ハイエース・ワゴン
アイリ達一行は、改造させたハイエースワゴンでタオルミーナを十時前に出発し、ナポリを十六時過ぎに出発と、嵐の前の静けさ問いわけではないが、移動自体は順調に来ていた。このまま、行けば二時間半後には、ローマに到着出来る予定であった。
ハイエースワゴンは改造させた為、座席が運転手と助手席以外には無いため、皆地べたに座り込んでいた。アイリは地べたから立ち上がり、運転しているノアの座席の上から顔をひょこっと出すように、ノアへと話し掛ける。
「ノア。どう、十九時前には間に合いそう?」
「……問題ない」
「十六時半前くらいは?」
ノアは、道路の混雑状況、信号の点灯秒数や間隔、ローマまでの距離、頭の中で様々は計算を行うが、その答えとしては厳しいものがあった。しかし、アイリが三十分は速めろと言うのなら、それに答えるのもドライバーの役割だった。
「……何とかしよう」
ノアは、ボソリとそう呟くように言う。
「シシシシッ、さすがノア。それなら、移動時間に関しての問題は無さそうね」
「さすがは、アイリ。ルクサーナが演説をするより前に到着しておこうと言う考えですね」
アイリをそう煽てたリタだったが、アイリは首を横に振った。
「そうだったな。先に言っておこう。ルクサーナ、恐らくだが到着はぎりぎりになるだろう」
「どうして? 今、ノアが三十分前に到着させるって言ってたじゃない」
シャルルは、当然の疑問をアイリへと投げ掛ける。
「それは、昨日カルロが言っていたでしょう?」
「俺、なんか言ったか?」
酒を飲んで気分の良くなった勢いで語っていた内容だったため、一晩経ってしまえば何一つとしてカルロの頭の中に残る記憶は無かった。
「はあ、自分で言ったのよ? 失業率が過去最悪になり、雇用情勢や住宅問題に抗議するデモ隊が暴徒化だって、ね。そして、火種がそこにあるのなら、火を点けるのは容易いということさ」
「まさか、クロエは意図的にデモ隊の火種に点火させようとしているってのかよ」
フレイは、はははと力なく笑った。自分の想像していた以上に、クロエと言う存在が大きい存在であると言うことを改めて認識させられたからだ。
「しかし、足止めとしてはこれ以上に無い位、打って付けですね」
ヤンは、敵の策略に共感する。
「ああ、もし私がクロエなら確実にそうするだろう。なぜなら、次に私達が取る行動が限られてくるからだ。一つは、そのままデモ隊を弾き飛ばしながら直進する方法だが、私たちだけならともかくルクサーナが風評被害を受け兼ねない為これは却下」
「俺らだけでもやるべきではないだろうけどな」
フレイが小さく苦笑いをしている。
「二つ目が、下車して自らの脚でいくことだが、暴徒化したデモ隊の中をルクサーナを抱えて進んで行くことは厳しいだろう。それに、確実にモンテチトーリオ宮殿に送り届けられる確証が無いが、一応選択しとしては成立する」
「確かに、安全に届けようとすれば出来なくはないかもしれないけど、そうしたら間に合わなくなるものね」
シャルルがそう付け足すように言う。
「最期の三つ目は――」
そして、アイリから語られた最後の作戦がモンテチトーリオ宮殿へ向かう決定案として残された。と言うより、その決定案を通す為の準備をしていたと言う方が正しい程に、それら全ての動きを見通したものであった。
「だけど、デモ隊が暴徒化していない可能性もあるんじゃないの?」
「可能性は低いだろう。演説に来るのが、ルクサーナでなければ此処までの事にはなっていなかったのかもしれない。なぜだが分かるか、ルクサーナ?」
ルクサーナは、少し考え込む。アイリが何故自分へとそれを聞くのか――それが、アイリが小出しにしてきた単語の全てが、キーワードであり、その問い掛けの答えであると、ルクサーナは短い期間ながらアイリと言う人物を少し理解したからだ。
「上手く伝えられるか分かりませんが、皆明日に希望を持って生きているのではなく、今日を必死に生きているからではないでしょうか?」
ルクサーナは、アイリの瞳を見ながらそう答えた。
「うむ、大凡正解だ。国民は、国のお金を使って、こんな奴に演説をさせる位だったら給料を上げろ、雇用を拡大させろ、格差を是正させろ――なんて言っているだろうな」
アイリは、右手で握り拳を作る。
「これらは、一見するとひとつの大きな集団のようだが、その実、個人が集っているだけで、あくまで個々なのだよ。纏まりの無い集団を崩すのは容易い物だ。しかし、その集団を寛容することは難しいだろう」
左手で右手を包み込んだ。
「私にそのようなことが出来るでしょうか?」
ルクサーナは、いざ演説を控えてか、少々不安になっているようだった。
「君の目指す世界には、大きな問題や困難が数多く待ち受けているのは、私の口から言うまでもない。しかし、机上で口論しか出来ない木偶の坊な大人達には決して出来ないことを君は成し遂げるだろう。ルクサーナ自身が目にし、耳にし、鼻にしたその全てを口にすればいい。人の犯した過ちがいずれその身に降り掛かる様に、誰かの為に行った善行も自分へといずれ返って来るだろう。たった一つの些細な行動であれ、その全ては繋がっているのだよ」
アイリはそう言い、シシシシッと笑って見せた。アイリの笑みに、ルクサーナも思わず釣られて笑ってしまった。だが、少々の不安も晴れ、緊張もすっかり解けたルクサーナは、演説を迎えるのみだった。
そして、二時間半後。
アイリの予想通り、暴徒化したデモ隊がその行く手を阻んでいた。防弾使用にしていたハイエースワゴンは、ボコボコになり激しい攻撃に遭っていることが伺える。その時、誰かが火炎瓶を放り投げた。
突然、投げ込まれた火炎瓶に、デモ隊も慌ただしくハイエースワゴンから離れた。その火炎瓶は、ガソリンに引火し、ハイエースワゴンは大きな爆発音と共に激しく燃え上がった。




