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ヒット・マン


 アイリとルクサーナは、がっちりと握手を交わす。

「直接、会って初めて分かることもあるものね」


 アイリは、ポツリとそう呟いた。

 そして、アルトゥーロへ聞く。


「ドン・ボルサリーノ、あなたが私達に依頼してきた本当の理由は、自分たちの手に負えない奴が来ているのだね?」


 アルトゥーロは、険しい表情をしていたが、隠すことに意味が無いと察し、それを止めた。


「ああ。恐らくだが、俺のファミリーじゃ対応しきれねえだろうな」

「なるほどね。で、誰?」


 アイリは、自ずと視線が鋭くなる。


「クロエだ」

「あの一人で一個小隊に匹敵すると呼ばれていた女殺し屋のシャゼル・クロエ、か。また、厄介なのに目を付けられたものね。確かに、クロエが出て来ると言うのなら話は別だけど、この情報は確かなのよね?」

「間違いない。元々、お前達に万が一にでも断られるようなことがあれば、俺達が引き受ける話だったんだ。その辺の情報の調べは、予め済んでる」


 アイリには、どうにも引っ掛かることがあった。

 ルクサーナと言う人間を暗殺するのに、クロエと言う闇社会で名の売れた殺し屋を雇う必要性がまるで感じられないでいたからだ。


 確かに、ルクサーナが今後与えるであろう影響を考えればなるべく早い時期に暗殺してしまうと言うのも手段の一つである。しかし、素人でさえルクサーナに致命傷を負わすことが出来るのだ。それならば、殺し屋を雇うメリットよりも、デメリットの方が余程大きいと言えるのだ。


 と言うのも、多くの場合は予め殺し屋へ手付金を100万円から500万円程送る。殺し屋は、この金を使い犯行の準備をする為である。そして、更にこれに加え成功報酬を支払う必要がある。その額も、狙う相手にもよるがルクサーナの暗殺ともなると、5000万円は下らないだろう。


 つまり、合計にして5500万円程の支出となるのだ。裏を返せば、その命一つを奪うことで5500万円以上の収入の見込みがなければ、当然依頼をすること自体に意味が無いと言える。


 アイリは、今回の暗殺依頼のそこに引っ掛かっていた。


「言っておくが、今更怖気付いて依頼を断ろうなんて言わせねえぞ」

「いや、商人に二言は無い。商人は、信頼を売りにしていからね」

「なら、いい。後のことは、また後日連絡する」


 そう言い残し、アルトゥーロ達はルクサーナを置いて、引き上げて行った。

 こうして、アイリ達一向は、ルクサーナの護衛を引き受けることとなった。




 イタリアローマ市内某ホテル。


 シャゼル・クロエはそこに居た。

 一通の電話を受けていた。


「で、どうだった? オルガ商会は動いたの、カスト・アルトゥーロ?」


 クロエの電話相手は、先程までアイリと接触していたアルトゥーロだった。


「動かない訳無えだろ。あいつ等に必要な情報はすべてこちらの手中にある。動きたくなくても、動かざるを得ねえんだよ。それよりも本当に大丈夫なんだろうな」

「まあ、相手がアイシャ・ムニル・ルクサーナなら確実に仕留められるよ。ただ、相手はあのオルガ商会だからね」

「ふざけるな。お前には殺しの相場の倍、100万ユーロも払うんだ。失敗したで許されると思うな」


 そう言い、アルトゥーロは声を荒げた。アルトゥーロが声荒げるのも当然であった。それは、アイシャ・ムニル・ルクサーナの暗殺はあくまで囮であり、本命はクロエとの交戦でオルガ商会を壊滅させることであったからだ。


 本作戦において、アルトゥーロにとって大きい利点は二つある。

 まず、アルトゥーロがオルガ商会側にいると思わせている点である。依頼をアルトゥーロからオルガ商会へすることで、自分が敵であると疑われないようにしたのである。


 次に、自らのファミリーを消耗せずに、オルガ商会と交戦できる点である。もし仮に失敗したとしても、アルトゥーロは無関係――即ち、今後ともオルガ商会と何食わぬ顔で商売を行う事が可能である点である。


 より大きな利益を得る為に、オルガ商会を壊滅し、そのルートを奪うことの方が、100万ユーロを支払うよりもより価値があるのであった。


「私だって、一人一個小隊だなんて呼ばれてたけど、あれはそういうレベルじゃない。あそこまで統率されている部隊だと最早、一国の軍と言っても過言では無いよ。そんな化け物を相手して、絶対に失敗しないなんてことを言い切れないよ」


 現実的に、アルトゥーロの話に乗れるだけの実力のある者は、ほとんどいなかった。いや、正確にはそれだけの実力を持つ者であれば、こんな話には乗って来ないのだ。成功、失敗関係なしに、互いに失うものがあまりに多過ぎることを理解しているからだ。


「ただ――」


 クロエは、そこで溜める様に間を置いた。


「狙いどころがない訳じゃない」


 しかし、中には例外はいる。

 例えば、動機が損得勘定では無い人間だ。


 死ぬのは嫌だ――しかし、生きている実感が無かったクロエは、自ら様々な死線へと赴いた。生きている人間を自らの手で殺める事で、自分が生きていると言う実感を相手から得ていたのだ。

 そして、気付けば一人一個小隊と呼ばれるようになっていた。


 しかし、それでもクロエは満たされなかった。一度味わった快楽は、それよりも大きい快楽でしか得られない。クロエは、自分が生きていると実感出来るだけの相手を探していた――そんなところに舞い込んだこの話は、願っても無い機会だった。


「と言うと?」

「リタ・イルムガルトとカルロ・ジャン・バティスタをアイリ・オルガの両腕とすると、ノア・テイラーとフレイ・ヴェルマールは両足と言うことになる。そして、ヤン・フェイルは頭脳。新しく加入したと言うニナ・エカテリーナは、アイリ・オルガが握る銃そのもの」

「だとしたら――」


 アルトゥーロは、残っている人物が頭を過る。


「そう。アイリ・オルガの心臓は、シャルル・クレールさ。これを潰す」


 そして、クロエは小さく笑みを浮かべた。


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