1st Memory
カッカッと言う音と共に、黒板に文字が刻まれていく。熱心にそれを行う後ろでは、同年代の生徒たちが板書へと眼を通す。それをノートに写すか否かは生徒次第で、大半がそれをしていないとだけ記しておこう。
書くべき内容を書き終えたのか。男性はチョークから舞い落ちる粉を防ぐための白衣を翻し、生徒たちへと振り返る。
「今からおよそ二十年前、日本に初めて超能力を持つ人間が誕生した」
眼鏡をかけた初老の男性が、書物を片手に話を進める。
「その者は、自身の掌からスーパーボ-ルほどの火球を作り出して見せた。後の調査で分かったことだが、その者の体内組織は一般男性のそれと一切変わりなく、どのような原理で火球を発生させているかは不明だそうだ」
授業として展開するには、それはやけに非科学的な内容だった。しかしそれを耳にする生徒たちの顔にはこれといった疑問符は見られない。ある者はノートに書き記しながら、ある者は右から左へと聞き流しながら、生徒たちは各々当り前のように授業時間を過ごしていく。
「ここまでが超能力者、今で言う『ネクスト』の起源だ。何か質問はあるか?」
―ネクスト。
その単語にクラスの一部はざわつき、一部の生徒は後方の席に座る一人の少年へと視線を移す。当の本人は、興味なさげに窓の外を見つめていたが。
しかしそれ以上のざわめきがあるわけでもなく、担当の男へと質問がなされるはずもない。男はそれを質問が無い事と捉え、再び黒板へと向き直る。
「そうか……では次に『ネクスト』の発展に関してだが――」
黒板消しで先に書いた内容を消し、再び何かを書き始める。
この世界に『ネクスト』という単語が生まれて、二十年ほどが経過した。
『ネクスト』とは過去で言われていた超能力者の俗称で、「次なる領域へと進化を遂げた人種」という意味を持つ。様々な怪奇現象・超自然的な事象を自発的に発生させる能力を持つ者を指す。今や、日本の全人口の約三割が『ネクスト』と報告されている。
彼らの能力に決まった定義や法則は存在しない。何かを生み出したり、変質させたり、干渉し操ったりと、多種多様な能力が報告されている。また、それらには特殊な発生条件を持つものも存在するため、自身の能力に気付かず生活している者も少なくない。
『ネクスト』と言う異質な人種が生まれ始めた昨今、自身の能力に気づいた時点で役所に申し出て、能力に関しての報告が義務付けられている。そうすることで『ネクスト』を国で一括管理し、今後の研究に役立てようというわけだ。申し出のされていない者が能力を行使した場合、多大な罰金が科せられてしまうため、能力を秘匿することにこれといった利点は無い。
また、当然ながら能力行使による犯罪行為は認められていない。『ネクスト』の能力により一般人が傷を負った場合も罪とされており、よほどのことがない限り日常生活でその特異な能力を行使することは無い。
それでも『ネクスト』の誕生が世間にもたらした影響は強い。
同系統の能力を持つ者で企画が開催されたり、『ネクスト』専用の授業や講義が行われたりもしている。現在高校で実施されている講義も、その一つ。大抵はその歴史を学ぶのみだが、ある特定の能力者たちは専門の研究所にて検査や実験を取り行う場合もある。
しかし、その程度。遥か昔に人間が欲した能力を得たと言っても、当人には所詮、その程度の変化しかもたらされていない。法に触れるような危険は冒せるはずもないので、自由に能力行使はできない。唯一行使できる実験の時でさえ、行えるのは淡々とした作業だけ。小さな利点すら見出せないほど、今の世の中は『ネクスト』を適応などさせてはいなかった。
面白くて興味の惹かれる事柄。世間一般の人たちからしたら、『ネクスト』とはその程度の認識でしかないのだ。
―キーンコーンカーン……
不意に、教室内にチャイム音が響き鳴る。
「時間か。では終了とする、次はこの続きから始めるので予習しておく事。以上」
教科担当の男は簡潔に言いまとめ、教室を後にする。出て行った後に閉じられた扉の音を皮きりに、教室内が喧騒に包まれる。ちょうど昼前の授業だったこともあり、生徒たちは昼食の準備に取り掛かる。食堂に向かう者もいれば、その場で弁当を取り出して友人と談笑する者もいる。
そんな中で、男子生徒――黒井秋は一人、誰とも一緒になることなく弁当を食す。教室後方の窓際と言う事もあり、教室内の喧騒からは一線引いた位置に坐していた。教室内にいる生徒たちもまた、秋から若干の距離をとる。秋の持つ〝最強〟の称号がより一層近寄りがたくしているのも一つの要因ではあるが、根本的な原因は彼の誰も寄せつけようとしない雰囲気にあるだろう。
彼自身もそれに関しては一切気にしていない――というより、望むべくして得た状況と言う事もあるので、むしろその方がありがたいと思う節があるのかもしれないが。
「秋、また一人?」
そこへ、一人の女子生徒が歩み寄る。
「いつもの事だけどさ、いい加減誰かとも喋らないと……」
「……別にいいだろ、莉弓」
柔らかく笑む女子生徒の名は霧島莉弓。秋とは幼馴染で、小さい頃から交流がある分他の生徒たちよりも彼自身が心を開いているのも事実だ。秋も莉弓の事を邪険にする様子もないので、満更でもないのだろう。
「いいけどさ。あ、そう言えば今日も特研あるってさ」
「またか……つまらないんだよなアレ。疲れるし」
莉弓の言う特研とは『ネクスト特別研究』の略称で、特定の『ネクスト』を対象とした研究を指している。これは学内で行われているわけではなく、わざわざ別所の研究施設に赴かなければならないのだが、対象者には研究のために多少の能力行使が認められている。秋と莉弓もこれの対象者として、時折午後の授業を休み研究所へと足を運んでいる。
今朝の剣幕も、研究の対象者である秋だからこそ許された所業なのだ。突っかかった男の方がどうなったのかは、秋自身知る由もない。
「まぁまぁ、文句は言わないでおこうよ。それより早く食べないと、研究所に向かう時間無くなっちゃうよ?」
「……はぁ、それもそうだな」
そして二人は昼食をとり始める。
この後に控えた研究の事を思い、若干気落ちさせながら、だが。
先日ぶりです、検体番号10032です。
この度はご一読いただきありがとうございます。
とりあえず第一話の投稿を終了しました。が、これ以降はどれほどに時間がかかるか分かりません。出来る限り早めの投稿を心がけますので、ご了承ください。
次はとりあえず、主人公たちのプロフィールだけでもあげておこうかと思います。第二話は数日ほどかかると思いますが、精進します。
感想・ご意見は随時お待ちしておりますので、何とぞよろしくお願いします。
それでは、また次の話で。