ファッシ・シチリアーニ
演説前日。
各員アイリの部屋へと集合していた。
「良くやってくれた、これで全ての工程が終了だ」
アイリが力強く拳を突き上げたのに釣られるかのように、大声を上げ、各員拳を突き上げた。それが、如何に過酷だったのかを表しているようだった。
アイリに指示された工程を終えたのも日が暮れるまでの時間を要した。しかし、僅か数日という短い期間で準備が完了できたのも、熟練された部隊であるオルガ商会だからこそであり、その指示を出しているのが、アイリだからこそでもあった。
「こっちも終わったわよ」
テーブルには、豪勢なディナーが並べられていた。手伝うことのないシャルルとニナとルクサーナは、自分達も何か出来ることをと、皆の夜食作りに励んでいたのだった。
「よし、各員。グラスを持て」
アイリの声に皆一斉にグラスを手に取る。
「では、明後日の成功を祈って――乾杯」
「乾杯」
皆、グラスのワインが波を打ち零れそうになりながらも、天高々と突き上げた。そして、アイリはそのワインを一口で飲み干した。
「では、諸君。食べながらで良い、聞いて欲しい。明日は、知っての通りルクサーナの演説がある。世界の和平への命運を掛ける演説になるだろう。そんな彼女の護衛に付けることを誇りに思え」
「え、いや、私は――」
突然のことに、ルクサーナは謙遜した。
「今からそんなんでは困るぞ、ルクサーナ。そんな人間の言葉で心を動かせるわけ無いだろう。それに、君がわざわざ数あるイタリアの中で、シチリアを選んだのにはわけがあるのだろう?」
アイリから実直に向けられる視線は、ルクサーナの心を見透かしていた。ルクサーナは、手にしていたグラスをテーブルへと置き、一つコクリと頷くと、話をする体勢を整えた。
その真摯な様に皆は食事する手を自然に止めた。
「紀元前、シチリアではローマを揺るがす程の奴隷による大反乱が起こりました。それは、シチリアで行われていた悪政が原因でした。それに立ち向かうかのように、一人の男性によって弾劾演説が行われました」
弾劾とは、法令によって特別に身分を保障された職務者へ、職務違反や非行があった場合に、訴追を受けることで審議され、罷免もしくは処罰される――それはすなわち、職を失うことであった。
「シチリアと言う土地は、イタリア統一後の経済発展によって、イタリア北部は大きく都市化されたのに対して、産業の発達から取り残されたと言う過去があるのだよ。当時は、ファッシ・シチリアーニと呼ばれる労働者の運動が激化し、政府は非常事態宣言を出すことを余儀なくされた」
アイリの言葉にイタリア出身であるカルロが口を開いた。
「なるほどな。失業率が過去最悪、雇用情勢や住宅問題に抗議するデモ隊が暴徒化。それらにより、若者の国外逃亡に、根強く残る南北格差。時代は、周るってやつなのか。それとも、時代を引っ張り出して来た――の間違いなのかねえ」
カルロは、そうぼやく様に言うと鼻で笑い、再びワインを飲み始めた。
「カルロが言った様に、歴史は必ず繰り返される。それも悪い記録を更新してね。そんな歴史的背景のある街で、誰とは名指すことは無いなくとも、半ば弾劾演説とも取れる演説を行えば、表の顔では称賛を贈るでしょうけれど、内心ではそうはいかないでしょうね」
アイリは、握った拳の人差し指と親指を伸ばして銃の形を創り上げると、自分の側頭部へ突き付けた。
「言ってみれば、自分たちにとって都合の良い世界を創って来た人間に、言葉と言う武器を用いて、頭へと銃口を突き付けようとしてると言うことなのだよ。恐らく高慢な貴族に届くことは無い」
そして、アイリは両手を大きく広げる。
「しかし、だからこそこのルクサーナの演説には価値がある。大多数を占めている一般市民の支持率を仰げれば、それだけで良いのだよ。そして、こんな今回の演説を成功で終えられた際に、一番と言っても良い価値がある」
アイリはニヤリと笑みを溢し、それを理解していたルクサーナは、自分の口で答えた。
「私が死ぬと言う事に対して、その価値が大きく上がるでしょう」
命は決して平等では無い。
生前にどのような活動を行い、どのような最期を迎えたのか――それらは、状況や境遇など様々な要因によって、その命の価値は変動する。ルクサーナの様に、世界平和の為に若くして捧げられた命であれば、その価値は図るまでも無かった。
「前にも言ったように、私はあくまできっかけの一つに過ぎません。第二、第三と続く未来を残せれば私はそれで構わないのです。ですから、皆さん。私にその力を貸してください、お願いします」
ルクサーナはそう言い、深々とお辞儀をした。成人にも満たない少女の覚悟は重く――とても力強い言葉であった。当然、皆の心にもその言葉に乗せたその思いは、しっかりと届いていた。
夜は次第に更けて行き――そして、後にルクサーナ弾劾演説と呼ばれる日が、明日へと迫っていた。




