーや役割分担において容易となる。
「こちら、フレイ。お嬢に渡されたプレスカードでなんとかなったぜ」
「いざと言う事態に陥ったら、真っ先にフレイが行くことになる。いつでも行けるように準備を怠らないで」
フレイは新聞記者を装って、ルクサーナの演説を目の前で聞ける位置にいた。フレイは始め、この責任重大な役割を自分が背負うことに反対していた。しかし、アイリはこれ以上の適任はフレイ以外いないと言い切り、そこにフレイを配置した。
しかし、その配置に隊員たちは、些かの疑問を持たせた。それは、近接戦が想定されるこの状況なら、中距離以上を得意としているフレイが配置されるよりも、リタを配置することの方が優位であるからだ。
だが、アイリが見ていた景色がずっと先の事であったことに気付く者は、アイリを覗いて、誰一人としているはずも無かった。
「よし、全員配置に着いた様ね」
今回の作戦において、最も厳しい状況なのはテレビ中継されていると言う点だった。万が一にでも失敗するような事があれば、その様がそっくりそのままに映し出されてしまうことと共に、イタリアの国としての責任問題が問われることだ。
一番望ましい形は、クロエによる襲撃が訪れない事なのだが、恐らくそれは難しいだろう。だとすれば、次点として望ましい形は、襲撃されたとしても、それを誰にも悟られずに、何も無かったかのように全てが事を終えることだった。
恰も何事も無かったかのように。
「私は、少々野暮用があるんで、後は頼んだわよ皆」
「了解」
アイリは、イヤホンからその声を聞き届ける。
「……頼んだわよ」
アイリは、モンテチトーリオ宮殿から人知れず離れて行く。それとすれ違う様に、スーツ姿にハットを被り、トランクケースを手にした、一人の男性がモンテチトーリオ宮殿へと向かっていた。
「次の方、どうぞ」
男性は、警備員の声と共に一歩前へ出る。
「入場許可証の提示をして頂けますか?」
警備員にそう促され、男性は胸元のポケットから許可証を取り出し、それを提示する。記載されている情報と、招待客リストの確認をし、問題ないことを確認すると、警備員に促され、ポータブル式ゲート型金属探知機を通過させられる。
男性が通過すると、金属探知機が反応した為に音が鳴り、周囲の注目を集めることとなり、現場には些かながら緊張感が走っていた。
「そこで立ち止まって下さい」
そう警備員に止められ、全身を金属探知機で隈なく調べられる。上から下まで調べると、どうやらベルトが金属探知機に反応してしまった様で、ベルトを外した男性から金属反応が示されることはなかった。
「警備強化の為、手荷物の検査を行っているのですが、そちらのトランクケースの中身の確認をしても構わないでしょうか?」
警備員にそう問われ、男性は黙ってトランクケースを差し出した。トランクケースを開けて見ると、筆記用具や書類、ファイルなど日用雑貨などが多く入れられており、危険そうな物は見当たらなかった。
「問題ありません。ご協力ありがとうございます」
警備員にそう言われると、男性は軽く会釈をし、モンテチトーリオ宮殿内へと向かって行く。
「案外、ちょろいね」
男性はそう呟き、誰にも悟られることが無い様に、小さく不敵な笑みを浮かべたのだった。




