トイ・ガン
ニナが懐から銃を抜くよりも早く――その足音の主の部下であろう女は、アイリの額へ銃口を向け、ニナの手首を手刀で払い落とし、透かさず落とした銃を足で蹴り払う。その女は、それらを一瞬にしてやってのけたのだった。
しかし、アイリの後頭部ではなく、額へと銃口を向けたと言うことは即ち、アイリはそれら一連の動作に反応していると言うことでもあった。反応しているのにも関わらず何もしないのだ。銃口を額に向けられても尚、恐怖することなく、むしろ愉しんでいるようでもあった。
「そこまでだ、カタリーナ」
そして、革靴の足音の持ち主は、シルヴィア・カタリーナを制止させた。その声に従い、出した銃をしまい、蹴り払ったニナの銃を自ら拾いに行き、ニナへと手渡した。
「ごめんなさいね、お嬢ちゃん」
カタリーナから銃を受け取ったニナは、少しばかりぽかんと間の抜けた顔になっていた。今、正に目の前で起こった一部始終の出来事の意味が理解出来ずにいたからだ。
「久しぶりね、カタリーナ。元気そうでなにより」
「アイリもね」
共に笑顔で握手を交わす。
「あんな耄碌のところで働いてないで、うちに来なよ。手厚く待遇するよ?」
「それは嬉しいんだけど、そっちにはアイツがいるだろ?」
「ああ。そう言えば、カタリーナは――」
そう言い掛けたところだった。
「なに、うちのファミリーに手出してくれてんだ、おい」
「あら、居たのドン・ボルサリーノ」
「その名前で呼ぶんじゃねえって言ってんだろ」
アイリはシシシシッと笑みを見せていた。
革靴の足音の持ち主もといカスト・アルトゥーロは、イタリアの所謂マフィアであった。アルトゥーロは、アイリにボルサリーノハットを被るその姿からドン・ボルサリーノと呼ばれていた。
アルトゥーロの組織では、ボスからハットを受け取った時が初めて組織の構成員になれたことを意味していた。それだけ、アルトゥーロにとってハットは思入れのある物であった。
「相変わらず、お前は銃を持ち歩いていないんだな。そんなんじゃ――」
「言ったでしょ」
アルトゥーロに割って入る様に言う。
「私は、銃を持ち歩いていないわけでは無いのだよ」
そう言いながら、ニナを後ろから抱きつく。
「ほら、ここに」
あまりにも突飛なことを言うアイリに、周囲は言葉を失っていた。抱きつかれた張本人であるニナ自身も驚きのあまり、抱きつくアイリを咄嗟に下から見上げると、表情からは笑みが見て取れるけれど、その瞳から笑みは浮かんではいなかった。
「こりゃあ、良い。あのドイツの猟犬ならまだしも、この子供もお前の銃の一丁だってのか。こんなのおもちゃの銃もいいところだ。プラスチックの球でも出て来るのか? 水でも飛んで来るのか?」
アルトゥーロは、馬鹿にしながらその場で笑っていた。
「ばーん」
親指を手に突き上げ、人差し指で相手を照準に合わせ、そして口から弾を放つ。
「何のつもりだ」
「何って、今そのおもちゃの銃で撃たれたんだよ。ばーんってね。おもちゃの銃でも、少し改造してあれば、それは銃と何ら変わりはしないのだよ」
アイリは、人差し指の硝煙ふっと消す仕草を見せる。
「お前じゃなきゃ、その場で殺していたとしても可笑しくは無い」
「それなら、これは私だからすることの出来る特権行為と受けてっておきましょう」
「抜かせ。どうだ、これから俺と食事でも」
「いえ、丁重にお断りします」
アイリは、笑みを見せながら断る。
「そうかい。何にも変わってないで、何よりだ。それはそうと――」
今までのふざけていた雰囲気とは打って変わる。そして、アルトゥーロはアイリへ何か耳打ちをしていた。勿論、その内容は、アイリの他誰の耳にも入ってはいなかった。
アルトゥーロは、耳打ちを終えると、アッディオと言い残し、その場を後にし、去って行った。アイリを見上げると、どこか先を見据える様な目をしていたかと思うと、察したのかニナの方へと視線をやった。
「じゃあ、帰ろっか」
そう言うと、ニナと手を繋ぎ、アイリも会場を後にした。




