ショー・タイム
ハイエースワゴン爆発から数分前のこと。
ノアの運転が止まる。急いでいるこの時に、車が止まると言うことは、信号位なものだが、信号で止まっていないとすれば、それは何かあった時だ。
「……っ」
ノアは、息を漏らした。
「どうした、ノア?」
そう声を掛けると、そこにはアイリの予想していた光景が広がっていた。それは、デモ隊だ。ただ、幸いまだ少し距離があるため、こちらの存在に気付いていないようだった。
「ノア、あそこのマンホールの上まで移動してくれる」
「……了解」
ノアは、アイリに支持された通りにマンホールの上へと移動する。
「これが無駄にならなくて良かったわね、フレイ」
アイリは笑みを浮かべながら、ハイエースワゴンの底をスライドさせる。すると、そこからは人が一人分通れるほどの穴が開いていた。
「全くだ」
フレイは、これを作り上げた時の苦労を思い浮かべる。
「じゃあ、最後にこのマンホール開けてくれる?」
「俺がッ!?」
「もう一人、一緒に仕事していた仲間がいるでしょ?」
アイリはそう言い、ヤンの方へと視線を遣る。
「私は、力仕事は向いていないいんですが」
「時間が無い、さっさとやれ」
アイリのその言葉に、フレイとヤンはきびきびと動き始める。マンホールの蓋を開けるには、バールキーと呼ばれる工具を穴へと挿入し、引き上げる必要がある。二人掛かりとは言え、およそ五十キログラムもあり重労働である。
「そう言えば、真実の口も確か、もともとマンホールだったわよね?」
「ああ、古代ローマのマンホールで海神の顔が彫ってあるんだったか」
カルロの説明に、へえと思わず声を漏らしたのはルクサーナだった。
「なんだ、俺がこんなことを知っているのが意外だったか?」
「いえ、あの、その……はい」
カルロの顔に少しばかし怖気付いたが、正直にそう言った。
「まあ、柄にもねえこと言っちまったな」
そう言い、ガハハと豪快に笑っていた。
「せーの」
フレイとヤンの掛け声で、マンホールの蓋がずれる。
「空いたぜ、お嬢」
「御苦労。じゃあ、リタこれを先に降りて真下に叩き付けてくれる?」
「分かりました」
リタは、アイリから丸められた塊を渡され、それを持って落ちる様に降りて行った。そして、マンホールの先からは弾けるような高い音が聞こえた。
「準備オーケーです、アイリ」
「よし、じゃあ一番乗りをニナへあげよう」
そう言うと、ニナの両脇を抱き抱える。
「あんまり暴れると、怪我するわよ」
「え?」
アイリはニコッと笑みを溢し、その両手を放つ。アイリの手を離れたニナの体は、真下へと急降下していく。思わず目を瞑ると、次の瞬間柔らかい感触が背中を包み込む。
「クッション?」
そこには、クッションが置かれていた。さきほど、アイリからリタへと手渡された物は、エアバッグの原理を応用したクッションだったのだ。強い衝撃に反応したクッションが、一気に膨れ上がり、人ひとりの落下なら優に耐えられるようになっていた。
中は暗いと思われがちだが、電気が通っている為、設備がしっかりとしており思っているよりも明るく、道幅も広めに作られていた。
そして、皆マンホールから無事、落ちて行ったが、何も聞かされずに先頭で落とされたニナは、少々ご立腹であった。
「ごめんよ、ニナ。言わない方がびっくりするかなって思って」
「びっくりし過ぎて、声も出なかった」
ひたすら謝るアイリのその姿は、他の隊員にとって見慣れないものであり、これだけの緊張感のある状況だと言うのにいつもと何ら変わらなぬ光景のような様相が醸し出されていたことに、ルクサーナは誰にも気づかれないように小さく笑みを溢していた。
「ヤン、しっかり車は動かしてる?」
「問題ないですよ。それより、妙ではありませんか?」
そう口を開いたのはヤンだった。
「やっぱり、ヤンもそう思う?」
アイリも同じことを考えていた。
「どういうことだ?」
フレイは、アイリへと聞く。
「あまりに静かすぎるのよ。てっきり、我々のうち一人くらいは襲われても可笑しくないだろうとは思っていたんだけど、まだ襲われた様子も無い。もしかして、もう誰かやられた?」
冗談半分で、問い掛けるアイリへとシャルルは、
「縁起でも無いこと言わないでよ」
と、返答した時のことだった。
上部から、激しい爆発音が聞こえて来る。
「ついに、暴動でも始まったか?」
「どうやら、車がやられてしまったようです」
ヤンは、リモコンをガチャガチャと動かし駄目になった様子を示し、そのまま下水道へと投げ捨てた。
爆発から間もなくして、モンテチトーリオ宮殿付近のマンホール上部へとやって来た。
「じゃあ、リタ先導をお願いね」
「はい」
アイリに言われるがままに、梯子を上って行く。軽く蓋を押し上げ、視線だけで周囲の様子を探る。デモ隊からこのマンホールの位置は少し離れており、そして丁度爆発に皆気を取られている為、地上へ出るのなら打ってつけのチャンスであると言えた。
一気にマンホールの蓋を開け、後続へと合図を送り、来るようにと指示を出す。リタの合図で、皆梯子を駆け上がると、そこには車内では小さく見えていた宮殿が、マンホールから上がると大きく、より鮮明に視界に入って来る。
アイリは、腕時計へとチラリと視線を送る。
「さあて、何とか舞踏会には間に合ったようだな」
そして、モンテチトーリオ宮殿へと各員脚を一歩踏み出す。
「では、ショータイムと行こうか」
背後では、ハイエースワゴンがより強く炎上していた。




