スコッツ・アイリッシュ
イギリス内某酒場。
「はいはい、みんな聞いて。次の仕事よ」
アイリは、手をパンパンと叩き鳴らし皆の注目を集める。
「取り敢えず、ここでやることはほとんど終わったので、何名かを残し、イギリスを構成する一つ、北アイルランドへ向かいます」
「なんでまたアイルランドなんかに」
フレイは、酒を片手に陽気に問う横で、既にノアは潰れていた。
「アイルランドではなく、北アイルランド。アイルランドって言うと、アイルランド共和国と勘違いされるから。それに、今の北アイルランドは情勢が不安定だから、フレイの様な間の抜けた発言は控えるように」
「また、北アイルランドで暴徒ですか?」
リタは、アイリへ問い掛ける。
「イエース」
以前、北アイルランドの首府であるベルファスト市議会にて、これまで行ってきた英国旗、ユニオン・ジャックの掲揚を限定すると決定したことで襲撃や抗議活動を過激化させ、負傷者を出す事態になった。移民排斥と思われる襲撃や宗教的思想の対立と言った北アイルランド内での暴力的な対立が激しさを増していた。
「まあ、イギリスの根深き芽はそんなに簡単には摘めないってことだ」
カルロは、ウイスキーの飲み終わったグラスの氷をカラカラと回しながら言う。しかしこれらの先にあるのは、北アイルランドだけの問題では無いのだ。
その一つとして考えられるのが移民問題だ。法的手続きをせずに移民する不法移民や、母語が違う、読み書きが出来ないと言ったコミュニケーションの弊害、社会に溶け込む気の無い移民による民度の低下など――それらは、国にとって深刻な問題となっていた。
「だが――」
アイリは、テーブルを激しく手で叩き付ける。
「そんなことは、我々には関係の無いことだ」
「と言っても、北アイルランドは武装放棄したのでは?」
酒を飲んでいてもあまり酔う様子のないヤンは、冷静に聞く。
「その通り」
IRAと言うアイルランド独立闘争を行ってきた武装組織から分裂し結成されたIRA暫定派は、全てのメンバーが武器を捨て、平和主義的な手段によって、完全に政治的かつ民主的なプログラムを遂行する――そう述べたのだ。
そして、外国政府から派遣された代表団にIRAの武装放棄を確認し、報道されてはいない場所で武器の破壊をさせ、これらの過程を詳細に伝えさせた。
「だけど、それは信用することが出来ない」
信用できないと言うのも、IRAはこの時二人の証人に武器破壊を確認させている。しかし、この二人と言うのは暫定派によって指名された者たちであり、これらの情報を信用するのは難しいのだ。
「例えば、古くなった重火器の処理としての放棄であった場合、その証言自体は嘘にはならないけど。そもそも、証人を相手側が指定しなかった時点でやっていないのと変わらないのだよ」
「つまり、和平交渉は見せかけだった、と?」
シャルルは、新しいワインを注文する片手間にそう聞く。
「イエス、イエース。その答えは、一般市民の支持を仰ぐ為だ」
IRAの政治組織であったシン・フェインは80年代以前には選挙に参加しておらず、穏健派の社会民主労働党へと集まっていた。しかし、IRAによるハンガー・ストライキはシン・フェインに対する支持を集め、その結果は逆転した。
北アイルランド紛争が始まって間もなく、再び社会民主労働党へと票が集まった。これは、北アイルランド紛争中における選挙では、カトリック教徒が一貫して穏健派を支持していたと言う事実に他ならなかった。そして、イギリスとアイルランド間で結ばれた和平、ベルファスト合意により武装放棄を約するとシン・フェインは第一党となった。
「つまり、一般市民はどう言う形であれ、平和を訴えている人達へと集るのだよ。その第一歩としては、武装放棄が与える印象は大きいってわけ。それに、根強い支持のあるIRAでは尚更なのだよ」
「結局、どう言うことなんだ?」
これまでの話を全く理解出来ていなかったフレイは聞き返す。
「要するに、出る時に出られるように力を蓄えてるってことだろ、お嬢」
「まあ、そういうことね」
カルロが今までの話を簡潔にまとめると、フレイはなるほどと納得し、再び酒を飲み始める。
「そして、IRAを支持する声が強いのも事実であり、イギリスとの確執が根強く残っているのも事実と言うことよ」
アイリは、そう言うとほとんど空になったワイングラスを一滴二滴程飲むんだところで、それに気付いたリタにワインを注いでもらい、一口ばかし含むように飲むと、テーブルで眠るニナの可愛らしい寝顔を肴に一気に飲み干したのだった。




