ミア・ファンシー
「さあ、帰るぞ。それ漕げ、やれ漕げ。ヨーホー、ヨーホー」
上機嫌のアイリに、無表情のニナ――そして、それに板挟みされるような形でリタは、アデン湾中域に滞在するカルロ達の小型商船を目指す。
「こんな話を聞いたらカルロが、黙っちゃいないと思いますよ、アイリ」
「何言ってんの、リタ。もし、カルロが私に何でも聞いてきたら、カルロはあんなに歳食ってないって」
アイリは、笑いながらそう言う。
「そうでしたね。カルロは、相手が言い出すまで待つ主義ですからね」
リタは苦笑いをしする。
「そう言えば、この子――ニナのその……代金の件はどうなったのですか? 先程の海賊が支払いに行くのは、あの爆発からも事実上不可能になったと思われるのですが?」
「……ん? あー、あれね」
アイリはつい先ほどのことを忘れていたようであった。
「実は、向こうからの条件でもう前払いしてあるのだよ」
「なら、どうして海賊にあんなことを?」
「私たちの実力を誇示した上で、奴隷商へ代金を払いに行けと言えば、ジブチ港へと直ぐに向かうだろう。そうなれば、向こうに居るヤンがそのまま奴隷商の受取人に偽装して、その代金を回収することが出来るからね」
「なるほど。武器を倍の値段で購入させ、その代金だけを回収するつもりだったんですね」
「いいや、そんな子悪党みたいな恥ずかしい真似はするつもりは無いよ。つまらないことをして、看板に泥を塗っても何も特はしないしね。だから、武器はちゃんと渡す予定だったよ。それが、私の〝計画〟にも必要なことだったし」
シシシシッと笑みを浮かべるアイリに、リタは微笑みながらオールを漕いでいた。そんな二人の様子を察したのか、ニナはアイリの方を見遣ると、アイリはそれに気が付いた。
「どうしたの、ニナ?」
「いや、別に……」
「私の言う計画を知りたいんでしょ? そうでしょ?」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら首を傾げるアイリに、ニナは小さく頷いた。
「だけど、教えてあげない」
アイリの率いる一個小隊には、暗黙のルールがある。それは、カルロが言うようにアイリから話そうとしないことをこちらから聞かないことであるが、別段何もかも教えてくれないわけでは無い。それが、話しても構わない話であったり、事後の話である場合だ。
もしも、敵の捕虜となり情報を聞き出そうと拷問や自白剤を強要されても、情報を何一つ漏洩させない為である。各々、するべきことだけを伝え、作戦を遂行する。それが、アイリのやり方であり、この小隊のやり方なのだ。
「別に、ニナが新参だからとか、意地悪をする為だとか、そんなわけじゃなくて、リタにも教えてないし、他の誰にも教えてないのだよ。取り敢えず、納得出来なくても、納得して頂こう。時期が来れば、話さなければならないからね。その時までお待ち下さいませ、お姫様」
淑女のような振る舞いを見せ、掛けられたことの無い言葉を聞いたニナは少し照れ臭そうに、俯いていた。一人の少女として扱われたことは一度としてなかったニナにはこれ以上に無い言葉だった。
「お、見えてきた、見えてきた」
そうこうしているうちに、カルロ達の乗る小型商船は見えてきた。小型商船を動かそうとするフレイに、アイリは大声で罵倒しながら、動かさないよう指示を出す。
もし、小型商船がボートの近くまで寄せようとすると、その波でボートが転覆しかねないのだ。なにより、アイリ自身が泳ぐことが出来ないので、海に浸かりたくも無いのだ。
リタに、小型商船のすぐ横までボートを漕がせ、ボートから小型商船に乗り換える際に、当然と言うべきか――行きと帰りとその違いに気付かされることになる。
「おい、お嬢。俺の気の性じゃなきゃ、一人増えてねえか」
「気の性じゃない?」
シシシシッとアイリは、屈託の無い笑顔を見せた。




