3rd Memory
「秋、莉弓。ネクストを対象に行われるイベントに参加してみる気はないかい?」
幾度か同じような検査の日々を過ごした後、財禅はふと秋達にそう告げた。
「イベント、ですか?」
「そう、イベント。と言うよりも、どちらかと言えば訓練に近いかもね」
莉弓は思わず聞き返すが、今の時代においてネクストのイベントと言うのはそれほど珍しくもない。
ネクストが一般的な見解に変わりつつある昨今、メディア業界がそれを見過ごさないわけがない。超能力者を用いた企画を使い注目を得ようとするのは、どのメディアも同じだった。
その企画の一端として、ネクスト限定のイベント事もいくつか開催されていた。同系列の能力者を集めての競技や、時には簡単な模擬戦闘なども行っている。能力を持たない一般人達からすれば、そのような不可思議な現象は興味惹かれるもので、視聴率もうなぎ昇りだったと言う。
財禅の言うそれも、おそらくは同じ系統のものだろう。そしてイベントと言うのは総じて能力に関しての規制が薄めになる。検査や研究に参加している身の秋や莉弓はそう言った類には参加したことがない。それ故か、秋の表情は輝いていた。
「ダメ科学者、テメー何か変なこと企んでないだろうな」
財禅に対して棘のある言葉を吐いてはいるが、その表情は笑みを抑えきれていなかった。
「大丈夫。おそらくは秋、君が望んでいたような内容だと思うよ」
この時、秋はイベントへの期待が大きすぎるあまり失念していたようだが、莉弓は違った。彼女は、財禅の申し出の中にもう一つの疑念を抱いていた。
それは、財禅の口にした訓練と言う言葉。訓練とは元来、何かに備えて行う準備のようなものだ。莉弓も実際に学校にて防災訓練を体験しているので、その言葉の意味は理解できる。
だが彼らはこれより『能力を用いた訓練』を行おうとしている。それが意味するところはつまり――能力を大仰に使う機会が、これより後に訪れるかもしれないという事。
(あくまで可能性……だけど)
そう、あくまで可能性。それでも、莉弓の不安は膨れる一方だった。
「じゃあまぁ、簡単に内容を説明しておこうかな」
そんな莉弓の不安をよそに、財禅はその内容を語り始めた。
財禅の語るそれは、まるでゲームのようなものだった。
仮想現実にて行われるネクスト達の能力バトル、それがイベントの内容だ。ネクスト達の脳波を番組側で用意した仮想世界へと転送し、そこで各々の能力を行使して頂点を競う。ルールは予選、本戦で異なるが、能力に関しての規制はない。仮想世界の中での出来事なので、どれほどの被害が出ても大した問題ではないそうだ。それ故に、参加するネクスト達は思う存分に能力発動が可能というわけだ。
その仮想世界で起こった事は、数値となって参加者の脳へと伝達される。それ故に、仮想世界での五感は現実と変わりない感度を保っているらしい。数値の伝達は受信だけに限らず、送信も行われる。ネクストの行使する超能力もそのメカニズムを数値へと変換することが可能らしく、それが可能だからこそ仮想世界でのイベントが企画されたのだそうだ。
そして、このイベントは二人一組で行われる。そうでないグループは、出場すら認められていないそうだ。
「幸い、君たちは非常に相性がいい。人格的にも、能力的にもね」
財禅の言葉に、秋と莉弓は顔を合わせる。
「それで、どうだろう? 君たちがいいのなら、参加してみないかい?」
「する」
「はは、秋は即答だね。でも、一応返事は次の機会にしよう。莉弓とゆっくり考えるといいさ」
このイベントは二人一組。いくら秋が出る気満々だろうと、その相方がいなければ参加は許されない。パートナーが莉弓でなければならない理由はないが、秋にとっての最善の選択はやはり彼女と共に参加する事だろう。
そう思っているのは秋だけでなく、財禅も同じだった。
「今日は早く帰ると良い、検査は無しだ。ちゃんと話し合ったうえで、結論を聞かせてくれたまえ」
そう言い残し、財禅は二人に背を向けて部屋を後にする。退屈な検査を免れたのは嬉しい事のはずなのに、部屋に残された二人には良く分からない感情が燻ぶっていた。
お久しぶりです、検体番号10032です。
一か月以上も間があいてしまい、申し訳ありません。リアルの事情などが関係して執筆の時間が中々とれませんでした。ようやく大学も終了し夏休みとなった今、なるべく早い投稿を意識していこうと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
今回、若干の超展開となってしまい申し訳ありません。既にプロットが完成している手前、最後に至るまでの道のりを複雑にすることも出来ないのです。受け入れ難いとは思いますが、温かく見守って下されば幸いです。
イベントに関する詳細は今後明かしていく所存ですので、今後の展開をご期待下さい。いえ、やっぱりあんまり期待しないでください。
出来る限りの力を尽くして頑張ります。
引き続き感想などお待ちしておりますので、気が向いたときにでもお願いします。
それではまた、次の話で。