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ハブ・ア・ペン


「おい、ルクサーナ」


 アルトゥーロに呼ばれ、強面の黒服達が道を開く道から出て来たのは、シャルワーと呼ばれるズボンに、カミースと呼ばれるワンピース、デュパータと呼ばれるスカーフで髪を覆うように隠す民族衣装をした一人の褐色の肌をした少女だった。


「はじめまして、私はアイシャ・ムニル・ルクサーナと言います」


 ルクサーナは、丁寧なお辞儀でアイリ達へと挨拶を済ます。見た目では高校生程ではあったが、その落ち着きぶりは大人以上に大人らしさを思わせた。


「私は、アイリだ。宜しく」


 アイリは、ルクサーナと握手を交わす。


「彼女は今年、ノーベル平和賞を受賞したパキスタン出身の人権運動家だ。イタリアの教育制度の勉強と演説が目的だそうだ。ただ、イタリアの学校見学はもう既に済んでいる。だから、残すは演説だけだ」


 イタリアの教育制度は、9月から新学期が始まり、小学校5年間、中学校3年間、高校5年間通うこととなる。中学3年生になると、国の卒業試験があり、これに受かることが出来なければ、中学校を卒業することが出来ない為、中学留年ということもしばしばみられる。

 高校は5年間だが、音楽や美術と言った専門分野を勉強する様な学校では、初めの2年間は一般教養科目を中心に学び、3年目から専門分野を学び始める。


「もう、察しも付いているだろうが、依頼と言うのはイタリア滞在中のルクサーナ護衛だ」

「護衛? どう考えても子守よね? 我々に子守をしろと?」

「要するにそう言うことだ。今や、彼女の言葉には世界が関心を寄せる。そんな中、俺の国で前みたいな事件を起こされちゃあ困んだよ」

「なるほど、あの銃撃事件ね」


 以前、ルクサーナはスクールバスで帰宅途中のところを複数の男により銃撃された。その時、頭部と首に2発の銃弾を受け、生死の淵を彷徨うこととなったが、奇跡とも呼べる回復で生還したということがあった。


 ルクサーナのノーベル平和賞の受賞には、これまでの功績とこれからの活動で挙げるであろう功績への期待の大きく、ルクサーナをそういった武力組織から守れると言う力を示すことも国際社会において大きな責務であった。


「一度聞いてみたいとは思っていたよ、ルクサーナ」


 アイリは、冷たい視線をルクサーナへと向ける。


「君は、一人の子供、一人の教師、一冊の本、一本のペン――これらで、本当に世界を変えられると思っているのかい?」


 ルクサーナは首を左右に振り、アイリへと返答する。


「私が世界を変えるのではありません。私の一つの行動で、一つの心を動かせたのなら、その一つの心はまた一つの心を動かすのでしょう。私は、あくまで世界を動かす為のきっかけに過ぎないのです」


 アイリは腕を組み、首を傾げる。


「ルクサーナ、君は自身の行動で争いを引き起こしているという自覚はある?」

「アイリさんの言うことは、間違いではありません。現に、私が襲われた時に一緒にいた友人を巻き込んでしまいました。しかし、銃弾は、私の中に在った弱さや恐怖、絶望を撃ち抜き、それらに立ち向かう強さや力、そして勇気が生まれました。決して、暴力には屈しないと」


 アイリは、シシシシッと笑みを浮かべる。


「君は甘い」

「甘い、ですか?」


 アイリのその言葉に、ルクサーナは小さく眉を顰めた。


「君の変えたい世界は、都合の良い言葉を口々に言うだろう。けれど、心の底から君の考えに共感出来てたとして、君のように行動することの出来る人間はそうは居ない」

「それは――」


 ルクサーナが何か言おうとするよりも早く、アイリは続けて言う。


「それに、君が本当に声を届けたい相手には届いていない。自由と平等は、決して訪れることは無い。不条理と不自由で生きることが当たり前なのだよ。それは、強欲な人間達によってこれまで構築されてきた世界のシステムそのものが破綻するからだ。そして、それを拒むのは都合の良い言葉を口々に言い放つ人間達なのだよ」


 アイリは、ルクサーナの顔の真ん前まで近寄り視線を逸らさず――そして、言う。


「それでも君はペンを握るかい?」


 静寂が場を包み込む。

 それは、アイリがこの場で真面目な話をしようなど誰一人として考えもしなかったからだ。ただ、皆はアイリがルクサーナの何かを知ろうと煽っているのだと、それを理解していた。


「私達には、初めから選択肢がありませんでした。それは、私達にはあまりに知らないことが多いからです。しかし、一冊の本、一本のペン――これさえあれば、自分を取り巻く世界が変わります。これまで多大な犠牲者を出してきました。その人達は声を上げることが出来ません。だから私が、声なき者の代弁をする――それが、私の役目なのです。だから私はペンを取ります」

「なるほど」


 アイリはそれだけ言い、元の場所まで戻って行く。

 アイリがルクサーナの中から知ろうとしていたのは、これからの銃の要らない世界を引っ張って行けるだけの先導者か、それだけの器なのか――それを会話の中で推し測っていた。


 世間では、ルクサーナがあまりに若すぎること、その責任が重すぎること、それらが懸念されていた。しかし、彼女の立ち振る舞いは、知りながらも何もしてこなかった大人達を黙らせるには、あまりに堂々としていた。


 そんなルクサーナをアイリは、本物だと確信した。


「君の行く道は、常に険しい道だ。志半ばで倒れることも十分に在り得る。それでも?」

「もし仮に、私が命を失ったとしても、教育を受ける権利の尊さに比べれば、大したことではありません」


 ルクサーナは、そう言い切った。


「了解した。これより、アイシャ・ムニル・ルクサーナの護衛を我がオルガ商会で預かる」




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