グッド・フライデー
数日後の金曜日。
アイリが金曜日を選んだのにも勿論、意味があった。
それは、北アイルランドの首都ベルファストで1988年4月10日にイギリスとアイルランド間で結ばれた和平合意である、ベルファスト合意とかけていたのだ。
この合意が締結されたのが、十字架に掛けられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念する、キリスト教において最も重要な祭である、復活祭の前々日の聖金曜日であり、別名聖金曜日協定とも呼ばれていた為だ。
アイリが皆と手順の確認をし、そして――閑静な夜に、爆発と共にそれは実行されることになる。
壁が爆発させられた、やったのはあいつ等に決まってる――騒ぎを聞き付けた住民が住民を呼び、破壊された平和の壁を隔てて、互いに怒鳴りながら罪の擦り付けをし合っていた。
当然、この爆発は住民によるものでは無かった。
犯人は、アイリ達だ。
「良い感じになってきたわね。じゃあ、次行くわよ」
アイリの指示で、争う住民に交じって現れたのは、武装した住民に成りすましたサクラだった。カルロ、フレイ、ノアがイギリスに残ったのは、フレイがイギリス出身であり、知人を集めることが可能だったことと共に、壁を破壊する為の爆弾作りの為だったのだ。
突然、武装して現れた人間にその場にいた住民はこの騒動の深刻さに気付かされたのだった。そして、手にした銃で威嚇射撃するその人間は、騒動をより一層大きくさせた。
勿論、銃の中には実弾は装填されておらず、それに代わり空砲が装填されていたが、この混乱の最中その区別など出来る者などいるはずも無かった。しかし、銃が持ち込まれていると言う事実に住民は動揺を隠せなかった。
「よし、そろそね。それじゃあ、ニナとシャルルお願いね」
「了解」
「分かりました」
アイリにそう言われたニナは一人、混乱する南北の住民の中間へと走って行く。それに少しばかし遅れる形で、シャルルもニナを追い掛けていき、そして――銃声の後、ニナの胸部は朱く染まったのだった。
「ニナァァァァァァァァァァッ」
崩れ落ちるニナへシャルルは駆け寄り、体を抱き寄せる。しかし、当然ニナは実弾で撃たれたわけでは無い。胸に仕込んだ発破装置から血糊が溢れ出しているだけで、さも両者の争いに巻き込まれたかのように見せていただけだ。
お前達の性で、またしても被害者が出てしまった。しかも、まだこんなに幼い少女の被害者が――南北の住民の心にそんな感情をアイリは芽生えさせたのだ。
人間は皆平等だと言う者がいるが――その実、命は決して平等では無い。偉大な功績残した者の命は尊く、人知れず死んでいった者の命は卑しい。これがこの世界の現状なのだ。
また、大人と子供と言う身分もそれに当て嵌まる。同じ被害者であっても、大人よりも子供の被害者の方がより可哀想だ――と言う、共感を生ませるのだ。
一人の少女の命を持って、その場はしんと静まり返っていた。
「では、チャールズさん。この状況なら、今までの様に見て見ぬ振りを、聞いて聞く振りをすることも出来ない状況になりました。ここから先は、あなた次第です」
「分かった」
チャールズは真摯に返事し、ニナを抱き寄せるシャルルの前へ銃の壁になるべく、両腕を広げその場で立ち塞がった。
「止めろ。恥ずかしくないのか。子供が被害を受けているんだぞ。大人達の遺恨は、子供達には何ら関係無いはずだ」
そして、始まったのはチャールズの住民の心へ訴えかける演説であった。
そもそも、なぜ長い間これ程までの遺恨が残されてしまったのか――それは、人種問題や宗教問題ということもあるが、もし本当の和平を望むのであれば、真っ先に検討すべきは教育問題なのだ。
双方が反北教育、反南教育を幼い頃から受けることによって、負の感情を植付けられてしまうのだ。それらが、組織的に行われれば洗脳教育と言っても過言では無い。人種も関係ない、宗教も関係ない、統合教育こそ真の和平への一歩なのだ。
「ヤン、あの様子を写真に撮って。それで、出版社、新聞社、テレビ各局に国内外を問わずに送りつけて」
「了解しました」
そして、次の合図で救急隊員に扮するカルロ、フレイ、ノアが救急車へシャルルとニナを救助し、その場を後にした。




