カッサータ・カンノーロ
モンテチトーリオ宮殿の周囲は、既に大勢のイタリアローマ市警により警備されていた。
「よお、来たか」
この方へと視線を遣ると、ドン・ボルサリーノことカスト・アルトゥーロと、その秘書シルヴィア・カタリーナがそこに居る。相変わらず、葉巻を口にし、豪快に吹かしていた。
「間に合わなかったらどうなることかと思ったが、さすが仕事はきっちりこなすな」
「当然でしょ。それより、この厳重警備は一体何なの?」
アイリは周囲を見渡す。
「ああ、これか。ちょっとした、警察の見栄みたいなもんさ」
「見栄? やけに下らない理由ね」
「いや、その見栄が人には下らなくとも、国からすればそれは違う。ただでさえ、ローマは年末年始の醜態を世界に晒されてんだ。その汚名を返上しようと、お偉いさんが躍起になってんだよ」
去年の大晦日から元日にかけて、およそ千人にもの警察官がローマの市街を警備するはずであった。しかし、その実に83%もの警察官が病気や不調と言った理由で欠勤したことが判明し、街の名誉を危機に晒したと英国の出版社など複数メディアが報道したのだ。
「イタリア人だからって、理由でどうにでもなるでしょうに」
「外の人間には北も南も同じイタリアに見えるだろうが、イタリアのどこも彼処もが怠惰と言うわけじゃねえ。そもそもの、イタリア人は怠け者だと言う印象をどうにかしてえんだよ。この大舞台を使ってな」
アルトゥーロは、咥えていた葉巻を地面へと捨て、革靴で踏み躙り、その火を消す。
「まあ、勝手にすれば良いんじゃない。私、興味ないし」
「相変わらず、連れねえな。カタリーナ、あれを渡せ」
アルトゥーロの指示で、カタリーナから偽造証明書のようなカードを人数分手渡された。そこに記載されている情報は、名前から生年月日、年齢や出身国などあらゆる情報において、正しい情報は何一つとして記載されていなかった。
「何これ?」
「既に、俺がルクサーナを専属で護衛する特殊部隊がいると話を付けている。その証明をする為のカードだ」
「あら、気が利くのね。だけど、名前はもっとどうにかならなかったの? 何よ、カッサータ・カンノーロって」
カッサータとは、生クリームとリコッタで作ったふわふわの生地に、さまざまな果物を細かく切ったものを砂糖漬けし、それを混ぜ込んで冷やして固めたアイスデザートである。
そして、カンノーロとは筒状に揚げられたサクサクの生地の中に、甘みをつけたリコッタに、ピスタチオやチョコレート、バニラなどを加えた生地を詰めたものである。
夏に気温が40度を超えるシチリアでは冷たいデザートをよく食すのだ。
「それは、カタリーナへ直接言え」
「名前を考えるが面倒だったので、私の好きな物を並べておきましたが何か?」
あまりに堂々としているカタリーナの姿にアイリもこれ以上の言及はしなかった。
「まあ、良いわ。じゃあ、これは使わせて貰うわ」
そう言い、アルトゥーロへ分かり易くカードを見せる。
「それと、ルクサーナ」
「はい」
後方に居たルクサーナは、アルトゥーロに呼ばれ前へと出て来る。
「一応念のために言っておくが、ここまでどういった経緯で来たのか、誰と共に行動をしていたのか――それらを、誰かに問われたとしても、その一切を黙秘しろ。いいな? これは、お前だけの問題じゃねえんだ。イタリアの問題にそのまま繋がる可能性もある。心しておけ」
「……分かりました」
アルトゥーロは、ルクサーナを脅すかのようにそう言い聞かせた。
「もう良いでしょ、時間があまりない」
「そうだな。仕事はきっちりと熟せ」
アルトゥーロは、念を押すようにそう言い、車に乗り込みその場から去って行った。
「大丈夫、ルクサーナ?」
「大丈夫です。アイリさんたちと会う前までは、アルトゥーロさんと共に行動をしていましたから」
「まあ、ルクサーナがそう言うのなら良いわ。あと、私からも一つ良い?」
「なんでしょうか?」
ルクサーナは首傾げる。
「アルトゥーロが言ったように、私たちと共に行動していたと言うことは公表しない方が良い。ルクサーナ、あなたにとって百害あって一利も無いわ。世界平和を口にする人間が、武器商人と共に居るなんてことを知れてしまえば、あなたの意思に対する言葉の重みが、薄っぺらく軽いものになってしまう。実際にそうでなくとも、そう捉えられてしまう」
これからルクサーナは、全世界が注目する中、世界平和を訴えようとしていると言うのに、武器商人に守られながらここまで一緒に付いて来て貰ったなど、決して言うことは避けたかった。
はっきりと言ってしまえば、武器を制するには武器以外には無い。それを皆、理解は出来ている。しかし、綺麗事ばかり並べている人間の些細な弱点を――揚げ足を狙うモノが居るのもまた事実なのだ。
それは――マスコミだ。
情報とは受け取り方次第では言葉の意味が180°変わってしまうものである。武器商人と一緒に居た事実が公に知れれば、どんな綺麗事を並べようと、武器には武器でしか対抗することが出来ないではないか。自分がたかが移動をするだけだと言うのに、銃を手放せないような人間の一体何を信用すれば良い――そう、受け取られてしまうのだ。
懸命に頑張っている者の失敗や恥は、彼らにとって格好の餌食となるのだ。
「だから、良い? 約束して」
「……はい、分かりました」
ルクサーナはそう返事をすると、アイリと視線が遭い、視線を逸らすかのように軽く俯いたのだった。




