カモ・フラージュ
一番最後に部屋へ入って来たルクサーナを待つように、全員がそこで待機していた。
「お、やっと来たな。では、本題の話に移るとしよう」
「え? プールに行くのではないんですか?」
ルクサーナは、辺りをきょろきょろと見回している。
「それよりも先に、言っておかなければならないことがある。今回の私たちの相手についてだ」
アイリが口を開くと、少しばかし空気が重くなったことを肌で感じる。
「シャゼル・クロエですね」
リタは、ゆっくりと口を開く。
「その通り。そのクロエという人物が実に厄介で、殺しの手法が実に幅広い。爆弾から近接に狙撃――何でも持って来いの一人一個小隊だ。特に、気を付けて欲しいのは、クロエのカモフラージュだ」
「カモフラージュ?」
ニナは、首を傾げそう聞いた。
カモフラージュとは、周囲の風景に溶け込み、敵の目を欺くことで気付かれないようにする技術だ。兵士が迷彩柄を着用するのも、背景や建造物等に溶け込む為である。
「ああ、クロエのはカモフラージュなんてものでは無いのだよ。あれは、一種の芸術だ。素人目にはどうにも判別出来ない」
「あの、ちょっと良いですか?」
ルクサーナが申し訳なさそうに挙手する。
「どうぞ、ルクサーナ」
「こんな大切な話なら、皆さんが一緒の時の方が良いのでは?」
「よくぞ聞いてくれた。クロエは、変装する時に必ず女を狙う。なぜか、分かるかな、ルクサーナ」
「えっと、クロエが女性だからでは?」
アイリは首を左右に振る。
「間違ってはいないが、正確には違うな。リタ、正解を」
「はい、クロエの趣味です」
場が静寂に包まれる。
「どうした、皆の衆。殺しを生業にしている様な人間が普通の人間だと思ったか。そんなわけないだろう。身近な女に変装して近付き、標的を殺すのが最もクロエが得意というより、好みとする手法だ。知っている人間に殺されたとあれば、組織力が一気に削がれる。殺しの効率を考えられた、実に合理的な方法だ。そして、今私が言ったことが同時に何を指し示しているのか、まだ分からないのかな諸君」
「あー、なるほど」
シャルルは、理解した様でニヤリとし、ニナのほっぺたを軽く抓った。
「痛いです。何をするんですか」
「ごめんごめん。でも、そう言うことでしょ?」
「その通ーり。つまり今現在、既に我々のうちの誰かとクロエが入れ替わっていても可笑しくは無いということなのだよ」
互いに顔を見合わせる。
アイリの何気ない一言で場に緊張感が走る。
「シシシシッ。そう硬くなるな。今の今まで全員で同じ行動を取って来た。もし入れ替わる隙があるとしたら、イギリスかジブチか、それとももっと前からか――どちらにせよ、誰かと入れ替わっていたとしたら、誰にも分からないから諦めよう」
そう言い、アイリはシシシシッと笑って見せ、そして。
「一瞬でも迷ったら、引き金を弾け」
冷たい瞳でそう言った。
アイリのそう言い放った言葉が、今回対峙するであろうシャゼル・クロエと言う人物が、いかに危険人物であるかをそのまま表しているようだった。
「だが、私は今の諸君らになんの疑いも無い。それなら、今は楽しむとしよう」
そう言い、服を散らかしながら脱ぎ、水着に着替えささっと出て行ってしまった。その後ろ姿を追う様にリタも水着に着替え、出て行った。
その様にニナとルクサーナは、呆気に取られていた。
「口が開いたままになってるわよ」
シャルルにそう注意され、二人は慌てて口を閉じる。
「アイリもああ言ってるんだから、今は楽しみましょ」
そう言うと、シャルルも服を脱ぎ捨て水着に着替えて部屋を出て行った。
台風のように過ぎ去って行った三人にニナとルクサーナは顔を見合わせ、思わず吹き出して笑ってしまった。この中にクロエが居るとか居ないとか真剣に考えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてしまったからだ。
二人も水着に着替え、手を引き部屋を飛び出していった。
一方その頃。
「何で、こんなことしなくちゃなんねえんだよ」
フレイは、見つけて来た黒塗りのバンの下に潜り込み、一人分の穴を空けていた。必要な配線などを一度切り落とし、再び繋ぎ直す作業をヤンが担当していた。
「仕方ないですよ。そもそも、我々の待遇が良かったことなんてありますか?」
「無えな」
フレイは、そう言い一つ溜め息を付き、作業を進めた。
そして、カルロとノア。
「で、そこが良い嬢が居るんだよ」
「……へえ」
カルロは既にワインを瓶ごと飲んでいる。
ノアは、その横で街並みを目で追いながらすげない返事をしている。
「おっと、あれが昔俺が――」
ノアは、酔っぱらったカルロの昔話に付き合う羽目になっていた。
そして、アイリが指示した作業に加え、様々な工作の全てが終了したのは、ルクサーナの演説が行われる前日のことだった。




