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プル・トリガー


「ねえ、アイリ?」


 ニナが聞く。


「はい、私が言わないことは――?」

「あ……」


 思い出したかのように、ニナは小さく俯いた。


「冗談冗談。なあに、ニナ?」

「どうして、アイリは銃を持ち歩かないの?」

「どうしてっていわれてもなあ」


 頭をぽりぽりと掻きながら、心配するニナを他所にアイリはどこか能天気だった。


「もし、アイリが一人の時に敵と遭遇したら、対処出来ない」

「そうなったら、拳法でも使って全員一人でやっつけるわよ」


 アイリは、拳法の構えとは似ても似つかぬ独特な姿勢をニナに見せ、ニナを思わず小さく笑わせた。


「アイリ、運動苦手でしょ」

「うっ……」


 アイリは、わざとらしく左の胸に右手を当てていた。


「さっきも言ったように、私は銃を持ち歩いていないわけじゃない」

「もしかして、さっき言ってた?」

「イエス、私の銃はニナたち」


 アイリは、ニナの頭をポンポンと二度三度撫でる。


「でもそれは、本物の銃じゃない」

「いいや、銃を持つ人間は例外なく銃だ。一度でも、銃を知ってしまったなら切っても切れない、手放したくても手放せない。鉄の塊で出来た、悪魔と同じなのだよ」


 ニナは、懐に入っている銃を服の上から手を置き、アイリの言うそれを少しばかし考えさせられる。ニナは物心付く頃には、手元に銃があった。銃が無かった時の方が時間にすれば短いのかもしれない。


 だから、銃があると言う環境が普通であって、銃が無い環境など考えたことも無かった。銃が無ければ生きることが出来なかった。むしろ、銃が無ければ不安になる程だ。それはつまり、アイリの言うところの切っても切れない、手放したくても手放せない、なのだ。


 生きる為に、疾くの疾うに魂を悪魔に売ってしまったのだ――そう考えさせられると、どこか心の奥底から寂しさや虚しさが湧き上がって来る。しかし、それがそれこそがニナの人生の大凡だった。


「おやおや」


 アイリは、ニナのその様子を伺うかのようにして顔を覗き込んだ。


「あまり深く考える必要は無いよ、ニナ」


 アイリは、ニナよりも二歩三歩前へ出て振り返る。


「これからは、自分を守る為にではなく、私を守る為だけにその銃を使うのだ」

「それは勿論、そのつもりだけど……」

「そして、その引き金を弾いているのは、ニナでは無く私だ」


 アイリの言うそれは、これから弾かれるであろう引き金の責任を全てアイリが引き受けると言うことだった。


「だから、私はこれまでも、これからも、このさきも銃を持つことはない。私の銃は、みんな――なのだよ。御理解頂けたかな、ニナ?」


 アイリは、屈託の無い顔でシシシシッと笑って見せた。


 ニナは不思議だった。


 アイリの笑顔を見ているとどこか落ち着くのだ。母親の愛情など受けた記憶の無いニナだが、こう言った感情がそのようなものなのだろうかと心の中でそう思うことにしたのだった。


「さあ、行くよ。ニナ、みんなの居る酒場まで競争だ」


 そう言い、アイリは走り出す。


 運動があまり得意では無いアイリは、抜かそうと思えば子供のニナでも悠々と追い抜かせるのだが、アイリの背中をもう少し見ていたかったニナは、数歩後ろから緩やかに走りたかったのだが。


「ぜえぜえ……」


 アイリは、ニナが思っている以上に運動が苦手らしく、僅か十数メートル程進んだ所で、膝に手を置き、息を荒げていた。


「大丈夫、アイリ?」

「いやあ、慣れないことはするもんじゃないね」


 大きく深呼吸をし、息を整える。


「やっぱり、歩いて行こっか」


 そう言い、差し出される手をニナはそっと握り返し、アイリと共にゆっくりと歩いて行く。9月のイギリスのやや肌寒い風が、二人の傍をそっと走って行くのだった。


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